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ドキドキ同棲編
夏の記憶①【由香里視点】
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アタシのおねぇは賢い。
それなのにバカだ。
男に対してバカなんだ。
絶対にやめとけと思う男に一途になる。
アタシの何倍も苦労したから、そうなのかな?
アタシは素直なバカだから良く分かんない。
アタシは昔からママやにぃにぃやねぇねぇ、そしていっくんにすっごく甘やかされて育った。
けど、おねぇは違ったらしい。
にぃにぃが言うには小さい頃のおねぇは、父親の暴力が原因で人間不信な状態だったそうだ。
特に男の人とは全く話せなくて、にぃにぃたちも苦労したらしい。
甘えることが下手くそなまま身体だけ育ってしまった。
だから、おねぇは見た目だけジェントルマンなクソ男に引っかかるんだ。
でもアタシはおねぇの言うこと、することに絶対に反対しない。
アタシだけはおねぇの味方だから。
おねぇがアタシをずっと守ってきてくれたから、アタシはおねぇの言うことだけは守るって決めてるんだ。
そんなアタシは一度おねぇに捨てられた。
あれはアタシが5歳の夏の出来事ーーーー…
ひぐらしが元気よく鳴いている。
身体にねっとりと纏わりつく暑さを鬱陶しく感じながら、アタシは浮き足立っていた。
ママに着付けてもらった初めての浴衣姿を、町内のみんなに披露して、みんなに手放しで褒められて上機嫌で露店に向かう。
おねぇも人生初の浴衣を着れて嬉しそうだった。
だけど自ら人前に歩み出るアタシと違って、おねぇは背後からひっそりとついて来る。
あまりに静々と歩くものだから、いっくんが何度も振り返って、おねぇがはぐれてないか確かめていた。
「希帆、何か食うか?」
いっくんがおねぇにそう聞いた時、既にアタシはわたがしを半分以上平らげていた。
おねぇはフルフルと首を左右に振り、いっくんを困らせる。
いっつもこれだ。
おねぇは何も欲しがらない。
だからアタシがおねぇの分も欲しがる。
「いっくん!ゆっか、かき氷たべたい!!」
「由香里は食い過ぎな。リンゴ飴も食うんだろ?甘いものばっかじゃ後で喉渇くぞ」
「いーの!!ゆっか、たべれるもん!!」
「だよなぁ、由香里ぃ~♡ほら、にぃにぃが買ってやるから、味選べ~味ぃ♡」
「お前は甘過ぎんだよ、龍臣」
「俺の妹を可愛がって何が悪いんだよ!さては逸弥、羨ましいんだろ~?」
「…はぁ……。4年前のお前に、今のお前の姿を見せたら何て言うだろうな」
「ヲ、ヲイ!昔の話を蒸し返すなよ!!」
途端にワタワタしだすにぃにぃ。
アタシたちが初めてやって来た頃は、にぃにぃはアタシたちのことが嫌いだったそうだ。
アタシは1歳だったから覚えてないけど、おねぇはその時の記憶の方が強いのか、にぃにぃに全力で甘えられずに居るみたい。
だからアタシがおねぇの分も甘える。
「ほら!希帆も!!何味が良いんだ?」
かき氷屋さんの前で、ワチャワチャと味を選んでいるアタシたちから少し離れて立つおねぇに、にぃにぃが大きな声で尋ねた。
にぃにぃの声は大きい。
だからおねぇは、いっつもビクビクしている。
「…だから、あんまり大声出すなって龍臣」
「あ、悪りぃ…。き、希帆?おいで?」
いっくんの指摘で、声と一緒に動作も小さくなったにぃにぃが、コソコソと手招きをすると、おねぇは警戒心を解かない野良猫みたいに近付いて来た。
