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【8話目】恋バナのお供は甘目の玉子焼き

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手料理が食べたい、と駄々をこねられて、連れ立って近所のスーパーでお買い物。

何が食べたいの?と聞いたら
何故か畏敬のまなこを向けられて
自分の食べたいと思う物が作れるの?と聞き返された。
なんじゃそら。

「この歳ですから、ある程度は作れますよ~。異国の料理は無理だけど」
「…10代でも作れる人は作れるし、50代でも料理が出来ない人も居るよ」

彼は少しムスッとした顔で、買い物カゴを手に取った私の腕を優しく掴む。

「…カゴ。これからは僕が持つから」

ソワソワ、と心の柔らかい部分が刺激される。
女の子扱いされたのなんて何年振りだろう。

「やよいさんが料理が出来るのは、やよいさん自身の努力の結果でしょ。年齢だけが人を成長させる訳じゃないよね」

野菜を選びながらポツリと呟いた彼は、惚ける私に優しく微笑んだ。あの蜂蜜みたいな蕩ける笑顔だ。



「信じられない。同じキッチンなのに、出て来る料理のクオリティがまるで違う!」
「いやいや、褒め過ぎだよ。そんなに手の込んだ料理じゃないよ」
「やよいさんにとってはそうでも、僕にとっては違うんだって。素直に言葉を受け取りなさい」
「…有り難う」
「僕こそリクエストに応えてくれてありがとう」

ほうれん草のお浸し、カレイの煮付け、玉子焼き、白菜と肉団子の中華風スープ
あと常備菜を少々。

「頂きますしても良い?」
「ふふふ。うん、どうぞ、召し上がれ」

頂きます!と同時に、ガツガツと頬張る彼に自然と笑みがこぼれる。勢い良く食べているけれど、とても上品な箸運びで、美少年はこんな所作まで美しいんだなぁと感動した。

「玉子焼き!すごく僕の好きな味。…この玉子焼きが、お弁当に入ってたら仕事頑張れるなぁ」
「そうだねぇ。玉子焼きがお弁当に入ってたらテンション上がるよねぇ」
「うんうん。今、僕はやよいさんにお弁当作って欲しい!ってリクエストしたつもりなんだけどね?」
「え?…え?あ、そう、なの?」
「無理にとは言わないけどさ、作って貰えたらデスマーチでも秒で仕事終わらせてしまえそう」

ニコニコと食事を口に運ぶ彼を見たら、もっと沢山の料理を食べさせたくなってしまう。これは愛情なのか、母性なのか。

「ところで、今日の本題。…どうして私の隣人なの?」

スープの肉団子を頬張っていた彼は、私に待ってね、と言う様に目配せをして、スープを一口啜って口内を自由にしてからその問いに答えてくれた。

「本当に偶然だよ。去年の春、引っ越し先を探していた時に、偶然帰宅途中のやよいさんと同じ電車に乗って、何となく着いて行ったらやよいさん、このマンションに入って行って、何となーく調べたら偶然にも一部屋空きがあって、んで契約してみたら偶然やよいさんのお隣さんだったんだよね」

それ、ギリギリアウトじゃない?と言う言葉は、私の顔面が雄弁に語ってくれた。

「電車が一緒になったのは本当に偶然だもん。セーフ、セーフ」

そこから先が問題なんじゃん…。
…ん?去年の春に引っ越して来たって事は、随分前から私の事を知ってたって事?

「…やよいさんはさ、全社員の顔と名前を覚えてるのに、隣人の僕の存在にはちっとも気付かなかったよね。僕だけじゃなくて、やよいさんの周囲の環境に全く興味がない、みたいな」

そうかも知れない。いつの間にか私は、自宅と会社の往復に専念していて、私を取り巻く事柄を見るとも無しに傍観していた気がする。
自分の人生に積極的になれず、ただ、過ぎ去るだけ。

「悔しかった。僕が勝手に好きなだけだったけどさ、僕はやよいさんの事好きなのに、その想いに気付いてもらえなくて。本人は毎日の色んな事に一人で傷付いてるし、慰めも出来なくて、悔しかったな」
「…智正くん……」
「まぁ、これからは全力で慰めるし、そもそも傷付けもしないけどね」

いたずらっ子の様に笑う彼に飛び付いてしまいそうになる。
そうなの、私、傷付いてたの。毎日に摩耗されてた。
気付いてくれて有り難う。
守るって言ってくれて有り難う。


「でも、そんな辛く悔しい長い片想いも、忘年会後にやよいさんがベランダで雄叫びを上げてくれた事で完全に報われたけどね」

おかわりしてくるね!と席を立つ彼を、愕然とした面持ちで見送った。
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