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キスして溶かして腕の中

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冷蔵庫を開けて「しまった」と目を瞑る。
出勤前に解凍のため冷凍庫から出した挽肉と、八百屋のおじさんにオマケして貰ったピーマンがちょこんと並んで出番を待っていた。

「…忘れてた……どうしよ…」

出来れば今日中に使ってしまいたい。
と言うか、晩ご飯に肉詰めピーマンを作るために準備していたのだ。
慶太くんのお休みが出勤前に分かっていれば、挽肉を解凍する必要もなかった。

「まだ…時間もあるし………作って持っていこう……かな」

慶太くんが迎えに来てくれる予定の時間にはまだまだ余裕がある。
乾かしたばかりの髪を束ねて、エプロンを用意した。
男性に初めて手料理を振る舞う。
私は思春期の学生のように、ルンルンとした気持ちで腕捲りをしたのだった。



「お疲れ。悪い、ちょっと遅れた」
「んん……大丈夫…お疲れ様」

お仕事終わりの慶太くんを玄関先で迎える。

「忙しかった?……すごく…疲れて見える…よ…?」

慶太くんは、心なしかやつれているように見えた。
私の問いかけに言葉を返さず、じっと私の顔を見つめてくる慶太くんが心配になってしまう。
ふ、と短い呼吸を吐き出して、慶太くんが私を抱き締めた。
突然のことに驚いていると、スンスンと匂いを嗅がれてしまう。

「…風呂入った?シャンプーの匂いはするけど、いつもの甘い匂いがしねぇ」
「あ…今日は…すごく汗を掻いた…から…帰ってすぐ…シャワー浴びた…の」
「んだよー…。あの匂い嗅いでテンション上げようと思ったのに」
「テンション…低い…の…?」

やっぱり疲れてるんだろうか。
今日は彼の家にお邪魔するのは控えたほうが良いのかもしれない。

「んー…オーナーとちょっと。日和に会ってちょっとは復活したけど、まだ足りね。とりあえず、俺ん向かうか。荷物は?」
「あ…えっと……」
「あ?泊まる準備、してねぇの?……泊まらねぇ?」
「あ………と…泊まる…!…待ってて……!」

泊まるつもりでお邪魔して良いのか分からず、荷物を準備したもののどうしたら良いか判断できなかったのだ。
そうか、泊まって良いのか。
だとすれば、明日のお休みも一緒に過ごしてくれるつもりなのだろうか。

「明日は西浜公園連れてく予定にしてるけど、大丈夫?買い物の方が良い?」

荷物を持って戻ると、玄関に座り込んだ慶太くんが小首を傾げながら見上げてくる。
その純粋な瞳に思わず見惚れてしまった。
言葉を忘れたかのように、ぶんぶんと頭を左右に振る。

「この前言ってた、ナントカっつー花見に行こーぜ」

そう言えば、慶太くんに『今行きてぇなって場所ある?』と聞かれた気がする。
ネモフィラが一面に咲くことで有名な西浜公園と答えたのは先週のことだ。

「…嬉しい…ありがとう…」

行きたい場所を覚えてくれていたことも、行きたい場所を聞いてくれたことも、そもそも折角の休日を私と過ごそうと思っていてくれたことも、全部が嬉しくてありがたかった。

「別に…」

プイッとそっぽを向かれてしまって、何か変なことを言ってしまったのかと心配になる。
まごついていると、慶太くんがスクッ、と立ち上がって玄関扉に手をかけた。

「……腹減ったし、買い物して早く俺ん行くぞ!」

振り向いた慶太くんの顔が赤い気がして、少し安心する。
なんだ、照れていただけか。
女性慣れしているようで、意外とウブなところがある慶太くんが可愛くて仕方なかった。
思わず笑ってしまうと、慶太くんに軽く睨まれてしまう。
その様子も可愛くて、更に笑みを濃くしてしまった。

「……ふふ…!……あの…ね……実は…夜ご飯…作ってみた…んだ」
「………マジで?」
「あ…でも……無理に…食べてとは……」
「すっげぇ!!手作りって…マジか!!やべぇ!テンション上がった!!」

キラキラした顔の慶太くんにタッパーを見せると、早く行くぞとせっつかれてしまう。
私の言動一つでここまで喜んでくれるなんて…。
さっきから心がパチパチ弾けて息苦しいくらいだ。
慶太くんと一緒に居ると心臓が忙しない。
これがきっと、恋なんだと思う。

「……あと、途中でドラッグストア寄るぞ」

エレベーターを待ちながら慶太くんが言う。
歯磨き粉でも買うのかな?いや、でも新しいの開けたばっかりみたいだったし…。

「日和のシャンプーとかメイク落とし?とか…。日和専用の買う」
「………え…」
「今日、オーナーに言われた。俺、そう言うのに気がまわらねぇからさ。嫌な思いさせてたらごめん」
「…ん……大丈夫…」

慶太くんの家には『女性』の持ち物がたくさん残されている。
シャンプーなんて5種類くらいあるし、メイク落としはリキッドタイプ、拭き取りタイプ、ジェルタイプ…各種メーカー取り揃えてあった。
最初の夜、慶太くんに「その中の適当に使って」と言われたけれど、何となく女の意地みたいなものが邪魔をして使えないでいた。

「帰ったら全部捨てるし。今後、日和の以外増えねぇから」

エレベーターに乗り込むと、慶太くんが顔を背けながら少し早口で宣言してくれる。
心臓がこれ以上ないほど早鐘を打ったので、反動で目の前の慶太くんの腕を掴んでしまった。
振り向いた慶太くんの唇がゆっくりと迫ってきて、私はうっとりと目を閉じる。

しゅわ、っと口にした瞬間溶ける綿菓子みたいなキスをして、エレベーターが1階に止まるまで慶太くんの腕の中におさまった。
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