呼んだにぃにぃといっくんから少し距離をとって、おねぇはメロン味かレモン味で悩むアタシの隣に立つ。
「…由香里、メロンとレモンが食べたいの?」
「うん!!!どっちも、おいしそう!!!!」
「そっか…。りゅうにぃ、私たちメロンとレモンを一つずつお願い…」
「あ゛?希帆はイチゴが良いんじゃねぇのか?」
にぃにぃが人相の悪い顔でおねぇに詰め寄った。
ピンッと背筋を伸ばして緊張するおねぇは、この前近所の神社で見た威嚇してくる白猫みたいだ。
おねぇの頭に見えない猫耳が見える気がする。
「ま~たそんな怖い顔して、希帆が怖がってるじゃんか、このばかちんがっ!!!」
ゴインッ、と鈍い音の後に悶絶するにぃにぃの声が轟く。
ねぇねぇの甘い良い匂いがして、サラサラの茶色い髪がふんわりと靡いた。
「ってぇぇぇ!美由希、そんなポンポンポンポン俺の頭殴るなって!!これ以上バカになったらどーすんだよ!!」
「これ以上はバカになりようがないから安心しなさいよ」
「自分の彼氏に対して冷たすぎるだろ…」
「私、バカな男って嫌いなのよね」
ギャーギャーと言い合いを始めてしまったにぃにぃたちを、近所の人たちが笑いながら見ている。
おねぇも二人のやり取りを遠慮がちに微笑んで眺めていた。
「ほい、由香里。汚さないように食べなさいね。希帆も、他に食べたいものがあったらちゃんと言うのよ」
アタシたちにかき氷を渡しながら、ねぇねぇがヒマワリみたいな顔で笑う。
ねぇねぇが笑うと、胸がポカポカするからアタシたちはねぇねぇが大好きだ。
「私の浴衣似合ってるじゃないの、希帆♡あんた、将来は私みたいに美人になるよ~」
おねぇの頬を軽くつねりながら、ねぇねぇは嬉しそうに笑う。
少しつり目気味なねぇねぇは、髪色も相まって西洋風のお人形さんみたいだ。
にぃにぃが惚れ込んでしまうのも無理はない。
手足も長く、華奢で、少し力を込めたら壊れてしまいそうなくらいだ。
まるで繊細な飴細工みたい。
けれど、ねぇねぇはとっても強くて、にぃにぃとの喧嘩には必ず勝ってしまう。
ねぇねぇの家は空手の道場を経営していて、ねぇねぇは黒帯だそうだ。
「……嬉しい…」
ねぇねぇがつねった頬を撫でながら、おねぇが、へにゃり、とはにかむ。
「美人になったら、俺と結婚しような~希帆♡」
「逸弥!変なこと吹き込むんじゃないよ、ばかちんが!!」
「そうだぞ逸弥!だいたい、希帆は今でも美人だ!!」
「出たよ、出たよ、龍臣の兄バカ…。こんな奴が俺の義兄になるのか~」
「っだぁぁぁ!!アホか!!絶対に結婚なんてさせるかよ!!!」
おねぇを挟んでにぃにぃといっくんが、言い合いを始めた。
いつものことだから、ねぇねぇは2人を放っておいて、アタシにかき氷を食べさせてくれる。
おねぇはレモン味のかき氷を持ったまま、オロオロと2人の顔を交互に見合った。
「良いじゃん、龍臣。どこぞの馬の骨より、逸弥だったら安心じゃん」
「ヲイヲイヲイ!!美由希までアホになったのか?こんな歩く孕ませマシーンみたいな奴に、俺の大事な妹を任せられるかよ!!!」
「…りゅうにぃ、孕ませマシーンってなに?」
「ぶほっ!!」
コテン、と小首を傾げておねぇが尋ねると、にぃにぃは飲んでたビールを吹き出した。
いっくんはニヤニヤ笑って、にぃにぃの脇腹を小突いている。
「あ、あ、あ…アホか!孕ませマシーンとか変な言葉使うな!!お前は希帆じゃなくてアホなのか!?」
「…りゅうにぃが言ったのに……。わたし、希帆だもん……ふ……うぅ…」
