昼の蟷螂 夜の蝶

歌川ピロシキ

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朝露の消やすきいのち

其の二

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「さて、俺も夜目は利かないから、明かりを確保しないとな」

 半妖精はベルトにつけたポーチから小さな指輪を取り出すと左手にはめた。すると指輪が光り出して部屋の中を隅々まで照らしだした。部屋は幅が七メートル、長さは九メートル程の広さだ。かなり古いものらしく、壁のタイルの色はかなりくすんでいる。

 左側の壁沿いにずらっと並べられた棚の一部に瓶や何かの帳面のようなものが残っているが、部屋の中央には何もなく、広さの割にがらんとして印象だ。右側と奥の壁には小さな扉があって、どこかに繋がっているらしい。


「あ~、ほとんど何も無くなってる。なんか寂しくなってるな~」

 部屋を見回し感慨深げに言う半妖精の様子に、半信半疑だったオーウェンも「昔ここに住んでいた」という彼の言葉を信じる気になった。

「おい、半妖精。お前はここに住んでいたというが、その頃はこの部屋に何があったんだ?」

「アザットだよ」

 アザット、という何かがあったのだろうか?……と思いかけて、そういえばこいつの本名がそんな名前だったと思い直した。

「俺は確かに半分だけ草原妖精だけど、半妖精って名前じゃない。ちゃんと名前で呼んでよ」

「あ、ああすまなかった。俺はオーウェンだ。よろしくアザット」

 むぅ、と軽く頬を膨らませて名を呼んでくれと抗議するアザットに、たしかに失礼な態度だったと反省するオーウェン。軽く謝ると、さほど怒ってはいなかったのか、アザットは満足げににっと笑った。

「こちらこそよろしく。そうだ、最初にお願いしておきたいんだけど。俺がここの探索中に、さっきみたいになっちゃったら、またアレお願いできる?頭がスッキリするやつ」

「頭がスッキリするやつ……??」

「そう、さっきしてくれただろ?あれすごく頭がスッキリした。いつもああなっちゃうと、抑えられるまでずっとしんどいのに、一瞬で治っちゃうんだもの。驚いたよ」

 どうやらさきほどの『鎮心サニタス』のことらしい。あの混乱状態はアザットにとって苦しいものだったらしく、一瞬で治してみせた神聖魔法ホーリープレイがいたくお気に召した様子だ。

「ああ、そんな事でよければお安い御用だ」

 彼にとってここは古いトラウマの残る場所なのだろう。それでも探索につきあってくれるというのだから、そのせいで混乱状態に陥ればすぐ治療するのは当然と言えば当然だ。

「それで、アザットがここにいた頃はこの部屋に何があったんだ?」

 先ほどの問いを繰り返すが、アザットは苦笑して壁際の棚の中からいくつかの帳面を出して来た。

「俺にはちょっと意味が分からないけど、オーウェンならわかるんじゃないのか?」

 渡された帳面を見ると、古代語魔術ソーサリーに使用される古代魔法文字エンシェントルーンで書き記されている。一冊目の表紙は「アッザイ」二冊目が「アイディーン」そして三冊目が「アザット」。偶然ではあるまい。 「アザット」と書かれた帳面をぱらぱらとめくる。

 何という事だろう。読み進めれば読み進めるほど、ページをめくる指先に震えが走る。なんともおぞましい。彼が自分では語らず、他者の目線で書かれた記録を渡して来たのも無理はない。異種族で、赤の他人であるオーウェンでさえ、驚きと怒りで我を忘れそうだ。当事者がこんなものを見てはいけない。

「あんたの知りたい事は載ってたかい?」

 ある程度読み進めたところで、苦笑を浮かべたアザットに声をかけられた。さらに数冊の帳面を抱えている。表紙には「ザリカ」「ガリマ」「ラリバ」……ユルカイ草原部族連合語の女性の名前だ。先ほど見た「アッザイ」の内容から推測するに、さらに胸糞悪い記述が並んでいることは間違いない。オーウェンがうまく答えられずに押し黙っていると、アザットは困ったように微笑んで言った。

「オーウェン酷い顔色してるぞ。今日はいったん終わりにしてまた一緒に来ないか?それ、持って帰ってゆっくり読めよ」

 ベルトポーチから取り出したひも付きの袋を手渡してくれる。帳面を入れて紐をひっぱると、簡単な背負い袋になった。

「ありがとう。その……なんと言えば良いか……」

「いいって。俺も長居したい場所じゃないし。とにかく、いったん外に出よう?」

 彼に促されるまま、オーウェンはまたはしごを上ると外に出た。辺りはすっかり暗くなっていて、明かりに慣れていた目にはほとんど何も見えない。

 続いてのぼってきたアザットが落し戸を元通りに戻すと、土や草をかぶせて偽装した。ぱっと見ただけでは、オーウェンにはもうどこに落し戸があったのか全くわからない。偽装の出来栄えを確認すると、アザットは指輪を外して明かりを消した。

「ゆっくりそれ読んで、色々考える時間が要るだろ?三日後の同じ時間にここに来るから、まだその気があったら一緒に潜ろう」

 アザットがそういうと、オーウェンが答えに迷っている間にもう姿を消していた。
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