戦争のあとしまつ

歌川ピロシキ

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失敗は一度だけ

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 久しぶりにターニャから手紙が届いた。何事かと思ったら、相棒のマーシャが死んだらしい。自分で腹かっさばいて、はらわたを引きずり出したんだって言うんだから、相変わらず豪気なことだね。
 マーシャは女だてらに連隊で一二を争うすごい狙撃手スナイパーだった。狙撃の腕だけじゃなくって、死にざままで男顔負けだなんて、いかにも負けず嫌いのあの娘らしいじゃないか。

 あたしとあの娘たちが会ったのは、終戦のちょいと前のことだった。前線近くの小さな村で、あたしたち工兵は仲間が通ってもいちいち吹っ飛ばされないように地雷を撤去して回ってて、あの娘たち狙撃兵は森の中をちょろちょろと動き回っては敵情を調べる偵察兵の役目も果たしていた。あんな最前線で生きてる女の子を見ることはなかなかないからね。あたしらはすぐ仲良くなった。

 そのすぐ後、大きな会戦もないまま敵さんの撤退と無期限停戦とやらを伝えられ、拍子抜けしたのが半年前。あの娘たちは二か月もしないうちに故郷に帰されたが、あたしはまだ前線だったこの地を離れられない。

 だってそうだろう? いくら「停戦です」って言ったところで地雷が「はいそうですか」って自分からいなくなってくれるわけじゃないんだもの。あたしら工兵がそこらじゅうを調べて回って、一つ一つ撤去してやらなくちゃ、危なくって村人たちだって帰ってこられない。だから、あたしら工兵小隊はこの半年の間、ずっと前線をうろうろしては、片っ端から地雷やら簡易爆弾やらを見つけ出してぶっ壊して回ってたってわけ。その間に仲間は半分以下に減った。

 そりゃそうだよね。あたしら工兵にとって、人生で失敗するのはただ一度。いっぺん失敗しちまったら、跡形もなく吹っ飛んで「次」の機会は永遠になくなるだろ? だから、あたしら工兵の寿命なんて三か月保てばいい方だなんて言われてるんだ。
それを、うちの部隊は「終戦」前に半年も生き延びてたんだ。そりゃ、だいぶ面子は入れ替わったりもしたけれど、小隊が全滅しないでちゃんと残ってただけでも大したもんだと思わないか?
 それからさらに半年。来る日も来る日も地雷を探しては撤去して、爆弾探しては、解体して回ってたんだ。かれこれ一年、あたしは寿命の四倍も生きてる勘定になる。いつ死んだっておかしくないさ。

 それにしてもマーシャったら、せっかく戦争が終わって故郷に帰れたって言うのに、わざわざ自分から死んだって言うんだから難儀なんぎな奴だよね。まぁ、大方「平和な暮らし」ってやつになじめなかったんだろうけどさ。
 人の血に慣れちまったあたしら兵隊が、ちょっと転んですりむいただけでピーピー騒いでるような村人とうまくやっていける道理もない。ああいう連中を見てると、嫌でも自分の手が……いや魂までもが血に染まりきってるってこと、思い知らされるからね。そりゃぁ、肩身が狭かろうってもんさ。
 だから居場所がどこにもなかんたんだろうけど……だからって、わざわざ自分から死ななくてもさ。

 マーシャとターニャはいいコンビだったが、お互いに相手を妬んでるようなふしがあった。いや、恨んでると言った方がいいのかな?
 狙撃手スナイパーのマーシャは自分ばかりが敵の生命をじかに刈り取って、観測手スポッターのターニャはただ見ているだけなのが妬ましかった。ターニャは来る日も来る日も敵さんの断末魔を観測しなきゃならなくって、撃ちっぱなしで自分のぶっぱなした弾丸のやらかした結果を一目たりとも見ないマーシャを恨んでた。
 お互いに互いをしっかり支えあいながら、お腹の底では妬んで恨んで、それでも相手がいないと立ってられない。あの娘たちは変な関係だったよ。やっぱり除隊で離ればなれになっちまったのが良くなかったんじゃないのかい?
 マーシャがいなくなっちまって、ターニャも気が抜けちまったんじゃないかと気が気じゃないよ。気丈なあの娘のことだから大丈夫だとは思うけど、まさか後を追ったりなんか、しないだろうね?