「う゛あ゛…な、泣くな希帆…。頼む、頼むから泣かないでくれ…!ほ、ほら!ハシマキだってよ、希帆!何本でも買ってやるぞ?な?だから、頼むって…泣くなよ~」
小さな涙の粒を流したおねぇを、にぃにぃは慌てて抱き寄せた。
必死でおねぇの関心を引こうと屋台の看板を指さしては話しかけている。
おねぇはそれ以上涙を落とさなかったけれど、堅く口を結んで項垂れてしまった。
それを見て、アタシの口にメロン味のかき氷を運んでくれていたねぇねぇが、ため息を吐いてその手を止める。
「龍臣は過保護過ぎ!希帆も13だよ?中学生だよ?保健体育でちゃんとした性教育受ける年なんだよ?それこそ変な知恵がつく前に、私たちで色んなこと教えるべきだって」
「そうそう。龍臣は潔癖過ぎるぞ?さすがに俺も中学生には手を出さねぇけど、希帆が高校入ったら英才教育してやるよ♡」
「ア、アホか!!二十歳超えるまではそんな知識もいらねぇし、そんな経験もいらねぇよ!!」
「…自分は16で私を抱いたくせにさぁ。兄バカってより、頑固オヤジじゃん」
「っだぁぁぁぁぁぁぁ!希帆と由香里の前でそういう話すんなって!!!!」
「俺が孕ませマシーンなら、お前は全自動腰振りマシーンか?」
「っだぁぁぁぁぁぁぁ!お、お、お前ら、ちょっと黙ってろっ!!」
かき氷を両手で持ったままのおねぇが、ハラハラした顔でにぃにぃたちのやり取りを見ている。
いっくんがその様子に気付いて、おねぇの頭を優しく撫でた。
今日のおねぇは髪の毛も可愛くセットしているから、いっくんの手はいつもより丁寧だ。
アタシはそれが我慢出来なくて、イライラして、照れたような笑顔を見せるおねぇに金切り声を上げた。
「…もぉぉぉ!!!おねぇ!!!!レモンもちょーーーだいっっ!!!!」
いつも通り地団駄を踏もうとしたけど、いつもと違って浴衣を着ていたから上手く出来ない。
今夜のねぇねぇが浴衣を着ていない理由が分かった。
すっごく動き辛くて、すっごくイライラする。
「ごめん、由香里。はい、あーんしてごらん」
直ぐに駆け寄ってくれたおねぇは、アタシの目線と同じになるようにしゃがんでスプーンを口元に運んでくれる。
だけど、アタシはどうにもイライラが収まらなくて、更にワガママを炸裂させてしまった。
「いやっ!ゆっか、自分でたべるの!!レモンもゆっかの!!!」
「きゃっ」
おねぇが持ってたレモン味のかき氷を引っ手繰る。
穿きなれない下駄でしゃがんでいたおねぇは、バランスを崩して地べたに座り込んだ。
おねぇの胸元に、黄色いシミが出来ていた。
白地に朝顔の柄が入った浴衣に、どんどんシミが広がっていく。
「希帆!大丈夫か?」
「あちゃ~、かき氷零れちゃったね。顔にはかかってない?ちょっと見せてごらん」
すぐ側に居たいっくんとねぇねぇが、素早くおねぇを抱き起す。
ビールの缶を捨てに行ってたにぃにぃが遅れて登場した。
でも、すぐそこのゴミ箱だから、騒動は見ていたらしい。
「由香里っ!!なんでそんな乱暴なことするんだ?」
「…」
「黙ってたら分かんないだろ?ちゃんと口で言いな」
「…って」
「あ゛?なんだ?」
「…だって、おねぇが悪いんだもん…!ゆっか、悪くないもんっ!!ゆっかのレモン、少なくなっちゃったもんっっ!!!」
「いや、お前それは…」
おねぇとは真逆に丸みを帯び過ぎた顔を真っ赤にして、少し量の減ったかき氷をにぃにぃに見せつけるように、両手でグイッと前に押し出した。
にぃにぃが額を覆いながら、軽く目を瞑ってアタシの肩に手を置く。
「…ごめんね、由香里。おねーちゃんが悪かったね」
