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ドキドキ同棲編
夏の記憶⑤【由香里視点】
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次の日、嵐はやって来た。
アタシとおねぇの生みの親が来たのだ。
まるで荒れ狂う海原のようなその人は、おねぇの髪の毛を掴みながら人目も気にせず怒鳴り散らした。
「聞いたよ!お前は由香里のお姉ちゃんなのに、どうしてちゃんと出来ないんだ!!迷子にさせるなんて、お前はお姉ちゃん失格だ!!!」
昨夜のことを誰かに教えられたのだろう、その人はアタシが迷子になったのはおねぇのせいだと繰り返す。
おねぇは髪の毛を掴んで振り回されながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と念仏のように唱えた。
「お前のせいで由香里は父親をなくしたのに!お前はこの子から父親を奪ったくせに!!お前が居なければ私もこの子も幸せだったのに!!!どうして!どうして!!どうして!!!どうしてお前は生きてるんだよっっっ」
ガタン、バタンと音を立てながら、おねぇがアパートの廊下に投げ飛ばされる。
アタシと違って細いおねぇは、紙風船みたいに軽々と宙を舞った。
「お前が居なかったら!お前が居なかったら!!…お前が居るから私もこの子も不幸なんだ!!!お前が消えれば私たちもこの子も、みーーーーんな幸せになれるんだぞ!!分かってるのかよ、お前!!!お前なんか産まなけりゃ良かった!お前を産んでから不幸の連続だ!!お前なんか消えちまえぇぇぇ」
猛然と怒りをぶつけるその人が恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。
アタシは力の限り泣き声を上げる。
ただただ恐ろしくて仕方なくて、ボカボカと殴られ続けるおねぇを庇える程強くはなくて、声の続く限り泣き喚いた。
ママは町内会の集まり、にぃにぃはバイトで家に居ない。
だからこそ、この人はここに居る。
おねぇに手をあげ続けるこの人を、おねぇとアタシから遠ざけてくれたのはママだ。
ママはこの人と父親が出会うキッカケを作ってしまったからと責任を感じて、アタシたちを育てるのみならず、重度のアルコール依存症を患ってしまったこの人を、設備の整った病院に通わせてくれている。
「お前なんか要らない子なんだ!お前なんか消えちまえ!!お前が居たら由香里は不幸になる!!!」
その人は喚き散らしながら、おねぇに馬乗りになって胸倉を掴んで揺すぶっている。
アタシはいよいよ喉が潰れそうなほど声を張り上げた。
「……っ!うるさいんだよ、お前もぉぉぉ!!」
最後におねぇを床に叩きつけて、その人の手がアタシに迫って来る。
アタシの顎にその人の手が届きそうになった瞬間、おねぇがその人の足にしがみ付いて止めてくれた。
「何してんだ…何してんだよぉぉぉぉお前ぇぇ!私に立てつくんじゃぇぇよぉぉぉ!!!!」
その人はおねぇに滅茶苦茶に足蹴りを繰り返す。
おねぇはそれでもしがみ付いて離れない。
その内、同じアパートの人が出てきてくれて、その人を羽交い締めにして動きを止めてくれた。
アタシがアパートのおばちゃんに抱き上げられたのを見届けて、おねぇはその人の足を解放する。
その人は取り押さえられている間も色々と喚いていたが、しばらくしたらアルコールが抜けたのかすっかり大人しくなった。
近所の人がママを呼んでくれたらしく、バタバタと重い足音を響かせながら駆けつけてくれる。
一緒にいっくんも来てくれた。
ママが連絡を入れてくれたのだろうか。
「由香里…!アンタ無事かぃぃ?」
「ままぁぁ…」
「…希帆っ!!…ちょっと触るぞ?痛いか?」
「…」
おねぇは虚ろな目でいっくんの問いかけに答えない。
無茶苦茶に蹴ったぐられたおねぇの顔面は腫れていて、唇からは血が出ていた。
「希帆?なんか答えろ。こっち見ろ、希帆」
泣くでもなく、痛がるでもなく、おねぇは人形みたいに口を結んでいる。
いっくんとママが一生懸命話しかけたけれど、おねぇが答えることはなかった。
***************
「あの女、刑務所かどっかにブチ込んじまぇよ、もう」
「龍臣、声が大きいよ」
「気にしてられっかよ、お前だってそう思うだろ、美由希」
「…そりゃ私だって悔しいよ。希帆もせっかく前向きになってきたのに、あんな風にされて」
にぃにぃとねぇねぇが居間でヒソヒソと話している。
アタシはママに寝かしつけられていたけれど、目がギンギンと冴えてしまって眠れない。
おねぇはあれから口を開くこともなく、一人でお風呂に浸かり、一人でお布団に入ってしまった。
静かな寝息がおねぇの布団から聞こえる。
「希帆、大丈夫かなぁ…」
「…明日は希帆にオムライス作ってやろうぜ」
「卵料理好きだもんね。また笑ってくれるようになるかな」
「笑わせるんだよ、俺たちで」
アタシもおねぇを笑わせるんだ。
ふんす、と鼻息を荒くしたら、アタシを寝かしつけようと隣で寝転がっているママが小さく笑ってくれた。
「もうお休みぃ」
そのガサガサの手の平で、アタシの瞼をそっと撫でて閉じると、しゃがれ声で子守歌を唄ってくれる。
歌声に合わせて呼吸をすると、不思議と睡魔がやって来た。
アタシがその夜見たのは、嵐が去って、凪いだ海を漂う船の中で、花のように笑うおねぇの夢だった。
その夜、おねぇは家を出た。
