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ドキドキ同棲編
大人げない作法
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「希帆さん!」
弾かれたように振り向いた大輔くんは、自分の腕に絡みついた『女の子』の手を一瞬ではがした。
「大きい苺、見つかった?」
出来る限り大人の顔を貼り付けて、大輔くんに歩み寄る。
手を払われた『女の子』が、ギリィと歯ぎしりをしたのを横目で確認した。
「まだ一粒だけ。ごめんね、一人にして」
「ん~ん。…美味しそうだね、その苺」
『女の子』と大輔くんの間に割り込むようにして立った私は、丁度良い高さの大輔くんの肩口にコテンと額をぶつける。
そのまま、大輔くんの大きな手の平に包まれている大粒のルビーに目を落とした。
「…希帆さん、『あ~ん♡』してあげようか?」
期待の混じった瞳をこちらに寄越して、大輔くんがその苺のヘタを取る。
私はゆっくりと頭を左右に振って、彼の意向を無言で退けた。
「え~?彼女サン、それ断っちゃうんだぁ?それじゃあ、亜子が代わりに『あーん♡』されてあげるよぉ♡」
そのやり取りを凄い形相で見ていた『女の子』が、これ幸いとばかりに一歩前に出る。
この手の『女の子』は苦手だ。
どうしてそんなに自信満々なんだろう。
私はゆっくりと手を伸ばし、前に出た『女の子』を軽く制した。
「大輔くんはまだ食べてないでしょ?私が食べさせてあげるよ。……はい、あ~ん」
その大きな手から苺を受け取り、そのまま大輔くんの口元へルビーの先端を向ける。
私の突然の行動に弱い私の恋人は、おずおずと苺にかぶりつく。
彼でも一口で頬張れない大きさの苺が、爽やかな香りと共に半分の大きさになる。
「美味しい?」
私の美しい恋人は、コクコクと頷いて誰もが称賛するくらい華やかな笑顔を浮かべた。
じっと彼の目を見つめたまま、食べかけの苺を差し出したままにしていたら「良いの?」と目配せしながら、大輔くんは残りも口に含んだ。
「いつも食べさせて貰ってるから、今日は私が食べさせてあげるね」
彼の咀嚼が終わるのを待たずに、次の言葉を続ける。
大輔くんの喉が、口内を満たした果汁を飲みしだくために上下した。
「へ~…、大輔って彼女には甘々なのな。いつも『あーん♡』してるんだ…」
大輔くんの同窓の男の子がポソリと呟く。
元カノである『女の子』の肩が跳ねた気がした。
「毎日お弁当も作ってくれて、愛されてるって感じます♡…なんてね」
「へぇ~、意外っすね。今までの彼女にそんなんしてたイメージないっすわ」
「あれ?そう言えば、私に作ったのが初めてって言ってたね?」
「…そうだよ。希帆さん以外に作ったことないし、作りたいとも思わないよ」
大輔くんに私の出来る限りの満面の笑みを向けると、彼は一つ息をついてから答えてくれる。
こんなの全然大人じゃないけど、胃の中で暴れる私の緑色の目をしたモンスターは止まらなかった。
「そうなんだ~!大輔くんのことだから歴代の彼女にも同じことしたのかと思ってた!!」
「っ!!」
『女の子』がワナワナと震えている。
可哀そうなことをした自覚はあるが、どうしても止められなかった。
若くて可愛いこの子にしなかったことを、私にはしてくれたんだと知らしめたかったのだ。
いやだ、私
なんて浅ましくて醜い怪物なんだろう。
「希帆さんは特別。後にも先にも希帆さんだけだよ」
目の前の恋人から与えられる言葉に陶酔しそうになる。
私の醜い感情に一滴の劇薬を垂らされたみたいに、痺れてなにも考えられなくなった。
胃の中でとぐろを巻いていた私の澱が沈下して見えなくなる。
「…って、元カノの前で最低だろ~、大輔~~ぇ」
「本当にね。昔の俺は申し訳ないくらいに最低な男だったと思うよ。好きかどうかも分からないまま、告白してくれた子と付き合うだけ付き合って、彼氏らしいことは何もしてなかったと思う。本当にごめん。…でも、だからってよりを戻す気もないし、希帆さんを貶めることを言うのは見過ごせない」