にぃにぃが次の言葉を発する前に、おねぇがアタシの頭を撫でてくれる。
俯いた顔を上げると、おねぇの頼りないけどすっごく優しい笑顔がそこにあった。
「……ゆっかのレモン、少なくなった!!!」
「うん。まだ食べてないのに、ごめんね」
「…おねぇのせいだ!これ、ふやしてよ!!!」
「…」
僅かな時間逡巡して、おねぇはねぇねぇからメロン味のかき氷の容器を受け取った。
猛烈な勢いで食べ進んだから、その容器には半分以下の量しか入っていない。
「由香里、黄色と緑を合わせたら何色になるでしょう?」
「……知らない!」
多少興味を擽られたけれど、まだワガママを続けたい気分だったので、プイッと顔を背ける。
「じゃあ、実験してみようか?」
「……。…………ん!」
好奇心に負けて横目でおねぇを見ると、おねぇは悪戯っ子の笑顔で提案してきた。
その誘惑に勝てる訳もなく、しばらくの無言の抵抗の後、あっさりと上下に激しく頭を振る。
「黄色に緑を合わせると~」
「あわせると~?」
おねえがトプトプとアタシが持っている容器に緑色の氷水を流し込む。
アタシはそれをワクワクと覗き込んだ。
「出来上がる色は~」
「いろは~?」
スプーンでクルクルとかき混ぜて、最後に魔法でもかける仕草をしたおねぇが、花が咲くような笑顔でアタシを見つめる。
ついついその顔に見惚れてしまって、肝心の色の確認を後回しにしてしまった。
はたと気付いて手元の容器に目を落とすと、色鮮やかな氷水が容器いっぱいに出来ている。
「…!………きみどりいろだ~!!!」
「由香里がクレヨンで一番使う色だね」
「おねぇ、まほーつかいみたい!!!すっご~~~い♡」
すっかり気分を良くしてしまったアタシは、ストローとスプーンが一緒になったそれで、魔法の氷水を一気に吸い上げる。
胸元を黄色く染めたおねぇは、アタシがニコニコと笑うのを満足そうに笑って見ていた。
それなのにバカだ。
男に対してバカなんだ。
絶対にやめとけと思う男に一途になる。
アタシの何倍も苦労したから、そうなのかな?
アタシは素直なバカだから良く分かんない。
アタシは昔からママやにぃにぃやねぇねぇ、そしていっくんにすっごく甘やかされて育った。
けど、おねぇは違ったらしい。
にぃにぃが言うには小さい頃のおねぇは、父親の暴力が原因で人間不信な状態だったそうだ。
特に男の人とは全く話せなくて、にぃにぃたちも苦労したらしい。
甘えることが下手くそなまま身体だけ育ってしまった。
だから、おねぇは見た目だけジェントルマンなクソ男に引っかかるんだ。
でもアタシはおねぇの言うこと、することに絶対に反対しない。
アタシだけはおねぇの味方だから。
おねぇがアタシをずっと守ってきてくれたから、アタシはおねぇの言うことだけは守るって決めてるんだ。
そんなアタシは一度おねぇに捨てられた。
あれはアタシが5歳の夏の出来事ーーーー…
ひぐらしが元気よく鳴いている。
身体にねっとりと纏わりつく暑さを鬱陶しく感じながら、アタシは浮き足立っていた。
ママに着付けてもらった初めての浴衣姿を、町内のみんなに披露して、みんなに手放しで褒められて上機嫌で露店に向かう。
おねぇも人生初の浴衣を着れて嬉しそうだった。
だけど自ら人前に歩み出るアタシと違って、おねぇは背後からひっそりとついて来る。
あまりに静々と歩くものだから、いっくんが何度も振り返って、おねぇがはぐれてないか確かめていた。
「希帆、何か食うか?」
いっくんがおねぇにそう聞いた時、既にアタシはわたがしを半分以上平らげていた。
