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ハラハラ同居編

オスの昔語り⑤【大輔視点】

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「…なるほどな。それでテキーラ勝負ね……」

ケラケラと笑い続ける希帆さんを上手にあやしながら、龍臣さんと言う男性がつぶさに事情を聴きとっていく。

「この男、沈める?埋める?」
「お前が言うと洒落になんねぇから、黙ってろ逸弥イツヤ
「もちろん洒落じゃねぇよ。とりあえず潰しとくか」
「ヲイヲイヲイヲイ…」
「逸弥さん、店で殺傷沙汰はちょっと…」
「いや店長!そう言う問題じゃないっス!!」

俺と女性客2人は空気となって、事の成り行きを見守った。
逸弥さんと呼ばれた男性が、今だ床とお友達の男を射殺いころさんばかりの目で見ている。
彼の背景だけ薄暗い、…気がした。

「イツくん、こっちきてぇ♡」

龍臣さんの膝の上でオレンジジュースを飲んでいた希帆さんが、そのアサシンの目をした男性を手招きして呼び寄せる。
その男性は、希帆さんの身体をしっかりと抱き留めている龍臣さんと、負けず劣らず良い体格をしており、けれどもスラリとした出で立ちで女性からモテそうな風貌だ。
龍臣さんが太陽だと、逸弥さんは月に似ているなと思った。
物静かな印象だけれど、どこか艶っぽい。
恰好や雰囲気から夜の匂いがした。
希帆さんの手招きに俊敏に反応した逸弥さんは、ひょいひょいと彼女の元に馳せ参じる。

「どうした、希帆」
「イツくんも、おしごととちゅうで、きてくれてありがとうねぇ♡ぎゅー♡♡」

そう言って希帆さんは、身を屈めた逸弥さんの首元に手を回し、ギュウッと彼を抱きしめた。

?さっきから胸がチリチリする。
希帆さんは『彼女』でもないのに、嫉妬するのは不自然だ。
嫉妬なんて『彼女』相手にするものだ。
嫉妬するのが相手を好きな証拠なんだから。
『好き』であるはずの『彼女』に向けるのが妥当な感情だ。

「ハグも悪くねぇけど、俺はキスが良いな、希帆」
「おん?チュー?良いよぉ♡はい、ちゅー♡」
「だぁぁぁぁぁ!!!アホ!誰彼構わずキスすんな、アホ!!!」
「…きほだもん。あほじゃないもん。うぅぅぅ…」
「いやいや、そう言う意味じゃなくてな…」
「酷い兄貴だなぁ、希帆?こっち来い、俺が抱っこしてやるよ」
「だっこぉ♡」
「っだぁぁぁぁぁぁぁ!!ふざけんな逸弥!!てめぇ、ぶっ飛ばすぞ!!!」
「うるせぇぞ龍臣」

心臓がギシギシと痛んで、呼吸が苦しい気がした。
どうやら龍臣さんは希帆さんのお兄さんのようだけど、それなら逸弥さんと希帆さんはどんな関係なのだろう。
知らず奥歯を噛みしめていて、顎がギリリと悲鳴を上げた。

「今夜はご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「あ、…あぁ、いえ…大丈夫です」

自分のどす黒い感情に囚われていて、三富さんへの反応に少しまごついてしまう。

「そうだったぁぁぁ!!!!」

小競り合いを続けていた3人のうち、希帆さんが突然大きな声を出す。
そして続いて逸弥さんに対して口を尖らせて猛抗議をし始めた。

「ちょっとぉ!イツくん!!そのおとこ、イツくんのおみせのカードもってたよ!!このカードくれるとき、あんぜんなおみせだから、あんしんしな、っていってたよね?あんなおとこがいるのに、なにがあんぜんかて!!!」

持っていた黒いカードをズビシィィ!と突き返しながら、希帆さんが逸弥さんに詰め寄る。
逸弥さんの背景が更に薄暗くなり、そして仄かに赤みを帯びた気がした。

「あんしんできない!おみせ、いかないから、かえすね!!そのおとこみたいに、しつれいなこと、いうひとがいたら、いやだもん!!」
「…なんて言われたんだ?」
「おん?えー…と?びんぼうくさい、しじょうかちのない、しょうみきげんぎれの、またをひらくしかない、おんな?」