「……なにそれ!亜子のこと、馬鹿にし過ぎじゃない?好きじゃないのに付き合ったわけ?」
「君も俺のことをファッションアイテムの一部にしてたでしょ?医学部で人目を惹く外見だったから付き合ったって言ってたよね?俺と変わらないと思うけど」
「だぁってぇ!ミスK大の亜子とつり合うのなんて、大輔くらいなんだもんっ!!亜子のこと好きじゃなくて良いから付き合ってよ!!!」
「希帆さんが好きって気付いたから、希帆さん以外と付き合うのはもう無理。今後二度と話しかけないで」
キッパリと言い切る大輔くんに、なおも『女の子』は食い下がろうとした。
「こんなおばさん相手に、本気なの?亜子の方が可愛いじゃん!亜子の方が大輔とお似合いだと思うけど!」
「あ…亜子ちゃん…」
作り込まれた声も、顔も、指先も全てを投げだして、半狂乱気味な『女の子』は私を指さして鼻で笑う。
今、彼女をここまで突き動かしているのは、やはりその『自信』なのかも知れない。
『女の子』であるための弛まぬ努力がその自信の礎であるのなら、何の努力もしていない私は感服するしかないだろう。
けれど、だからと言って大輔くんを差し出すつもりもない。
「……大輔くんは、年齢や見た目で私と付き合ってるんじゃないですよ。そう言った要素で人を見る人間じゃないです」
「…っ、でも、どう考えても、亜子みたいに若くて可愛い方が良いに決まってるもん!」
「残念ながら、大輔くんの唯一の欠点は、女の趣味が悪いことです。貴女みたいな若くて可愛い子よりも、おばさんの私が良いみたい。だから諦めて貰えます?」
可能な限り淡々と『女の子』に向けて言葉を紡ぐ。
『女の子』も、大輔くんの同窓生も、ポカーンと口を開けている。
「ぶっくくくくく…希帆さん…」
私の右手を、その綺麗な指先で捕らえながら、大輔くんが堪え切れずに吹き出す。
「大輔くん、あっちのハウスに行こ」
棒立ちの二人を残して、私は大輔くんをその場から連れ出した。
弾かれたように振り向いた大輔くんは、自分の腕に絡みついた『女の子』の手を一瞬ではがした。
「大きい苺、見つかった?」
出来る限り大人の顔を貼り付けて、大輔くんに歩み寄る。
手を払われた『女の子』が、ギリィと歯ぎしりをしたのを横目で確認した。
「まだ一粒だけ。ごめんね、一人にして」
「ん~ん。…美味しそうだね、その苺」
『女の子』と大輔くんの間に割り込むようにして立った私は、丁度良い高さの大輔くんの肩口にコテンと額をぶつける。
そのまま、大輔くんの大きな手の平に包まれている大粒のルビーに目を落とした。
「…希帆さん、『あ~ん♡』してあげようか?」
期待の混じった瞳をこちらに寄越して、大輔くんがその苺のヘタを取る。
私はゆっくりと頭を左右に振って、彼の意向を無言で退けた。
「え~?彼女サン、それ断っちゃうんだぁ?それじゃあ、亜子が代わりに『あーん♡』されてあげるよぉ♡」
そのやり取りを凄い形相で見ていた『女の子』が、これ幸いとばかりに一歩前に出る。
この手の『女の子』は苦手だ。
どうしてそんなに自信満々なんだろう。
私はゆっくりと手を伸ばし、前に出た『女の子』を軽く制した。
「大輔くんはまだ食べてないでしょ?私が食べさせてあげるよ。……はい、あ~ん」
その大きな手から苺を受け取り、そのまま大輔くんの口元へルビーの先端を向ける。
私の突然の行動に弱い私の恋人は、おずおずと苺にかぶりつく。
彼でも一口で頬張れない大きさの苺が、爽やかな香りと共に半分の大きさになる。
「美味しい?」
私の美しい恋人は、コクコクと頷いて誰もが称賛するくらい華やかな笑顔を浮かべた。
じっと彼の目を見つめたまま、食べかけの苺を差し出したままにしていたら「良いの?」と目配せしながら、大輔くんは残りも口に含んだ。
「いつも食べさせて貰ってるから、今日は私が食べさせてあげるね」
彼の咀嚼が終わるのを待たずに、次の言葉を続ける。