おねぇはフルフルと首を左右に振り、いっくんを困らせる。
いっつもこれだ。
おねぇは何も欲しがらない。
だからアタシがおねぇの分も欲しがる。
「いっくん!ゆっか、かき氷たべたい!!」
「由香里は食い過ぎな。リンゴ飴も食うんだろ?甘いものばっかじゃ後で喉渇くぞ」
「いーの!!ゆっか、たべれるもん!!」
「だよなぁ、由香里ぃ~♡ほら、にぃにぃが買ってやるから、味選べ~味ぃ♡」
「お前は甘過ぎんだよ、龍臣」
「俺の妹を可愛がって何が悪いんだよ!さては逸弥、羨ましいんだろ~?」
「…はぁ……。4年前のお前に、今のお前の姿を見せたら何て言うだろうな」
「ヲ、ヲイ!昔の話を蒸し返すなよ!!」
途端にワタワタしだすにぃにぃ。
アタシたちが初めてやって来た頃は、にぃにぃはアタシたちのことが嫌いだったそうだ。
アタシは1歳だったから覚えてないけど、おねぇはその時の記憶の方が強いのか、にぃにぃに全力で甘えられずに居るみたい。
だからアタシがおねぇの分も甘える。
「ほら!希帆も!!何味が良いんだ?」
かき氷屋さんの前で、ワチャワチャと味を選んでいるアタシたちから少し離れて立つおねぇに、にぃにぃが大きな声で尋ねた。
にぃにぃの声は大きい。
だからおねぇは、いっつもビクビクしている。
「…だから、あんまり大声出すなって龍臣」
「あ、悪りぃ…。き、希帆?おいで?」
いっくんの指摘で、声と一緒に動作も小さくなったにぃにぃが、コソコソと手招きをすると、おねぇは警戒心を解かない野良猫みたいに近付いて来た。
呼んだにぃにぃといっくんから少し距離をとって、おねぇはメロン味かレモン味で悩むアタシの隣に立つ。
「…由香里、メロンとレモンが食べたいの?」
「うん!!!どっちも、おいしそう!!!!」
「そっか…。りゅうにぃ、私たちメロンとレモンを一つずつお願い…」
「あ゛?希帆はイチゴが良いんじゃねぇのか?」
にぃにぃが人相の悪い顔でおねぇに詰め寄った。
ピンッと背筋を伸ばして緊張するおねぇは、この前近所の神社で見た威嚇してくる白猫みたいだ。
おねぇの頭に見えない猫耳が見える気がする。
「ま~たそんな怖い顔して、希帆が怖がってるじゃんか、このばかちんがっ!!!」
ゴインッ、と鈍い音の後に悶絶するにぃにぃの声が轟く。
ねぇねぇの甘い良い匂いがして、サラサラの茶色い髪がふんわりと靡いた。
「ってぇぇぇ!美由希、そんなポンポンポンポン俺の頭殴るなって!!これ以上バカになったらどーすんだよ!!」
「これ以上はバカになりようがないから安心しなさいよ」
「自分の彼氏に対して冷たすぎるだろ…」
「私、バカな男って嫌いなのよね」
ギャーギャーと言い合いを始めてしまったにぃにぃたちを、近所の人たちが笑いながら見ている。
おねぇも二人のやり取りを遠慮がちに微笑んで眺めていた。
「ほい、由香里。汚さないように食べなさいね。希帆も、他に食べたいものがあったらちゃんと言うのよ」
アタシたちにかき氷を渡しながら、ねぇねぇがヒマワリみたいな顔で笑う。
ねぇねぇが笑うと、胸がポカポカするからアタシたちはねぇねぇが大好きだ。
「私の浴衣似合ってるじゃないの、希帆♡あんた、将来は私みたいに美人になるよ~」
おねぇの頬を軽くつねりながら、ねぇねぇは嬉しそうに笑う。
少しつり目気味なねぇねぇは、髪色も相まって西洋風のお人形さんみたいだ。
にぃにぃが惚れ込んでしまうのも無理はない。
手足も長く、華奢で、少し力を込めたら壊れてしまいそうなくらいだ。
まるで繊細な飴細工みたい。
けれど、ねぇねぇはとっても強くて、にぃにぃとの喧嘩には必ず勝ってしまう。