ゴォォォ!と言う音が聞こえそうなほど、逸弥さんと龍臣さんの背景が燃え上がる。

「ヲイこら、木野くんよぉ…。コイツがそんな口叩いたなんて、さっき言ってなかったよな?なんで隠そうとしたのかな?ん?お前もコイツの仲間なのかな?ん?ん?」
「そ、そ、そんな事ないっス!!!あまりにも酷い言葉だったんで、もう一回言うのに抵抗あったんス!!!」
「龍臣、とりあえず、バラそう?コイツ。埋めるにしても沈めるにしても、運ぶにはバラさんと」
「いやいやいやいや、目がマジだもん二人とも。ふざけんな、やめてくれよ俺の店で」
「バラすっても道具がねぇよ、逸弥。一回お前の店運ぶか?」
「面倒だけど、それが妥当か」
「わーー!て、店長、と、止めないと!二人ともマジで運ぼうとしてるスよ!なに突っ立ってるんスか!」
「え?いや、別に、俺の店以外でやるなら良くない?」
「良くないっス!全然良くないっス!!」

修羅場が繰り広げられている現場で、希帆さんだけが安穏としていた。
欠伸を繰り返し、ポヘポヘとしている。
舟をこいではガタンと体勢を崩し、椅子に座りなおしては舟をこぎ、またガタンと体勢を崩す。
不安定な椅子の上では満足に眠れないと悟ったのか、キョロキョロと抱き枕を探して辺りを見回した。
先ほどまで希帆さんを抱き留めていた龍臣さんと、そのポジションを争っていた逸弥さんは、暗殺部隊に属しているのかと思う程冷静に、下品に寝転がる男の傍で人体解剖の協議を進めている。
そこまで歩くのが億劫だったのか、希帆さんがこちらへ歩いて来た。
そして、おもむろに俺の隣に腰かけて身体をだらんと預けてきたのだ。

「っ…!」

足元から始まって、最後は頭のてっぺんまで、徐々に温かいものが俺の身体を包んでいくような心地だった。
希帆さんが頭を乗せた左肩が燃えるように熱い。
身動き一つ取れずにいると、希帆さんがフワリと笑って俺の顔を覗き込む。

「おにーさん、いいにおいする♡すきよ、このにおい♡」

自分の身体中を巡る血の音が聞こえた気がした。
そのくらい、体温が沸騰して、心臓から一気に血液が送り出された感じがしたのだ。
希帆さんは、5歳の幼子とも、10代の少女とも、年相応の女性とも、どの年ともとれる顔をして、可愛らしい蕾のような微笑を浮かべている。

「でも、もうちょっと、からだ、きたえたほうがすき。きんにくは、すべてをつつむ、にくたいの、おくりもの…」

言葉の途中で睡魔に負け、ゆっくりと目を閉じた希帆さんを、どこかに閉じ込めたいと思った。
俺以外の人間の目に映らない場所で、じっくりと眺めたいと思ったのだ。

どうして、こんな考えを持つんだろう。
希帆さんは『彼女』じゃないのに。

1ミリだって動けずにいた俺の身体は、一瞬のうちに駆け付けたアサシン二人組によって無理やり動かされた。
希帆さんを引き剝がされて、急に体温が下がった気がする。
寒い。早く、希帆さんを抱きしめなくちゃ。
そこでハッと我に返る。
希帆さんは『彼女』じゃない。
『彼女』じゃないから好きな訳がない。

だったらこの感情は何なんだ。

「んんんんん、もぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

無理やり引き剝がされた衝撃で、心地良い夢の旅路から強制送還させられた希帆さんが、地鳴りのような声で不満の声をあげる。

「りゅうにぃ、イツくん、うるさい!ねむいの!ねるのじゃましないで!!」
「寝るなら俺が抱っこしてやるから、こっち来い」
「龍臣より俺の腕の方が太いぞ、希帆」
「いやいや、俺の大胸筋の方が厚いぞ、希帆」

希帆さんの抱き枕の座をかけて、良い歳した二人の筋肉自慢が始まる。
その二人を疎まし気な目で見た希帆さんが、面倒臭そうに口を開いた。

「ふたりとも、えっちのさいちゅうも、うるさそう」
「「え゛?」」
「じゃまな、しょくりぽとか、しそう」
「「しょ、食リポ?」」
「おっぱいとか、なめて、おいしいわけないのに『おいしい♡』とか、いいそう」
「「……」」
「うざ、きも、さいちゅうに、そんなんいわれたら、さめる」
「「………」」
「ねるのじゃましないでね」
「「…はい……」」

先ほどまでドーベルマンのように溢れる勇ましさを持っていた二人が、急にチワワよりも戦闘力の低い無能になり果てた。
希帆さんは俺の肩口に顔を埋めると「やっぱり、もうすこし、きんにくが、ほしい」と言い残して、今度こそ夢の中に旅立った。

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