自分が居たらアタシが幸せになれないから、ママたちに幸せにしてもらうようにと手紙を残して。
アタシとおねぇの生みの親が来たのだ。
まるで荒れ狂う海原のようなその人は、おねぇの髪の毛を掴みながら人目も気にせず怒鳴り散らした。
「聞いたよ!お前は由香里のお姉ちゃんなのに、どうしてちゃんと出来ないんだ!!迷子にさせるなんて、お前はお姉ちゃん失格だ!!!」
昨夜のことを誰かに教えられたのだろう、その人はアタシが迷子になったのはおねぇのせいだと繰り返す。
おねぇは髪の毛を掴んで振り回されながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と念仏のように唱えた。
「お前のせいで由香里は父親をなくしたのに!お前はこの子から父親を奪ったくせに!!お前が居なければ私もこの子も幸せだったのに!!!どうして!どうして!!どうして!!!どうしてお前は生きてるんだよっっっ」
ガタン、バタンと音を立てながら、おねぇがアパートの廊下に投げ飛ばされる。
アタシと違って細いおねぇは、紙風船みたいに軽々と宙を舞った。
「お前が居なかったら!お前が居なかったら!!…お前が居るから私もこの子も不幸なんだ!!!お前が消えれば私たちもこの子も、みーーーーんな幸せになれるんだぞ!!分かってるのかよ、お前!!!お前なんか産まなけりゃ良かった!お前を産んでから不幸の連続だ!!お前なんか消えちまえぇぇぇ」
猛然と怒りをぶつけるその人が恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。
アタシは力の限り泣き声を上げる。
ただただ恐ろしくて仕方なくて、ボカボカと殴られ続けるおねぇを庇える程強くはなくて、声の続く限り泣き喚いた。
ママは町内会の集まり、にぃにぃはバイトで家に居ない。
だからこそ、この人はここに居る。
おねぇに手をあげ続けるこの人を、おねぇとアタシから遠ざけてくれたのはママだ。
ママはこの人と父親が出会うキッカケを作ってしまったからと責任を感じて、アタシたちを育てるのみならず、重度のアルコール依存症を患ってしまったこの人を、設備の整った病院に通わせてくれている。
「お前なんか要らない子なんだ!お前なんか消えちまえ!!お前が居たら由香里は不幸になる!!!」
その人は喚き散らしながら、おねぇに馬乗りになって胸倉を掴んで揺すぶっている。
アタシはいよいよ喉が潰れそうなほど声を張り上げた。
「……っ!うるさいんだよ、お前もぉぉぉ!!」
最後におねぇを床に叩きつけて、その人の手がアタシに迫って来る。
アタシの顎にその人の手が届きそうになった瞬間、おねぇがその人の足にしがみ付いて止めてくれた。
「何してんだ…何してんだよぉぉぉぉお前ぇぇ!私に立てつくんじゃぇぇよぉぉぉ!!!!」
その人はおねぇに滅茶苦茶に足蹴りを繰り返す。
おねぇはそれでもしがみ付いて離れない。
その内、同じアパートの人が出てきてくれて、その人を羽交い締めにして動きを止めてくれた。
アタシがアパートのおばちゃんに抱き上げられたのを見届けて、おねぇはその人の足を解放する。
その人は取り押さえられている間も色々と喚いていたが、しばらくしたらアルコールが抜けたのかすっかり大人しくなった。
近所の人がママを呼んでくれたらしく、バタバタと重い足音を響かせながら駆けつけてくれる。
一緒にいっくんも来てくれた。
ママが連絡を入れてくれたのだろうか。
「由香里…!アンタ無事かぃぃ?」
「ままぁぁ…」
「…希帆っ!!…ちょっと触るぞ?痛いか?」
「…」
おねぇは虚ろな目でいっくんの問いかけに答えない。
無茶苦茶に蹴ったぐられたおねぇの顔面は腫れていて、唇からは血が出ていた。
「希帆?なんか答えろ。こっち見ろ、希帆」
泣くでもなく、痛がるでもなく、おねぇは人形みたいに口を結んでいる。
いっくんとママが一生懸命話しかけたけれど、おねぇが答えることはなかった。
***************
「あの女、刑務所かどっかにブチ込んじまぇよ、もう」
「龍臣、声が大きいよ」
「気にしてられっかよ、お前だってそう思うだろ、美由希」
「…そりゃ私だって悔しいよ。希帆もせっかく前向きになってきたのに、あんな風にされて」
にぃにぃとねぇねぇが居間でヒソヒソと話している。
アタシはママに寝かしつけられていたけれど、目がギンギンと冴えてしまって眠れない。
おねぇはあれから口を開くこともなく、一人でお風呂に浸かり、一人でお布団に入ってしまった。
静かな寝息がおねぇの布団から聞こえる。
「希帆、大丈夫かなぁ…」
「…明日は希帆にオムライス作ってやろうぜ」
「卵料理好きだもんね。また笑ってくれるようになるかな」
「笑わせるんだよ、俺たちで」
アタシもおねぇを笑わせるんだ。
ふんす、と鼻息を荒くしたら、アタシを寝かしつけようと隣で寝転がっているママが小さく笑ってくれた。
「もうお休みぃ」
そのガサガサの手の平で、アタシの瞼をそっと撫でて閉じると、しゃがれ声で子守歌を唄ってくれる。
歌声に合わせて呼吸をすると、不思議と睡魔がやって来た。
アタシがその夜見たのは、嵐が去って、凪いだ海を漂う船の中で、花のように笑うおねぇの夢だった。
その夜、おねぇは家を出た。
自分が居たらアタシが幸せになれないから、ママたちに幸せにしてもらうようにと手紙を残して。
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