ねぇねぇの家は空手の道場を経営していて、ねぇねぇは黒帯だそうだ。
「……嬉しい…」
ねぇねぇがつねった頬を撫でながら、おねぇが、へにゃり、とはにかむ。
「美人になったら、俺と結婚しような~希帆♡」
「逸弥!変なこと吹き込むんじゃないよ、ばかちんが!!」
「そうだぞ逸弥!だいたい、希帆は今でも美人だ!!」
「出たよ、出たよ、龍臣の兄バカ…。こんな奴が俺の義兄になるのか~」
「っだぁぁぁ!!アホか!!絶対に結婚なんてさせるかよ!!!」
おねぇを挟んでにぃにぃといっくんが、言い合いを始めた。
いつものことだから、ねぇねぇは2人を放っておいて、アタシにかき氷を食べさせてくれる。
おねぇはレモン味のかき氷を持ったまま、オロオロと2人の顔を交互に見合った。
「良いじゃん、龍臣。どこぞの馬の骨より、逸弥だったら安心じゃん」
「ヲイヲイヲイ!!美由希までアホになったのか?こんな歩く孕ませマシーンみたいな奴に、俺の大事な妹を任せられるかよ!!!」
「…りゅうにぃ、孕ませマシーンってなに?」
「ぶほっ!!」
コテン、と小首を傾げておねぇが尋ねると、にぃにぃは飲んでたビールを吹き出した。
いっくんはニヤニヤ笑って、にぃにぃの脇腹を小突いている。
「あ、あ、あ…アホか!孕ませマシーンとか変な言葉使うな!!お前は希帆じゃなくてアホなのか!?」
「…りゅうにぃが言ったのに……。わたし、希帆だもん……ふ……うぅ…」
「う゛あ゛…な、泣くな希帆…。頼む、頼むから泣かないでくれ…!ほ、ほら!ハシマキだってよ、希帆!何本でも買ってやるぞ?な?だから、頼むって…泣くなよ~」
小さな涙の粒を流したおねぇを、にぃにぃは慌てて抱き寄せた。
必死でおねぇの関心を引こうと屋台の看板を指さしては話しかけている。
おねぇはそれ以上涙を落とさなかったけれど、堅く口を結んで項垂れてしまった。
それを見て、アタシの口にメロン味のかき氷を運んでくれていたねぇねぇが、ため息を吐いてその手を止める。
「龍臣は過保護過ぎ!希帆も13だよ?中学生だよ?保健体育でちゃんとした性教育受ける年なんだよ?それこそ変な知恵がつく前に、私たちで色んなこと教えるべきだって」
「そうそう。龍臣は潔癖過ぎるぞ?さすがに俺も中学生には手を出さねぇけど、希帆が高校入ったら英才教育してやるよ♡」
「ア、アホか!!二十歳超えるまではそんな知識もいらねぇし、そんな経験もいらねぇよ!!」
「…自分は16で私を抱いたくせにさぁ。兄バカってより、頑固オヤジじゃん」
「っだぁぁぁぁぁぁぁ!希帆と由香里の前でそういう話すんなって!!!!」
「俺が孕ませマシーンなら、お前は全自動腰振りマシーンか?」
「っだぁぁぁぁぁぁぁ!お、お、お前ら、ちょっと黙ってろっ!!」
かき氷を両手で持ったままのおねぇが、ハラハラした顔でにぃにぃたちのやり取りを見ている。
いっくんがその様子に気付いて、おねぇの頭を優しく撫でた。
今日のおねぇは髪の毛も可愛くセットしているから、いっくんの手はいつもより丁寧だ。
アタシはそれが我慢出来なくて、イライラして、照れたような笑顔を見せるおねぇに金切り声を上げた。
「…もぉぉぉ!!!おねぇ!!!!レモンもちょーーーだいっっ!!!!」
いつも通り地団駄を踏もうとしたけど、いつもと違って浴衣を着ていたから上手く出来ない。
今夜のねぇねぇが浴衣を着ていない理由が分かった。
すっごく動き辛くて、すっごくイライラする。
「ごめん、由香里。はい、あーんしてごらん」
