4 / 7
桜吹雪のまぼろし
しおりを挟む
一人になってベッドにひっくり返るが、風の音が耳について離れない。
ごうごうという春の咆哮に、言い知れぬ恐怖が込み上げる。
これじゃ、なかなか寝付けそうにないわね。
本でも読もうかと半身を起こすと、閉めたはずの窓がなぜか開いていて、揺れるカーテンの隙間から淡いピンクの花びらが舞い込んできた。
「……ひぃっ!?」
ひんやりとした花のかけらがぴたりと頬に触れたとたん、また昼間の幻影が蘇る。
はらはらと花弁を散らす桜の下、小さな身体を押さえつける長身の男。
甘やかな花の香りに混じって何か刺激臭がする。
ニタニタと笑みを浮かべる嫌らしい顔は、どこかで見たような、それでいて別人のような……
別人? いったい誰と?
――ゃぁっ! たすっ……
押さえつけられていたモノが悲鳴をあげた。
途中でくぐもってしまったが、明らかに人の言葉……甲高い子供の声。
それも、幼い男の子の……妙に耳に馴染んだ声。
まさか、これ……
そんな思いが脳裏をよぎったとたん、再び私の意識は闇の底へと沈んで行った。
※ ※ ※
耳に心地よい小鳥の声。
眩い光に目が覚めると、そよそよと心地よい風が頬を撫でた。
「え、朝?」
驚いて窓の外に目をやれば、もうすっかり明るくなっていた。
子供の頃から使っていた勉強机に目をやれば、時刻は八時を回っている。
「なんだ。ただの夢ね……」
それにしてはあまりに生々しかったが、あんな光景を現実だとは思いたくない。
「変な夢……久しぶりにお兄ちゃんの話をしたせいかしら?」
あえて声に出して呟いて、あれはただの夢だと自分に言い聞かせた。
そう言えば、子供の頃も似たような夢を繰り返し見ていたような気がする。
「すっかり寝坊しちゃったわ。今日は学校に行かなきゃいけないのに」
慌てて階下に降りると、台所にあったものを適当につまんで簡単に身支度を整える。玄関を出たところで庭の手入れをしていた母とばったり会った。
「あら?もう出かけるの?」
「ええ、今日は学校にうかがう予定だから」
「そう、私ももう出勤だから、鍵は持って出てね」
「わかった、時間がないからもう行くわ。自転車借りるわよ」
「好きになさい、もともとあんたが使ってたものよ」
「は~い、行ってきます」
慌ただしく自転車を漕ぐと、校門が見えてきたあたりでごうっと風が吹きつけてきた。ピンクの花びらに混じって小さな影が飛び出してきて……私は慌ててブレーキをかける。
「大丈夫? あら、あなた」
きょとんとしている男の子は、やはり写真の中の兄にそっくりだ。
昨日見た時より少し幼い気もするが、きっと気のせいだろう。
「だいじょうぶ。おねえさん、だれ?」
幼児特有の鈴を振るような声に、思わず頬がゆるむ。
真ん丸な瞳にみつめられ、私はしゃがんで目線を合わせた。
「はじめまして、吉田美香です。四月からこの小学校で先生になるの」
「みかせんせい? たける、もうすぐしょうがくせいなの。よろしくおねがいします!」
「たける君ね。こちらこそよろしく」
にぱっと笑っておじぎをする愛らしい仕草に、胸の奥が温かくなる。
小さな男の子ってどうしてこんなにかわいいんだろう?
私もこんな風にかわいかったら、両親も兄の幻ばかり追わずに私を見てくれたのかな?
ろくでもない考えは頭を振って追い払い、再び自転車にまたがった。
「ごめんね。先生、急いでるから、もう行くね」
「はぁい、またね!」
ぶんぶんと手を振る武留君に手を振り返し、慌てて学校に向かう。
幸い、待ち合わせに間に合った私は、昼過ぎには従姉からの引継ぎを済ませることができた。
ごうごうという春の咆哮に、言い知れぬ恐怖が込み上げる。
これじゃ、なかなか寝付けそうにないわね。
本でも読もうかと半身を起こすと、閉めたはずの窓がなぜか開いていて、揺れるカーテンの隙間から淡いピンクの花びらが舞い込んできた。
「……ひぃっ!?」
ひんやりとした花のかけらがぴたりと頬に触れたとたん、また昼間の幻影が蘇る。
はらはらと花弁を散らす桜の下、小さな身体を押さえつける長身の男。
甘やかな花の香りに混じって何か刺激臭がする。
ニタニタと笑みを浮かべる嫌らしい顔は、どこかで見たような、それでいて別人のような……
別人? いったい誰と?
