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恋人までの距離
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濃密な夜を過ごした次の日、慶太くんは宣言通り西浜公園に連れて来てくれた。
見渡す限りのブルー。
視界一面にネモフィラの花が広がっていて目に鮮やかだ。
まるで空の上を歩いているみたい、そう思っていると、私の後ろを歩く慶太くんが感心したような息を吐き出した。
「へ~。空ん中に居るみてぇ…。全部が青い」
抜けるような青空の下、遠くを見つめて目を細める慶太くんにウッカリ見惚れてしまう。
白いパーカーに身を包んだ今日の彼は、陽の光に照らされているからかキラキラと輝いて見えて眩しいほどだ。
いつもの夜の雰囲気漂う危険な男の慶太くんも素敵だけど、今日の慶太くんも爽やかな空気感が格好良い。
見つめ過ぎてしまったのか、慶太くんがその短い眉を寄せて、少し厚みのある唇の端をへの字に折り曲げている。
「……アンタは雲みてぇ。フワフワ」
「え…?」
「白いスカートがヒラヒラして、なんか眩しい」
「………わぁ…」
「あ?」
先ほどから私の思考を読んでいるかのような慶太くんの発言に、思わず感嘆の息が漏れた。
なんて、簡単な連想ゲームみたいなものだから、誰でも思いつくことかもしれないけれど。
些細なことが私の心を躍らせる。
「私も……空の上にいるみたい…って…思ってた…。そ…れに……今日の慶太くん…眩しいくらいに……格好…良い」
「………そーかよ」
不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに返事をする慶太くんの耳は、驚くくらいに真っ赤になっていた。
そんな彼の様子を凝視していると、不意に慶太くんが左手を差し出す。
意図が掴めず小首を傾げていると、少し乱暴な所作で右手を掴み上げられた。
慶太くんはそのまま大股で二、三歩進んで、慌てて歩幅を緩めてくれる。
「ごめん、ちょっと強く握り過ぎた。手、痛くしてねぇ?歩くの速い?」
振り返って私を気遣ってくれる言葉に、自然と笑みがこぼれた。
「平気……私…そこまで…虚弱じゃない…よ…」
この人の中で、私はどれ程か弱い生き物なのだろう。
ちょっと位、乱暴にされても構わないのに。
そんな事で私は壊れたりしない。
「ってもな~…。アンタ小っちぇーから、ちょっと怖い。知らねぇ内に傷付けてるのが一番イヤだ。ちゃんと言えよ?黙って我慢すんなよ?」
「ふふふ……大丈夫…我慢なんて…してない…」
「絶対だぞ?もし、俺に直接イヤって言えなかったら、そん時はあの虫ピンで俺を刺せ」
「えぇ…っ…?」
「っつーか、昨日の痴漢は?ちゃんと刺したか?顔は?」
「え…っと…。結構…深く刺せた……と、思う……顔は…見れなかった…」
憮然とした顔の慶太くんが、小さな声で「ちくしょう」と言うのが聞こえた。
私のことでこんなにピリピリさせてしまって申し訳ないなと思うのと同時に、友達よりも近い存在として心配してくれているのを感じられて嬉しくなる。
「…俺、しばらく早番なしにして貰うわ」
「え…!…ダメ…だよ……、そんなの…悪いよ…」
「なんで?」
「え…」
だって、そこまでしてもらう理由が私にはない。
私たちの関係には、まだ名前が付いていないから。
慶太くんに付き合ってと言われたわけでも、私が慶太くんに付き合ってと言ったわけでもない。
私たちは出逢った夜にセックスをして、それから後も気まぐれに身体を繋げているだけ。
可愛いって言われたとしても、好きだって言われた訳じゃない。
「……犯人の特徴とか、何か思いつくことある?思い出すのキツかったら言わなくて良いけど」
慶太くんへの先ほどの問いの答えに窮していると、慶太くんが別の質問をしてくる。
幸い、この質問には答えられた。
「たぶん…30代くらいの…男性……親指と…人差し指の付け根に……虫ピン刺した…」
「右手?左手?」
「右…かな…」
「リョーカイ。これから日和は電車もバスも禁止な。どうしてもの時はタクシー使え」
「む…無茶な……」
「あ?痴漢に遭うより良いだろ?つか俺呼べば良いじゃん」
関係性に名前も付いていないのに、そんなにホイホイ呼べるわけがない。
私は慶太くんが好きだけど、彼の気持ちは分からないのだ。
もしかしたら、慶太くんは誰にでもこんな感じなのかもしれないじゃないか。
そもそもあの女性もののシャンプーの多さを考えると、慶太くんは付き合う女性に困っていないはずだ。
わざわざ私を選ぶ必要はない。
変な期待を寄せると、後でしっぺ返しがくるものだ。
慶太くんにとって、私に対する態度は仲の良い女友達へのそれと変わらないのかもしれない。
私は慶太くんが好きだから、特別な意味を期待してしまうけれど、彼にとって普通のことかもしれない。
「日和?また目ぇ開けたまま寝てんのか?チューするぞ?」
「っ!?」
取り留めもない思考の渦に飲まれていたら、眼前に慶太くんの整った顔が迫る。
声にならない声を上げると、慶太くんがケタケタと笑い出した。
「こんな人目に付く場所じゃしねーって!……なに?それともして欲しかった?」