直ぐに駆け寄ってくれたおねぇは、アタシの目線と同じになるようにしゃがんでスプーンを口元に運んでくれる。
だけど、アタシはどうにもイライラが収まらなくて、更にワガママを炸裂させてしまった。
「いやっ!ゆっか、自分でたべるの!!レモンもゆっかの!!!」
「きゃっ」
おねぇが持ってたレモン味のかき氷を引っ手繰る。
穿きなれない下駄でしゃがんでいたおねぇは、バランスを崩して地べたに座り込んだ。
おねぇの胸元に、黄色いシミが出来ていた。
白地に朝顔の柄が入った浴衣に、どんどんシミが広がっていく。
「希帆!大丈夫か?」
「あちゃ~、かき氷零れちゃったね。顔にはかかってない?ちょっと見せてごらん」
すぐ側に居たいっくんとねぇねぇが、素早くおねぇを抱き起す。
ビールの缶を捨てに行ってたにぃにぃが遅れて登場した。
でも、すぐそこのゴミ箱だから、騒動は見ていたらしい。
「由香里っ!!なんでそんな乱暴なことするんだ?」
「…」
「黙ってたら分かんないだろ?ちゃんと口で言いな」
「…って」
「あ゛?なんだ?」
「…だって、おねぇが悪いんだもん…!ゆっか、悪くないもんっ!!ゆっかのレモン、少なくなっちゃったもんっっ!!!」
「いや、お前それは…」
おねぇとは真逆に丸みを帯び過ぎた顔を真っ赤にして、少し量の減ったかき氷をにぃにぃに見せつけるように、両手でグイッと前に押し出した。
にぃにぃが額を覆いながら、軽く目を瞑ってアタシの肩に手を置く。
「…ごめんね、由香里。おねーちゃんが悪かったね」
にぃにぃが次の言葉を発する前に、おねぇがアタシの頭を撫でてくれる。
俯いた顔を上げると、おねぇの頼りないけどすっごく優しい笑顔がそこにあった。
「……ゆっかのレモン、少なくなった!!!」
「うん。まだ食べてないのに、ごめんね」
「…おねぇのせいだ!これ、ふやしてよ!!!」
「…」
僅かな時間逡巡して、おねぇはねぇねぇからメロン味のかき氷の容器を受け取った。
猛烈な勢いで食べ進んだから、その容器には半分以下の量しか入っていない。
「由香里、黄色と緑を合わせたら何色になるでしょう?」
「……知らない!」
多少興味を擽られたけれど、まだワガママを続けたい気分だったので、プイッと顔を背ける。
「じゃあ、実験してみようか?」
「……。…………ん!」
好奇心に負けて横目でおねぇを見ると、おねぇは悪戯っ子の笑顔で提案してきた。
その誘惑に勝てる訳もなく、しばらくの無言の抵抗の後、あっさりと上下に激しく頭を振る。
「黄色に緑を合わせると~」
「あわせると~?」
おねえがトプトプとアタシが持っている容器に緑色の氷水を流し込む。
アタシはそれをワクワクと覗き込んだ。
「出来上がる色は~」
「いろは~?」
スプーンでクルクルとかき混ぜて、最後に魔法でもかける仕草をしたおねぇが、花が咲くような笑顔でアタシを見つめる。
ついついその顔に見惚れてしまって、肝心の色の確認を後回しにしてしまった。
はたと気付いて手元の容器に目を落とすと、色鮮やかな氷水が容器いっぱいに出来ている。
「…!………きみどりいろだ~!!!」
「由香里がクレヨンで一番使う色だね」
「おねぇ、まほーつかいみたい!!!すっご~~~い♡」
すっかり気分を良くしてしまったアタシは、ストローとスプーンが一緒になったそれで、魔法の氷水を一気に吸い上げる。
胸元を黄色く染めたおねぇは、アタシがニコニコと笑うのを満足そうに笑って見ていた。
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