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【第一話②】伏し目がちな君の瞳は今日も甘い side佳香
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俺の目の前の席には【営業部の仏様】が座っている。
桐谷 蒼、営業成績こそ振るわないが丁寧な仕事ぶりで部内はもちろん、社外の店舗スタッフから厚い信頼を受けている。
温厚で人当たりが良く、誰にでも優しい。
その優しさは営業にとっては諸刃の剣だ。営業は時に非情でないといけない。
押しに弱く、頼まれた仕事を断れない。
聖人君子たる人格は、普通なら加虐の対象になりそうなのだが、素直で謙虚な彼は部内外から愛されている。
彼の笑顔に癒されている人間は多いだろう。
無論、俺もその中の1人だ。
こちらに視線をチラチラと寄せては、慌てて目を伏せる桐谷を可愛く思いながら、何食わぬ顔で資料を捲る。
我慢できず、惚けた顔をしている桐谷を盗み見た。あれでバレてないつもりだろうか。本当におぼこい。
「桐谷」
手が空いたから、と桐谷に手伝うと言ったらどんな反応を返してくれるだろう、と想像をしながら書類を整えていると、右前方から耳障りな声が降ってきた。
思わず眉間にシワを寄せる。
「何だぁ?そのやる気のない声は?そんなんだから万年お荷物なんだよぉ、オ・マ・エ・は!」
偉そうな口上を垂れている男を一瞥すると、そこにはいつもの下品な顔があった。
人を貶すことを最上の喜びとしている、憐れで最低の虫ケラだ。
入社当初から気に食わなかったが、ここ最近の桐谷イビリにいい加減ウンザリしていた。
(営業成績至上主義だか何だか知らないが、桐谷の本当の業績に気付かないなんて馬鹿な奴だな)
桐谷は優しい。そして押しに弱い。
だからこそ、営業先で断られると強く出られず、切り返しも出来なくて受注に繋がらない。
けれど、店舗管理を任せれば、その手腕は部内No. 1だ。
販売成績の伸びない店舗を回り、その販売員のメンタルケアを丹念に行い、店舗の販売実績を確実に底上げしている。
いつでも朗らかな彼の人柄に救われた販売員は『桐谷さんのために』と販売額をグングン伸ばす。
桐谷の店舗運営のお陰で、新規開拓が間に合わない時でも安定した業務成績を残せるのだ。
「俺が出した下書きをなぞれば良いだけ」と言う雑言にピクリと眉根をあげてしまう。
コイツは普段から自分のことを【営業の申し子】と言って憚らないが、そんな妄言に付き合うこちらの身にもなれと言う話だ。
原瀬が出す企画書は、51歳の良い歳したオッサンが出すものとは到底考えられないほど浅慮な戦略を、小学生でももっとマシな言葉を使うぞ、と言いたくなる陳腐で無意味な言葉の羅列で飾っただけのゴミだ。
自分が一番のお荷物だと知らない無遠慮な人間は、いつの間にか桐谷の頭を小突き始めていた。
(コイツの息の根止めてやる…)
立ち上がろうとデスクに両手をかけたところで、前方のフロア扉の人影に気づく。
統括部長が腕組みをして原瀬の後頭部を見据えている。
その人影に気付いたところで、こちらに目配せをしている営業事務の吉澤さんと目が合う。
彼女は景色に同化する特技を持っているそうで、今も完全に景色の一部になっている。
原瀬は彼女の存在に気付かず、営業事務を『給料泥棒』と揶揄していた。
(お前の意味不明な怪文書を訂正してるのは、言葉遣いに長けた吉澤さんだぞ…救いようのない馬鹿だな)
忘年会でも他部署と一悶着起こした原瀬を、吉澤さんは秘書課の須藤さんと結託して、どうにか処分出来ないかと暗躍しているらしい。
そこに受付の新人と、システム部の天才も加わっているとの話を聞いた。
『堪えて』とでも言うような視線を向けられ、立ち上がりかけた姿勢を直す。
(…何か考えがあるのか……)
しかし気を取り直しかけた俺の耳に、原瀬の信じられない暴言が届く。
「わかってんなら売上伸ばせよぉ!お前が居るから上司の俺が評価されないんだぞ!こんなモッサい髪型しやがって…。営業なんだから、ちったぁ外見に気を使え!そんなんだから取引先に相手にされねぇんだよ!!さっさと外行け!営業だったら外で仕事しろ。俺らの営業成績で飯食ってる事務にツマンネぇ書類は任せとけ!お前みたいな営業は人の倍以上、外を駆け回ってろ!!!」
五月蝿い。コイツは本当に屑だ。
人の外見をとやかく言う前に、お前のその醜いメタボ腹をどうにかしろと言いたい。
何より、桐谷は地味だがとても可愛らしい相貌をしている。
その一つ一つの造りが慎ましくも愛らしい目、鼻、口。俺にとって桐谷は、外見も内面も理想そのものだ。
コイツにその良さが分からなくて当然だが、無性に腹が立つ。
「原瀬さん、五月蝿いスよ、仕事の邪魔なんであっち行ってもらえます?」
吉澤さんには申し訳ないが、どうしても黙っていられなかった。