大輔くんの喉が、口内を満たした果汁を飲みしだくために上下した。
「へ~…、大輔って彼女には甘々なのな。いつも『あーん♡』してるんだ…」
大輔くんの同窓の男の子がポソリと呟く。
元カノである『女の子』の肩が跳ねた気がした。
「毎日お弁当も作ってくれて、愛されてるって感じます♡…なんてね」
「へぇ~、意外っすね。今までの彼女にそんなんしてたイメージないっすわ」
「あれ?そう言えば、私に作ったのが初めてって言ってたね?」
「…そうだよ。希帆さん以外に作ったことないし、作りたいとも思わないよ」
大輔くんに私の出来る限りの満面の笑みを向けると、彼は一つ息をついてから答えてくれる。
こんなの全然大人じゃないけど、胃の中で暴れる私の緑色の目をしたモンスターは止まらなかった。
「そうなんだ~!大輔くんのことだから歴代の彼女にも同じことしたのかと思ってた!!」
「っ!!」
『女の子』がワナワナと震えている。
可哀そうなことをした自覚はあるが、どうしても止められなかった。
若くて可愛いこの子にしなかったことを、私にはしてくれたんだと知らしめたかったのだ。
いやだ、私
なんて浅ましくて醜い怪物なんだろう。
「希帆さんは特別。後にも先にも希帆さんだけだよ」
目の前の恋人から与えられる言葉に陶酔しそうになる。
私の醜い感情に一滴の劇薬を垂らされたみたいに、痺れてなにも考えられなくなった。
胃の中でとぐろを巻いていた私の澱が沈下して見えなくなる。
「…って、元カノの前で最低だろ~、大輔~~ぇ」
「本当にね。昔の俺は申し訳ないくらいに最低な男だったと思うよ。好きかどうかも分からないまま、告白してくれた子と付き合うだけ付き合って、彼氏らしいことは何もしてなかったと思う。本当にごめん。…でも、だからってよりを戻す気もないし、希帆さんを貶めることを言うのは見過ごせない」
「……なにそれ!亜子のこと、馬鹿にし過ぎじゃない?好きじゃないのに付き合ったわけ?」
「君も俺のことをファッションアイテムの一部にしてたでしょ?医学部で人目を惹く外見だったから付き合ったって言ってたよね?俺と変わらないと思うけど」
「だぁってぇ!ミスK大の亜子とつり合うのなんて、大輔くらいなんだもんっ!!亜子のこと好きじゃなくて良いから付き合ってよ!!!」
「希帆さんが好きって気付いたから、希帆さん以外と付き合うのはもう無理。今後二度と話しかけないで」
キッパリと言い切る大輔くんに、なおも『女の子』は食い下がろうとした。
「こんなおばさん相手に、本気なの?亜子の方が可愛いじゃん!亜子の方が大輔とお似合いだと思うけど!」
「あ…亜子ちゃん…」
作り込まれた声も、顔も、指先も全てを投げだして、半狂乱気味な『女の子』は私を指さして鼻で笑う。
今、彼女をここまで突き動かしているのは、やはりその『自信』なのかも知れない。
『女の子』であるための弛まぬ努力がその自信の礎であるのなら、何の努力もしていない私は感服するしかないだろう。
けれど、だからと言って大輔くんを差し出すつもりもない。
「……大輔くんは、年齢や見た目で私と付き合ってるんじゃないですよ。そう言った要素で人を見る人間じゃないです」
「…っ、でも、どう考えても、亜子みたいに若くて可愛い方が良いに決まってるもん!」
「残念ながら、大輔くんの唯一の欠点は、女の趣味が悪いことです。貴女みたいな若くて可愛い子よりも、おばさんの私が良いみたい。だから諦めて貰えます?」
可能な限り淡々と『女の子』に向けて言葉を紡ぐ。
『女の子』も、大輔くんの同窓生も、ポカーンと口を開けている。
「ぶっくくくくく…希帆さん…」
私の右手を、その綺麗な指先で捕らえながら、大輔くんが堪え切れずに吹き出す。
「大輔くん、あっちのハウスに行こ」
棒立ちの二人を残して、私は大輔くんをその場から連れ出した。
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