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ドンペリコールと龍と鷹

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「信じられませんね…」

スマホの画面を凝視しながら、通算87回目の感嘆の溜め息を溢します。
表示されるのは、鬼木さんとのLINEのやり取り。

「私が男性とLINEでやり取りをしているなんて…、信じられません」

ほぅっと息を吐くと、営業部の先輩お二人が生暖かい微笑みをたたえています。

「胃袋を掴むって、まさにこの状態を指すんだろうね」
「全くだわ。大福ちゃん、私にも伝授してよ、そのモテテク」
「結婚式ではお父様の選んだお米でライスシャワーかな」
「お赤飯も炊いて配らないとね」
「何それ尊い」
「吉澤先輩!弓削ユゲ先輩!!揶揄わないでくださいよっ!!」
「「至って本気だもーん」」

クスクスと笑いながら、頭を撫でてくれる弓削先輩と、肩を叩いてくれる吉澤先輩。
お二人とも、優しい目をしています。
恥ずかしいけれど、ここ最近はお二人にご心配をお掛けしてばかりだったので嬉しいです。

「けれど先輩、私たち付き合うとかそんなんじゃないですよ」
「え?でも向こうからLINE聞かれたんでしょ?」
「そうですけど…、お礼するためって言われたので、他意はないですよ」
「でも毎日LINEのやり取りしてるんでしょう?」
「普通、お礼だけのために毎日やり取りするかしら、言の葉さん」
「いえいえ、しないと思いますわよ、いろはさん」
「だいたいお礼なんて既製品のお菓子でも買っておいて次会った時に渡せば済む話よね。わざわざ連絡先交換するまでもないわよ」
「やー、でも、それこそイケメンの鬼木さんが、わざわざ・・・・私を恋愛対象にする必要ありませんよ」
「「大福ちゃん」」

真面目な顔のお二人に、小さな声で「すみません」と頭を下げると、弓削先輩に髪の毛をもみくちゃにされました。
反省です。

「あ、噂をすれば」

吉澤先輩が扉の方を目で指します。
ドコゾノ飲料の制服に身を包んだ鬼木さんが大量の段ボールと共に現れました。

普段は1人の休憩室に、今日は3人も居たからか少し驚いた顔をされます。
それでも帽子を取りながら、先輩達に挨拶をしてくれました。

「いつもお世話になっております」
「ドコゾノ飲料さんのコーヒーのお陰で、居眠りする社員が減りましたよ」

お二人とも先ほどまでと違って出来る女の雰囲気です。
実際にお二人ともバリバリお仕事が出来るんですけどね。

「恐れ…入り……ます」

ありゃー。鬼木さんったら挙動不審になってからに…。
究極の人見知りだと言っていたから、知らない先輩2人に警戒ているのかもしれません。

3番テーブル、鬼木さん卓に『恐れ』入りまーす!!

行った事もないホストクラブの掛け声が脳内に響きます。

「すみません、お二人とも私の先輩なんです。部署は違うけど、いつも助けてもらっていて。鬼木さんのことを話したら会ってみたいと言われたもので…。」
「私たち、この子の保護者なので。我が社の女子社員が『イケメン』と噂する貴方が気になってしまって」
「大福ちゃんを弄ぶつもりなら容赦しないぞ☆と駆けつけました」

お二人共にっこりと笑っているのに、目だけがギラっと光っています。
心なしか背後に龍と鷹が見える気もしますね…。
なぜ笑っているのに怖いのでしょうか。

5番テーブル、大福卓にも『怖れ・・』入りまーす…

「弄ぶとかないです。その心配はいらない…ス」

それまでお二人の目線から隠れるように、帽子を目深に被って目を合わせないようにしていた鬼木さんが
真剣な表情でお二人を見据えてキッパリと言いました。

フィーバー、ドンペリ!フィーバー、フィーバー、ドンペリ!!
御馳走様が聞こえない!フゥツ☆パーリラパリラパーリラッ!!フゥッ☆フゥッ☆
5番テーブル、大福卓に『この世の春』入りま~す!!

脳内ホストさんのドンペリコールに自我を乗っ取られている間に、吉澤先輩と鬼木さんが固い握手を交わしていました。

「ところで『大福』って何ですか?」
「あぁ、私のニックネームですよ。大野 福子、で『大福』です」
「…」
「鬼木さん?どうしたんですか?」

何かを考えるように固まってしまった鬼木さんにヒラヒラと手を振ってみます。
瞬き一つしない鬼木さんに見つめられてドギマギしていると、ようやく鬼木さんが動きました。

「なんだ、俺はてっきり、餅みてぇにフワフワしてるから、大福なのかと思った」

ぷに、と私のほっぺに指を埋めながら、あの太陽みたいな笑顔を浮かべる鬼木さん。

私の脳内のテーブルは、満開の幸せで満たされました。
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