私は顔を真っ赤に染めながら、慶太くんの人付き合いの距離を測ってしまう。
慶太くんと私の間にある距離は、恋人のそれまで、果たしてどの位なんだろうか。
見渡す限りのブルー。
視界一面にネモフィラの花が広がっていて目に鮮やかだ。
まるで空の上を歩いているみたい、そう思っていると、私の後ろを歩く慶太くんが感心したような息を吐き出した。
「へ~。空ん中に居るみてぇ…。全部が青い」
抜けるような青空の下、遠くを見つめて目を細める慶太くんにウッカリ見惚れてしまう。
白いパーカーに身を包んだ今日の彼は、陽の光に照らされているからかキラキラと輝いて見えて眩しいほどだ。
いつもの夜の雰囲気漂う危険な男の慶太くんも素敵だけど、今日の慶太くんも爽やかな空気感が格好良い。
見つめ過ぎてしまったのか、慶太くんがその短い眉を寄せて、少し厚みのある唇の端をへの字に折り曲げている。
「……アンタは雲みてぇ。フワフワ」
「え…?」
「白いスカートがヒラヒラして、なんか眩しい」
「………わぁ…」
「あ?」
先ほどから私の思考を読んでいるかのような慶太くんの発言に、思わず感嘆の息が漏れた。
なんて、簡単な連想ゲームみたいなものだから、誰でも思いつくことかもしれないけれど。
些細なことが私の心を躍らせる。
「私も……空の上にいるみたい…って…思ってた…。そ…れに……今日の慶太くん…眩しいくらいに……格好…良い」
「………そーかよ」
不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに返事をする慶太くんの耳は、驚くくらいに真っ赤になっていた。
そんな彼の様子を凝視していると、不意に慶太くんが左手を差し出す。
意図が掴めず小首を傾げていると、少し乱暴な所作で右手を掴み上げられた。
慶太くんはそのまま大股で二、三歩進んで、慌てて歩幅を緩めてくれる。
「ごめん、ちょっと強く握り過ぎた。手、痛くしてねぇ?歩くの速い?」
振り返って私を気遣ってくれる言葉に、自然と笑みがこぼれた。
「平気……私…そこまで…虚弱じゃない…よ…」
この人の中で、私はどれ程か弱い生き物なのだろう。
ちょっと位、乱暴にされても構わないのに。
そんな事で私は壊れたりしない。
「ってもな~…。アンタ小っちぇーから、ちょっと怖い。知らねぇ内に傷付けてるのが一番イヤだ。ちゃんと言えよ?黙って我慢すんなよ?」
「ふふふ……大丈夫…我慢なんて…してない…」
「絶対だぞ?もし、俺に直接イヤって言えなかったら、そん時はあの虫ピンで俺を刺せ」
「えぇ…っ…?」
「っつーか、昨日の痴漢は?ちゃんと刺したか?顔は?」
「え…っと…。結構…深く刺せた……と、思う……顔は…見れなかった…」
憮然とした顔の慶太くんが、小さな声で「ちくしょう」と言うのが聞こえた。
私のことでこんなにピリピリさせてしまって申し訳ないなと思うのと同時に、友達よりも近い存在として心配してくれているのを感じられて嬉しくなる。
「…俺、しばらく早番なしにして貰うわ」
「え…!…ダメ…だよ……、そんなの…悪いよ…」
「なんで?」
「え…」
だって、そこまでしてもらう理由が私にはない。
私たちの関係には、まだ名前が付いていないから。
慶太くんに付き合ってと言われたわけでも、私が慶太くんに付き合ってと言ったわけでもない。
私たちは出逢った夜にセックスをして、それから後も気まぐれに身体を繋げているだけ。
可愛いって言われたとしても、好きだって言われた訳じゃない。
「……犯人の特徴とか、何か思いつくことある?思い出すのキツかったら言わなくて良いけど」
慶太くんへの先ほどの問いの答えに窮していると、慶太くんが別の質問をしてくる。
幸い、この質問には答えられた。
「たぶん…30代くらいの…男性……親指と…人差し指の付け根に……虫ピン刺した…」
「右手?左手?」
「右…かな…」
「リョーカイ。これから日和は電車もバスも禁止な。どうしてもの時はタクシー使え」
「む…無茶な……」
「あ?痴漢に遭うより良いだろ?つか俺呼べば良いじゃん」
関係性に名前も付いていないのに、そんなにホイホイ呼べるわけがない。
私は慶太くんが好きだけど、彼の気持ちは分からないのだ。
もしかしたら、慶太くんは誰にでもこんな感じなのかもしれないじゃないか。
そもそもあの女性もののシャンプーの多さを考えると、慶太くんは付き合う女性に困っていないはずだ。
わざわざ私を選ぶ必要はない。
変な期待を寄せると、後でしっぺ返しがくるものだ。
慶太くんにとって、私に対する態度は仲の良い女友達へのそれと変わらないのかもしれない。
私は慶太くんが好きだから、特別な意味を期待してしまうけれど、彼にとって普通のことかもしれない。
「日和?また目ぇ開けたまま寝てんのか?チューするぞ?」
「っ!?」
取り留めもない思考の渦に飲まれていたら、眼前に慶太くんの整った顔が迫る。
声にならない声を上げると、慶太くんがケタケタと笑い出した。
「こんな人目に付く場所じゃしねーって!……なに?それともして欲しかった?」
私は顔を真っ赤に染めながら、慶太くんの人付き合いの距離を測ってしまう。
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