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三夜目 過去話②

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ま、眩しい…。
ここまで来ると、もう、美しさの暴力だ。

「アナタのは、身体の反応に釣られてるだけだって…」

そう。彼が私が好きだなんて妄言だ。
童貞を切った相手への憧憬だ。幻想だ。
私なんて、こんな美青年に好かれる要素は一つもない。
あ、お口上手?…なんて、やっぱり身体に釣られてるって証拠じゃないか。

掴まれた右手を解放させるため、プルプルと振ってみる。
スプーンを持ったままの私の哀れな右手は、逆に更に強く握られて、彼の口元に運ばれる。
そのまま彼に唇を落とされた。

「身体の反応?…そうかもね」

伏せた目をゆっくりとこちらへ向ける仕草が、まるで美術館に飾られた絵画のワンシーンのようで、呼吸が止まってしまいそうになる。

「ほら!自分でも分かってるじゃないか!手を放し給え!!」

わざとらしくおどけた言い方をしながら、頭が冷え冷えとして、泣きたい気持ちになってしまう。
自分自身で考えていたことじゃないか。
なんで傷ついちゃうんだ、自分…!
頭が冷えたように感じるのは、きっと乾かさないままで居る髪の毛のせいだ!!
前の男の趣味で、伸ばしたままになっているこの髪を、今度思いっきり切ってしまおう。
そしたら、こんな無意味な胸のモヤモヤも取れるはずだ。
うん。そうしよう。出来るだけ早く。切ってしまおう。全部。

「…一番上の兄が言ったんだよ、俺が5人目の彼女に振られた時に」

う…ぉぉおおおいぃぃぃ!!
なんか、色々と繋がってませんよ~
もしもぉ~し?ここ、ちゃんとWi-Fi飛んでるぅ?
てか、モテるのは分かるんだけど、何人元カノ居るんだよ…

「好きな相手には体が勝手に動くもんだ、って。自分の体が『何かしてやりたい』って反応するんだ、って。俺、その話を聞いた時、兄は欲情を指してるんだと思った」
「欲情て……」
「だってさ、お前もちゃんと好きな人が出来たら、俺みたいに世話焼きになるぞ、絶対!って言われても、分かんなかったんだもん。これまでの彼女に自分から『何かしてやりたい』って思ったことない。女の子が喜びそうなことを義務的にしてた…と、思う」
「うわ~…、ギルティ~…」
「うん…。言ってて申し訳なくなってきた…。けど、事実だもん。俺、女の子に料理作ったの、希帆さんが初めてだよ」
「…ふぉん?」

やっと自由になった右手で、いそいそとスプーンを口に咥えた私は、意外な一言に間抜けな相槌を返す。

「ぶくくく…ご…ごめ…、タイミング…悪く…て……くくくくく」

自分の二の腕で顔面を覆いながら、声を殺して爆笑している彼。
この子、めっちゃ笑うやん。
私のこと、めっちゃめっちゃ笑うやん。
笑いの沸点低過ぎない?ツボが分かんないなぁ…

「はー、本当、希帆さんは俺のツボだなぁ♡」
「ひょぐっ!?」

充分に噛み砕せていないオムライスが、私の喉を詰まらせる。
だって仕方がないじゃないか!
こんな美青年が、まるで宝物を見つけたと言う様な、眩しいほどの笑顔を浮かべているのだ。
そんな美しい顔を目前で見せられて、見惚れるなと言う方が難しい。
私の忍耐力はそんなに達観していない。
どちらかと言うと5歳児に負けている程度だ。

「あぁ、希帆さん、お茶飲んで。ほら、飲める?」
「…んっ……」

グラスをその手に持ったまま、私の口に寄せてゆっくりと飲ませてくれる。
つっかえたオムライスの塊をゴクッ、ゴクッと飲みしだいて、ほぅっと息を吐く。
彼は私の背中を優しくさすりながら、頭に額を寄せてきた。

「俺の家族は俺以外みんな恋愛体質って言うか、両親を筆頭にパートナーと仲が良いんだけどさ。その一番上の兄は彼女と高校から今でも付き合ってて、俺の理想なんだよね。兄は彼女の世話を全部見てて、食べるものも生活用品も全部用意してる」
「…あ~…。お風呂に入る前に言ってたのって、お兄さんを参考にした理想?ってこと…?」
「うん。それを実践すれば、俺にも家族みたいに理想のパートナーに出逢えるのかな、って」

じゅ、純粋で素直なひねくれものだぁぁぁぁぁ
ピュア?過ぎる思考で、ここまで超絶理論を打ち立てるなんて…。
頭の良いバカなんだな、たぶん。

「…生理日を把握したいのも、そのお兄さんなの?」
「ん?あぁ、それは二番目の兄。なんか、女性ホルモンの変化を知っていれば対処しやすい事もある、って言ってた」
「…まぁ、そうね……」

よそ様のご家庭事情に口を挟む気はござんせんが…
くせがすごい!
超絶理論のぶつかり稽古だよ、もう。

「希帆さん、さっき俺に『お世話し慣れてる』って言ったでしょ?そんな事言われたの初めてだよ」

そう言いながら彼は、私の頭に寄せた額をスリスリと擦り付けて来る。

「多分、自分が理解するより先に希帆さんに対して身体が反応してるんだ。希帆さんに『何かしてやりたい』って」

背中をさすっていた手が、私の肩を抱く。

「きっとこの気持ちが好きってことだ」

私の全身の意識が、彼の触れたところに集まる。
心臓がバクバクとうるさい。

「…私が言った身体の反応って言うのは、そうじゃなくて…」

年甲斐もなく狼狽えてしまう。
久しぶりの色恋に心がついていかない。

「ベッドで言ってた、初めての相手だからって特別視するな、ってやつ?」

先程から耳元に心地良いバリトンボイスがかかって堪らない。
この人は声まで美しい。

「…そう。アナタは初体験を共にした私に情が沸いただけ。じゃないと、こんな年上で平凡な私の事を好きになるはずないよ」
「なんで勝手に決めるの、希帆さん」
「分かるから!…今までの経験上、分かるから。エッチして数日は優しいけど、すぐに浮気する男とか沢山いたもの。それにアナタは私より随分若い。すぐに目が覚めちゃうよ…」

その時に傷つくのは私だ。

「…アナタは、『好きだ』って言えば誰でも手に入れてしまえる程の美しい人よ?私よりお似合いの人がいるよ、きっと」

彼からそっと身体を離し、無理やり笑って彼の顔を見る。
怜悧な顔が痛いくらいの眼差しをこちらに向けていた。
私もその射る様な瞳から逃げずに、しっかりと瞳を見開く。

「俺は、希帆さんが好きだ。誰でも手に入れてしまえるなら、希帆さんも俺の事好きって事だよね?」

真剣な顔を崩さないまま、そんな言葉を紡ぐ彼を私は、まるで映画のワンシーンを鑑賞する気持ちで見つめるしかなかった。




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