「おい、ゾーニャ。ぼやっとするな」

「おっと、ごめんよ。気ぃ抜けてた」

 ターニャからの手紙のことを考えながら歩いてたら、隊の仲間に注意されちまった。つい、ぼうっとしちまってたみたいだ。つきあった期間は短かったけど、曲がりなりにも戦友として仲良くやってたからね。ちょっくら情ってもんが湧いちまってたようだね。

「どうした? 調子悪ぃなら下がっててくれよ」

わりぃね、ちょいと仲間の訃報が届いてさ。ガラにもなくおセンチになっちまってたみたいだ」

「訃報なんざ日常茶飯事だろ。気ぃ抜いてっと、お前も死人の仲間入りだぞ」

「ごめんごめん、しゃんとするよ」

 あたしは両手で自分の頬をぱん、と叩いて気合を入れなおした。あたしら工兵のお仕事じゃ、一人がヘマをやらかすと部隊みんなが吹っ飛ばされかねない。
 頭の中からマーシャとターニャを追いやって、一心不乱に地雷を探す。草の生えた地面のちょっとしたデコボコをじっくり観察しては、ちょいとでも不自然なとこがないか、腹ペコのカラスみたいに必死で見極めるんだ。「鵜の目鷹の目」って言うんだっけ? それでも「終戦」から半年経ってるからね、ちょいとした手がかりなんざ、草に埋もれてほとんどわからない。
 ここら一帯が地雷と不発弾だらけなのはわかってるけど、それがどこに埋まってるかなんざ、見つけられたら相当ラッキーってもんさ。
 それでもあたしは地雷を三つ、不発弾を二つ何とか見つけ出したんだけど。

 気付いた時にはあたしは宙に浮いていて、次の瞬間地べたに叩きつけられていた。衝撃で息が詰まるけど、不思議と痛みは感じない。つまり、もう助からないってことだね。
 仰向けに投げ出されたまま、何とか目玉だけ動かした。右の二の腕から先がない。どうやら吹っ飛んじまったようだね。どうりで手足の感覚がないわけだ。他のもたぶん似たようなもんだろ。
 どうせ助からないんだから見るだけムダだとあたしは空を見た。

「ゾーニャ!!」

 仲間の声が聞こえる。耳なんかバカになっちまってるだろうに、これが幻聴ってやつかね? ぼやけた視界に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった仲間の顔が映って、それっきり何も見えなく、感じなくなった。
 あたしはもう死んじまったのかね? まあいい。あたしら工兵が失敗するのは一生に一度きりだ。その一度っきりをやらかしちまったんだから、生き延びられる道理がないさね。

 ……それに、地雷がみんななくなっちまって、あたしら部隊がお払い箱になっちまったら、どこに行けばいいのかわからないから。骨の髄まで血と爆薬の臭いがしみついちまったあたしが、今さら平和で平穏な普通の暮らしなんかできるわけがない。戦争のなくなった世界でどこにも居場所がなくて、マーシャみたいに自分でこの世におさらばするくらいなら、今のうちに一思いにやってもらった方が楽ってもんじゃないかい?

 さて、どうやらおさらばの時間みたいだ。意識をたもつのがむずかしくなってきた。しこうがだんだんとけてきた……
 やあ、まーしゃじゃないか……なつかしいねぇ……あたしもこっちにきたよ……
 
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みんなの感想(4件)

小津万実(旧名・せいひつ)

拝読しました。
故郷の平和のため、生命を賭して戦ってきた兵士たち。
しかし、彼らは、帰っても受け入れられることはなく、自ら死に場所を求めていく……

悲しいお話ですが、イラク帰還兵の方々も戦争のトラウマを引きずって生きていると聞きます。

非日常から帰ってきた兵士たちに恩給や賞与が与えられても、心の傷ばかりは一生消えないのでしょうね。

描写はじつにリアルで生々しく、娯楽として楽しんで良いものかと考えさせられました。

ほんの少し、キノの旅やアリソンの時雨沢恵一さんのお話を思い出していましたね。

歌川ピロシキ
2023.07.01 歌川ピロシキ

感想ありがとうございます。
やはり人が人を殺さなければならないという世界は、我々が普通の日常と信じている世界とはあまりにかけ離れているので、そこで生き延びるためには価値観の根源から作り変える必要があるのではないかと。
描写が少し甘いので、少しずつ手を入れながら「帰還兵の戦争が終わる」とはどういうことなのか、突き詰めていきたいです。

解除
喉飴かりん
2023.04.08 喉飴かりん

ツイッターから来ました喉飴かりんと申します。突然すみません。戦争後遺症を題材にした作品ということで興味を惹かれ、3話まで一気に読みさせて頂きました。
戦争に行った兵隊さんの戦後の苦しみが、とてもリアルでした。5年間も戦場にいて平穏な生活の感覚が希薄になり、
普段着に違和感を覚える、重い軍靴やゲートルの感触に馴染んでしまったあまり普通の靴を履いても上手く歩けない、それがないと不安になる、生きている心地がしないなど。5年も戦場にいれば、戦争が当たり前の日常生活になってしまうというのが上手く描かれていたと思いました。
マーシャが鍋の臭いから銃の匂いと戦友の血?の臭いを連想し、自分が生きていることを感じたくて腸を割いて血の臭いを嗅ぐ場面、平穏な生活に戻っても死の恐怖が付き纏っていて、安心材料が欲しくて血を嗅いだのでしょうか⋯⋯。
観測手のターニャはマーシャが撃ち殺した敵の怯えた顔を何度もじっくり見たことで、罪悪感のようなものを抱き、敵の幻影に苛まれるようになったのでしょうか。私は太平洋戦争や日中戦争の戦争体験談をよく読みますが、日本兵さんも殺した敵に襲われる悪夢や幻覚に襲われるらしいですね。この作品の題材である戦争PTSDというやつですね。
工兵のゾーニャは、地雷で死んでしまったけれど、マーシャやターニャのように平穏な生活に戻って苦しむより、いっそ一発で即死したほうが幸せだったのかもしれないなと思いました。
いきなり長文の感想を失礼いたしました。個人的にとても好きな内容の作品だったので、感想を書かずにはいられませんでした。

歌川ピロシキ
2023.04.09 歌川ピロシキ

 丁寧な感想ありがとうございました❀.(*´▽`*)❀.
 帰還兵たちの苦しみを身近に感じていただきありがとうございます。

 こちらは「卑怯で臆病な僕は血まみれの聖女を受け入れることが出来ない」「幸福とは死者の群れの中に生者を見出すこと」の番外編にあたります。
 「卑怯で~」の後書きに書きましたが、私の母の従姉は関東軍の従軍看護師で、亡くなるまで半世紀以上の間ずっと戦場のPTSDに苦しんでいました。しかし幼かった私はそんな彼女に怯えるだけで、その苦痛に寄り添うことができませんでした。
 成人して色々なことが理解できるようになり、彼女がどれほどのものを背負っていたのかようやく理解したのは、彼女はかつての戦友の元に旅立った後でした。

 そんな後悔から、様々な形で戦争にまつわる人々の苦しみを書くことが多いです。(「砂漠の鷹は望郷の涙を流すか」はディアスポラにより故郷を失った2人の傭兵たちを、「ピンク頭の彼女の言うことには、この世は乙女ゲームの中らしい。」第二部は19世紀のバルカン半島の民族紛争をモチーフにしています)

 戦後とうとう70年以上が経過し、私たちにとっては戦争というものが遠い別世界のもののように感じられてしまうようになりました。
 その一方で、ウクライナはもちろん、シリアやレバノンなどの中東、コンゴなどのアフリカではずっと戦乱が続いて人々が苦しみ続けています。
 私はこれからもそんな「普通」の人々の生きている苦痛と幸福を生々しく「ライトノベルの親しみやすい文脈」で書いて行きたいと考えています。

 この度は素敵な感想をありがとうございました(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

解除
花散里
2023.04.06 花散里

すみません、「セプテントリオの妖精姫」のフェレティング嬢が配属されなかった他の地方の部隊の生き残りかと思ってしまいました……。

歌川ピロシキ
2023.04.07 歌川ピロシキ

感想ありがとうございます((ヾ(≧∇≦)〃))
まさにその通りです。

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