――ゃぁっ! たすっ……
押さえつけられていたモノが悲鳴をあげた。
途中でくぐもってしまったが、明らかに人の言葉……甲高い子供の声。
それも、幼い男の子の……妙に耳に馴染んだ声。
まさか、これ……
そんな思いが脳裏をよぎったとたん、再び私の意識は闇の底へと沈んで行った。
※ ※ ※
耳に心地よい小鳥の声。
眩い光に目が覚めると、そよそよと心地よい風が頬を撫でた。
「え、朝?」
驚いて窓の外に目をやれば、もうすっかり明るくなっていた。
子供の頃から使っていた勉強机に目をやれば、時刻は八時を回っている。
「なんだ。ただの夢ね……」
それにしてはあまりに生々しかったが、あんな光景を現実だとは思いたくない。
「変な夢……久しぶりにお兄ちゃんの話をしたせいかしら?」
あえて声に出して呟いて、あれはただの夢だと自分に言い聞かせた。
そう言えば、子供の頃も似たような夢を繰り返し見ていたような気がする。
「すっかり寝坊しちゃったわ。今日は学校に行かなきゃいけないのに」
慌てて階下に降りると、台所にあったものを適当につまんで簡単に身支度を整える。玄関を出たところで庭の手入れをしていた母とばったり会った。
「あら?もう出かけるの?」
「ええ、今日は学校にうかがう予定だから」
「そう、私ももう出勤だから、鍵は持って出てね」
「わかった、時間がないからもう行くわ。自転車借りるわよ」
「好きになさい、もともとあんたが使ってたものよ」
「は~い、行ってきます」
慌ただしく自転車を漕ぐと、校門が見えてきたあたりでごうっと風が吹きつけてきた。ピンクの花びらに混じって小さな影が飛び出してきて……私は慌ててブレーキをかける。
「大丈夫? あら、あなた」
きょとんとしている男の子は、やはり写真の中の兄にそっくりだ。
昨日見た時より少し幼い気もするが、きっと気のせいだろう。
「だいじょうぶ。おねえさん、だれ?」
幼児特有の鈴を振るような声に、思わず頬がゆるむ。
真ん丸な瞳にみつめられ、私はしゃがんで目線を合わせた。
「はじめまして、吉田美香です。四月からこの小学校で先生になるの」
「みかせんせい? たける、もうすぐしょうがくせいなの。よろしくおねがいします!」
「たける君ね。こちらこそよろしく」
にぱっと笑っておじぎをする愛らしい仕草に、胸の奥が温かくなる。
小さな男の子ってどうしてこんなにかわいいんだろう?
私もこんな風にかわいかったら、両親も兄の幻ばかり追わずに私を見てくれたのかな?
ろくでもない考えは頭を振って追い払い、再び自転車にまたがった。
「ごめんね。先生、急いでるから、もう行くね」
「はぁい、またね!」
ぶんぶんと手を振る武留君に手を振り返し、慌てて学校に向かう。
幸い、待ち合わせに間に合った私は、昼過ぎには従姉からの引継ぎを済ませることができた。
6
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜
野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。
内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
あやかしのうた
akikawa
ホラー
あやかしと人間の孤独な愛の少し不思議な物語を描いた短編集(2編)。
第1部 虚妄の家
「冷たい水底であなたの名を呼んでいた。会いたくて、哀しくて・・・」
第2部 神婚
「一族の総領以外、この儀式を誰も覗き見てはならぬ。」
好奇心おう盛な幼き弟は、その晩こっそりと神の部屋に忍び込み、美しき兄と神との秘密の儀式を覗き見たーーー。
虚空に揺れし君の袖。
汝、何故に泣く?
夢さがなく我愁うれう。
夢通わせた君憎し。
想いとどめし乙女が心の露(なみだ)。
哀しき愛の唄。
冀望島
クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。
そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。
朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】
その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。
幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話……
日常に潜む、胸をざわめかせる怪異──
作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる