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ハラハラ同居編

洗いざらい告白

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限りなく頂点近くに到達していたはずの高揚感が、急転直下で冷めていく。
彼のパーカーを着て、彼の家のソファーで、自分のショーツに右手を入れたままの私の顔は、きっと蒼白に違いない。

「希帆さん?」

彼はイヤホンをローテーブルの上に置き、再び私に向き直ると、変わらずにっこりと笑みを浮かべる。

「…な、なにも……」

いやいやいやいやいや!
この状況で「なにも」ってなんやねん、自分!
そもそも何で彼に気付かなかったかな、自分…。
あ、ノイズキャンセリングか…。高性能なのも考え物だわ…。
それよりも、この状況をどう抜け出そう…。

「なにもしてないって?本当?それじゃあ、その右手出してみてくれる?」
「…それは、やだ」
「なんで?なにもしてないなら良いじゃん」
「……うぅ…」

いやいやいやいや!!
明らかにナニしてたか分かるでしょ?
ショーツの中に右手突っ込んでる時点でさぁ…。

「出して」

有無を言わせない口ぶりに、ピルピルと震えながら右手を出した。
当たり前ながらその指先は濡れて、ヌラヌラと光っている。
彼がその手を取って、しげしげと眺めだした。

「…っ!……も、もういいやんか!!」

恥ずかしくて恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
先ほどまで全身を埋め尽くしていた熱が、一気に顔面に集まるのを感じる。
居たたまれなくて、彼から目を逸らしたいけれど、なぜか逸らせずにいた。

「希帆さん、指、濡れてるよ?」
「うぅ…」
「なんで?」
「な…なんでって……」

と言うか、なんでこんなに手が冷たいの?
なんで?なんでなの??

「希帆さん?ねぇ…これ、どうしたの?」

彼の口が開かれて、赤い舌がのぞく。
その舌がゆっくりと私の指先に伸びてきた。

「え…」

手を引っ込めようとしたけれど、彼の腕はそれを許さない。
あっと思った時には、私の濡れた指先は彼の舌に絡め取られていた。

ちゅくっ、ちゅうぅぅ

指先に艶めかしい感触が広がる。
その間も彼の目は私を逃がさない。

「…んっ……」

だから…
こっち見んなぁぁぁ
こっち見ながら舐めんなぁぁぁ

ちゅぽんっ

「希帆さんの指、エッチな味がするけど…なんで?」

ぐがぁぁぁぁぁ
そりゃエッチなことしてたからぁぁぁぁ

「…ご、ごめん?」

責められているような気がして、ついつい謝ってしまう。
だって、彼の手は相変わらず冷たい。
彼の手が冷たいと言うことは、彼が怒っていると言うことだ。
なんで怒っているの?
そりゃさ、勝手にパーカー着てさ、こんなことしててさ、呆れちゃうのは分かるけど…。

「なんで謝るの?」
「だって…怒ってるもん」
「どうして俺が怒ってると思う?」
「……。私が一人でしてたから?」

それくらいしか思い浮かばなかった。
だいたい、なぜ彼が帰宅しているのかも分からない。
新幹線に間に合ったのだろうか?
ヘトヘトになって帰宅して、居候がソファーで一人上手してたらイラっともするよね。
いや、もう、本当になにしてんだ、私…。

「嫌だよね、勝手にパーカー着てさ…その……妄想…してしまったりして……」
「どんな妄想したの?」

な…んだと……
どんな妄想かまで聞くのか?鬼か?鬼なのか??
貴方様に敬語責めをされながら、あらゆる所を舐め尽くされる事を妄想してました…なんて、アラサー女の口から聞きたいのか?
若い女子から聞くなら愉しいかもしれないが、アラサーぞ?
そんな妄想聞かされる方が拷問じゃないのか?
ドSに見せかけたドMなのか?

「希帆さん?」
「…うぅ……。アナタに…お姫様扱いを受けながら…気持ち良くして貰う……感じ…で……す」

今なら私の死因は『恥ずか死』です。
もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、彼の顔が見れません……。

「俺のこと考えてたの?」

もう良いじゃないですか…。
死体を蹴って楽しいですか。
アナタ以外の誰のことを考えると言うのですか。

「…一人で寝るのが寂しくて、パーカー着たら変にドキドキして、気を紛らわそうとしたら、アプリのキャラがアナタの声そっくりだったから…」

うぅぅ…
洗いざらい告白してしまった…。
これ以上の恥晒しはもう無いと思う。

「じゃあ『大輔』って、俺のこと呼んでたの?」

っかーーーー!!!
そうですよね、聞こえてますよね!私の声大きいしね!!
そうですよ、そうですよ。
一人エッチでアナタの名前を呼びながら、気持ち良くなってた変態はここに居ますよ。

「元カレじゃなくて?」

っあーーーー!!!
そうですよね、居ましたよね、そんな存在も…。
ここ最近のアナタへの欲求不満で悶々し過ぎて忘れてましたよ、その存在。

…私にとって、もう『大輔』はアナタなんだなぁ

「俺の名前を呼んでたの?」
「………うん。変態でごめん…」

そう言って項垂れると、彼にガバリと抱き締められた。
首筋にグリグリと顔を擦り付けられて、痛いくらいに両腕を回される。

「…私が元カレの名前を呼んだと思って怒ったの?」
「…うん」

彼の答えに肩で息を吐いて、ギュウギュウとしがみ付いてくる彼の頭をヨシヨシと撫でてやった。
あれだけ愛を囁いている相手が、自分の居ない間に元カレの名前呼んで一人エッチしてたら、そりゃ怒るよなぁ。

「ごめんね、希帆さん、俺また余裕なくなってた…」

ようやく顔を上げた彼が、眉を八の字にしてしょんぼりと謝ってくれる。

「…一度も名前呼んでないのに、こんな状態の私が呼んでたら誤解するのも当然だって。…あー……えっと…」

こんな痴態を晒しておいて、絶対に今のタイミングじゃないことは分かっている。
分かっているんだけれど、私の中で彼と言う存在が、もう『元カレと同じ名前の子』から、ちゃんと『大輔くん』になっていると気付いたのだ。
この気持ちを洗いざらい告白しないと私の気が済まない。

「こんな格好で、こんなタイミングで本当に申し訳ないんだけど…。私の中で、アナタはもう大輔くん、なのね…」

ふう、と一息ついてから、彼の目を見据えて言葉を続ける。

「つまり、何が言いたいかと言うと…。……大輔くんが好きなの。私と、お付き合いしてください…!」

こんな風に告白をしたのは初めてだ。
これまでは、何となく関係が始まり、別れの言葉だけハッキリと受けていたから。
告白ってこんなに緊張するものなんだ。
心臓がバクバクして落ち着かない。
彼が私に告白してくれた時も、彼の心臓はこんな風に律動していたのかな?
そうだとしたら嬉しいな。

「……信じられない…」

しばらく呆けた顔で私の顔を見つめていた大輔くんが、ポツリと呟く。
そうだよね、こんな告白、信じられないよね…。
大輔くんの告白を突っぱねてまだ一月も経っていない。
それなのに、今度は自分から「付き合って欲しい」だなんて虫が良すぎる。
今度は心臓がズキリと痛んだ。
思わず大輔くんから視線を逸らすと、逞しい彼の腕が伸びてきて、横抱きに抱えられてしまった。

「本当に?信じられない!!希帆さんが俺の名前を呼んでくれただけでも嬉しいのに、俺と付き合いたいって…。好きだって…。……信じられない!!!」

私を抱えたままその場でクルクル回るものだから、振り落とされないように必死でしがみついた。
もちろん、大輔くんが私を落とすことなんて絶対にないのだろうけれど。

「ちょ…、止まって!止まって!!目が回るよ…」
「だって!嬉しいんだもん♡あ~…。こんなに嬉しい告白は人生で初めてだ…。心臓が止まるかと思った♡」
「私も、こんな風に思いを伝えたことがなかったから、心臓が爆発しそうだった」
「ハハハ!無理してでも帰って来て良かった~。希帆さんのエッチな姿を見れただけでも幸せなのに、まさか告白までして貰えるとはねぇ♡」
「……今日のことは記憶から抹殺してくれないかな?速やかに。早急に…。うぅぅ…」
「やーだよ♡俺のパーカーまで着ちゃって…。そんなに寂しかったの?」
「…うぅ……」

意地の悪い瞳で誘うように微笑まれて、先ほど熱を放出しきれなかった下肢が甘く疼いた。

「ん~?寂しかったから、してたんでしょ?ねぇ、希帆さん♡」

大輔くんの芸術的な顔面が、至近距離で愉しそうに笑っている。
その美しい唇が私の頬や耳を啄むと、より一層疼きが濃くなった。
顔が良いってズルい。

「…ん」

コクンと頷くと、大輔くんは蕩けるような顔で私の唇に優しいキスをくれた。
その口付けが深くなり、彼の舌が口内を擦る。
しばらくの後、ゆっくりと唇を離すと、二人とも軽く息が弾んでいた。

「希帆さん…」

焦れたような表情の大輔くんが、切ない声で私の名前を呼ぶ。
私から言わなきゃ…。

「…私のこと、彼女として…抱いて欲し…ぃ……」

恥ずかしさから目を閉じてしまって、大輔くんの反応が分からなくなる。
突然身体が揺れたので、大輔くんが私を抱えたまま歩き出したのだと思った。
目を瞑ったままでいたら、そっと瞼にキスをされて、そのままベッドに横たえられる。
薄目を開けると、怖いくらいに美しい愛しい恋人の姿があった。


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