泣き虫姫と変態王子の恋物語

山田 ぽち太郎

文字の大きさ
上 下
10 / 15

【10話目】深夜の雄叫び

しおりを挟む
心臓が止まった気がした。
でも、彼の言葉の意味を理解してからは早鐘を打つ心臓を、自分でも止められなかった。

何て言った?何て言ったの、彼は。
結婚?結婚って、付き合って、同棲して、そろそろ籍を入れようか、って話をして、両家に挨拶をしてから進めて行く話じゃないの?
そもそも、目の前の彼は確か25歳で、私より12歳も下で、私が大学卒業した頃にようやく小学校高学年だったりで…。

いやいやいやいや、無理無理無理無理。
揶揄われてるんだよね、そうだよね。
こんなおばさん捕まえて、結婚だなんて。何かの罰ゲームなのかな、もう、そんなの嫌になっちゃうな。

「言っとくけど、罰ゲームとか冗談とか、そんなんじゃないからね」

読心術でも心得てるの?なに、怖い。
何で私の考えてる事が分かるの?今日、初めて話した仲なのに。

「話したのは初めてだけど、やよいさんが優しいのも気配り上手なのも、案外泣き虫なのも、ちゃんと知ってるよ」
「な…んで?」
「ずっと見て来たから。やよいさんが見てない分、僕がやよいさんを見て来たから」
「…な…に……?」
「アイツらみたいな下品な人間の揶揄ばかりに耳を傾けないで。やよいさんの事が大好きな人間の言葉だけを受け取って。歳を重ねたからこその、やよいさんの強さは美しいけれど、害虫の言葉で自分を濁さないで」

鼻の奥がツーンとした。
20代後半から周りの下卑た人間の言葉ばかり拾う様になった。いつからか、その人間が下す自分への評価を自己評価にした。私は年季の入った年増の行き遅れ。だから、誰も相手にしてくれないし、私も相手にしちゃいけない。
中傷されても仕方がない。だって、歳を取った自分が悪い。歳を取っても会社に居座る自分が悪い。
そんなだから貰い手がないんだ。貰い手のなかった可哀想なベテラン受付嬢。仕事くらい出来なくてどうするんだ。社員全員の名前と顔を覚える位、出来て当然の職務だろう。なにせ入社15年目の型落ち品なんだから。

「やよいさんは一人で頑張りすぎだよ。僕に預けてよ。やよいさん自身も、その悩みも纏めて僕に預けてよ」
「そん…な、の…無理だよ……。知り合って、数分で…」
「じゃあ、これから知って?僕を好きになって?」
「い…ま、は、何も……考えられ、ない」
「それなら年末年始休暇中、僕の事だけ考えて。そして答えを出して。聞きに行くから」



どうやって帰宅したのか覚えていない。
智正くんのプロポーズが印象的過ぎて、その後の事柄が何も入って来なかった。
帰宅後、暫くベッドに突っ伏して、ショートして焼け焦げた思考回路を何とか繋ぎ直す。

え?いや、え?
あの子何て言った?
物凄い事言ってなかった?
と言うか、何で泣き虫な事がバレてるの?
会社で泣いた事なんて無いのに。
ベランダの花達に愚痴を聞いてもらいながら、泣きじゃくる事はあっても、人前で泣いた事なんてないのに。
………駄目だ、訳分からん。
今夜もベランダのお花ちゃん達に悩みを聞いてもらおう。

カラカラカラとベランダを開けると、お隣さんの家からテレビの音が聴こえてくる。
帰省してないのかな、どんな人が住んでるのかな、と思いながらベランダに出る。
丹精込めて世話をしているお花ちゃん達の前に座ると、先程の出来事が鮮明に蘇って来た。

「やよいさん、僕と結婚して。僕に貴女を守る大義名分を与えて」

まるで射止めるかの様な、真っ直ぐな瞳。
彼の瞳に映った私はどんな姿をしていたの?
37歳のおばさんなのに、年甲斐もなく心を春めかせた女の姿?
…嫌だ、そんなの。はしたない。

でも、だって、仕方ないじゃない。
あんなに綺麗な子から、結婚してと言われたの。
今まで生きてきた人生の中で、間違いなく一番美しい思い出なの。
私が背負っているドロドロとした悩みを、私共々持ってくれると言ってくれたの。
自分の気持ちに蓋をして、笑顔を貼り付けて、陰で泣いてる私に気付いてくれたの。

「そんなの、そんなの…」

ふるふると、口から言葉が溢れ出す。

「好きにならない訳、ないじゃない!!!」


思いがけず、深夜に雄叫びをあげてしまい、慌てて室内に舞い戻る。
おたおたしながらも、窓を閉めようとソロソロとベランダに再び近付くと、隣人もワタワタとしている様だった。

あぁ、見知らぬ隣人さん、驚かせてごめんなさい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

処理中です...