俺の言葉に、瞳に薄く雫を浮かべ、声が漏れないようにか口を真一文字に結んだ桐谷が、弾かれた様にこちらを見る。
桐谷 蒼、営業成績こそ振るわないが丁寧な仕事ぶりで部内はもちろん、社外の店舗スタッフから厚い信頼を受けている。
温厚で人当たりが良く、誰にでも優しい。
その優しさは営業にとっては諸刃の剣だ。営業は時に非情でないといけない。
押しに弱く、頼まれた仕事を断れない。
聖人君子たる人格は、普通なら加虐の対象になりそうなのだが、素直で謙虚な彼は部内外から愛されている。
彼の笑顔に癒されている人間は多いだろう。
無論、俺もその中の1人だ。
こちらに視線をチラチラと寄せては、慌てて目を伏せる桐谷を可愛く思いながら、何食わぬ顔で資料を捲る。
我慢できず、惚けた顔をしている桐谷を盗み見た。あれでバレてないつもりだろうか。本当におぼこい。
「桐谷」
手が空いたから、と桐谷に手伝うと言ったらどんな反応を返してくれるだろう、と想像をしながら書類を整えていると、右前方から耳障りな声が降ってきた。
思わず眉間にシワを寄せる。
「何だぁ?そのやる気のない声は?そんなんだから万年お荷物なんだよぉ、オ・マ・エ・は!」
偉そうな口上を垂れている男を一瞥すると、そこにはいつもの下品な顔があった。
人を貶すことを最上の喜びとしている、憐れで最低の虫ケラだ。
入社当初から気に食わなかったが、ここ最近の桐谷イビリにいい加減ウンザリしていた。
(営業成績至上主義だか何だか知らないが、桐谷の本当の業績に気付かないなんて馬鹿な奴だな)
桐谷は優しい。そして押しに弱い。
だからこそ、営業先で断られると強く出られず、切り返しも出来なくて受注に繋がらない。
けれど、店舗管理を任せれば、その手腕は部内No. 1だ。
販売成績の伸びない店舗を回り、その販売員のメンタルケアを丹念に行い、店舗の販売実績を確実に底上げしている。
いつでも朗らかな彼の人柄に救われた販売員は『桐谷さんのために』と販売額をグングン伸ばす。
桐谷の店舗運営のお陰で、新規開拓が間に合わない時でも安定した業務成績を残せるのだ。
「俺が出した下書きをなぞれば良いだけ」と言う雑言にピクリと眉根をあげてしまう。
コイツは普段から自分のことを【営業の申し子】と言って憚らないが、そんな妄言に付き合うこちらの身にもなれと言う話だ。
原瀬が出す企画書は、51歳の良い歳したオッサンが出すものとは到底考えられないほど浅慮な戦略を、小学生でももっとマシな言葉を使うぞ、と言いたくなる陳腐で無意味な言葉の羅列で飾っただけのゴミだ。
自分が一番のお荷物だと知らない無遠慮な人間は、いつの間にか桐谷の頭を小突き始めていた。
(コイツの息の根止めてやる…)
立ち上がろうとデスクに両手をかけたところで、前方のフロア扉の人影に気づく。
統括部長が腕組みをして原瀬の後頭部を見据えている。
その人影に気付いたところで、こちらに目配せをしている営業事務の吉澤さんと目が合う。
彼女は景色に同化する特技を持っているそうで、今も完全に景色の一部になっている。
原瀬は彼女の存在に気付かず、営業事務を『給料泥棒』と揶揄していた。
(お前の意味不明な怪文書を訂正してるのは、言葉遣いに長けた吉澤さんだぞ…救いようのない馬鹿だな)
忘年会でも他部署と一悶着起こした原瀬を、吉澤さんは秘書課の須藤さんと結託して、どうにか処分出来ないかと暗躍しているらしい。
そこに受付の新人と、システム部の天才も加わっているとの話を聞いた。
『堪えて』とでも言うような視線を向けられ、立ち上がりかけた姿勢を直す。
(…何か考えがあるのか……)
しかし気を取り直しかけた俺の耳に、原瀬の信じられない暴言が届く。
「わかってんなら売上伸ばせよぉ!お前が居るから上司の俺が評価されないんだぞ!こんなモッサい髪型しやがって…。営業なんだから、ちったぁ外見に気を使え!そんなんだから取引先に相手にされねぇんだよ!!さっさと外行け!営業だったら外で仕事しろ。俺らの営業成績で飯食ってる事務にツマンネぇ書類は任せとけ!お前みたいな営業は人の倍以上、外を駆け回ってろ!!!」
五月蝿い。コイツは本当に屑だ。
人の外見をとやかく言う前に、お前のその醜いメタボ腹をどうにかしろと言いたい。
何より、桐谷は地味だがとても可愛らしい相貌をしている。
その一つ一つの造りが慎ましくも愛らしい目、鼻、口。俺にとって桐谷は、外見も内面も理想そのものだ。
コイツにその良さが分からなくて当然だが、無性に腹が立つ。
「原瀬さん、五月蝿いスよ、仕事の邪魔なんであっち行ってもらえます?」
吉澤さんには申し訳ないが、どうしても黙っていられなかった。
俺の言葉に、瞳に薄く雫を浮かべ、声が漏れないようにか口を真一文字に結んだ桐谷が、弾かれた様にこちらを見る。
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