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昼の蟷螂
其の十六
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「早くここを立ち去れ。俺があいつらに取り憑かれる前に」
急に様子がおかしくなった半妖精が放った言葉は、アーサーの証言にあったものと同じだった。あいつらとは一体何の事だ?取り憑かれるとはいったいどういうことだ?オーウェンはわからないことだらけで混乱する。
「あいつらとは何だ?それだけでも教えてくれないか?」
自身もかがんで頭を抱えてしゃがみこんでしまった半妖精に目線を合わせ、できるだけ穏やかに問いかける。
「フューリーとバンシー。強い感情には精霊が寄ってくる。取り憑かれると乗っ取られるかもしれない。早く立ち去ってくれ」
確かにどちらも聞いたことがある名前だ。フューリーは激怒、バンシーは悲哀を司る精霊だったような……
そう言えば、精霊使いが感情を司る精霊を呼び出して、周囲の人間を混乱させる術があると聞く。対抗策として、神聖魔法の「鎮心」を使えと、以前神殿で教えてもらった。目の前の半妖精も感情を司る精霊によって苦しめられているなら、同じ呪文で治療できるのではないか。
「苦しいのか?」
「さっきから限界だと言ってるだろう!!頼むから早く行ってくれ!!」
「わかった。その前に一つだけ試させてくれ。もしかすると楽にしてやれるかもしれない」
オーウェンはテフィーヌに祈った。この半妖精の激しすぎる怒りや悲しみを鎮め、苦しみを和らげてやって欲しいと。いつもよりも強く祈りを捧げると、ごっそりと魔力が抜け出る感覚がして、いつの間にか苦しんでいた半妖精が元に戻っていた。
「いったい何をしたんだ?」
異常状態から急に回復た半妖精は、不思議そうに眼をまたたかせながら首をかしげてオーウェンに問うた。
「神の奇跡だ」
「何だよそれ、俺らなんか神様が相手にするわけないだろ」
「『鎮心』……神聖魔法の一つを使った。神のみ業がお前たち草原妖精には効かないと言うのはデマだったようだな」
誤魔化されたと思って苦笑する半妖精に、オーウェンは大真面目に答える。思いがけない答えに、彼は首を傾げて不審がった。
「変なの。俺らは神様のみわざとやらが及ばない穢れた存在だから、殺されて当然なんだって言われてたけど」
「それは闇ギルドのことか?」
訊くまでもないと思いつつ確認したオーウェンは、しかしあっさり否定されて仰天した。
「うんにゃ、神殿のえらい人たち」
「どういうことだ……っ!?」
思わず語気を荒げるも、半妖精はなぜオーウェンが気色ばんでるのかよく分からない。一方、先ほどから半妖精は素直に答えているのに、話を聞けば聞くほど混乱する事態に、オーウェンは苛立ちが抑えきれなかった。
「生かしておいてやるから言うこと聞け~って。なんか気持ち悪いことばっかりやらせようとするから逃げたんだけど……つかまりそうになって大怪我して。助けてくれたのが、まだガキだったラリーなんだ」
ようやく殺された娼妓とこの半妖精の関係が判明して、ごくわずかながら事情が理解できた。もっとも、判明したのは疑問のごくごく一部だけで、その他は彼が口を開けば開くほど訳が分からなくなっているような気がするのだが。
「その……神殿が、お前に何かさせようとしていたというのは事実なのか……?俺は神殿で育っているが、お前のような妖精はみたことがないのだが」
「物心ついた時からずっと神殿の地下みたいなところにいて、見習い神官のいるような人の出入りの多いところには行かせてもらえなかったからね。知らないのは当然じゃないかな」
神殿が草原妖精や半妖精を監禁していて、何かに利用していたかのような話だが、にわかには信じがたい。
「……いい加減な事を言うな。神殿がいったい何をさせていたというんだ?」
「神殿がやってたかどうかは知らないよ?神殿の地下みたいなとこに閉じ込められてたのと、偉そうな人に薬飲まされたり魔法かけられたり、魔法の勉強させられたりしただけ。そいつらが勝手にやってのか、神殿ぐるみでやってたのかは俺の知った事じゃない」
半妖精の方が冷静だ。一部の欲に溺れた連中が勝手にしたことなのか、神殿ぐるみの行いなのか、確たる証拠がなければ断言できない。しかし、オーウェンにしてみたら、仮にも秩序と公正を司る女神テフィーヌを祀る神聖な神殿でそのような悪行がまかり通っていたとは到底信じがたい。もしごく一部の者の暴走だとしても、信徒がそのような暴挙に出て不当に妖精たちを虐げたのであれば、看過しがたい暴挙である。
「嘘だ……そんなことがある訳がない……」
「信じられないなら信じなくてもいいよ。それより、さっきは助けてくれてありがとな」
半妖精は特にこだわりはないらしい。あっさり受け流すと軽い口調で礼を言い、そのままふっと消えてしまった。後に残されたオーウェンが呆然としているうちに、人が通りがかり、半妖精が他人に見られるのを嫌って姿を消したのかと悟るが、時すでに遅し。
どこを見回しても、彼の姿どころか、半妖精がそこにいたという痕跡すら残っていなかった。
急に様子がおかしくなった半妖精が放った言葉は、アーサーの証言にあったものと同じだった。あいつらとは一体何の事だ?取り憑かれるとはいったいどういうことだ?オーウェンはわからないことだらけで混乱する。
「あいつらとは何だ?それだけでも教えてくれないか?」
自身もかがんで頭を抱えてしゃがみこんでしまった半妖精に目線を合わせ、できるだけ穏やかに問いかける。
「フューリーとバンシー。強い感情には精霊が寄ってくる。取り憑かれると乗っ取られるかもしれない。早く立ち去ってくれ」
確かにどちらも聞いたことがある名前だ。フューリーは激怒、バンシーは悲哀を司る精霊だったような……
そう言えば、精霊使いが感情を司る精霊を呼び出して、周囲の人間を混乱させる術があると聞く。対抗策として、神聖魔法の「鎮心」を使えと、以前神殿で教えてもらった。目の前の半妖精も感情を司る精霊によって苦しめられているなら、同じ呪文で治療できるのではないか。
「苦しいのか?」
「さっきから限界だと言ってるだろう!!頼むから早く行ってくれ!!」
「わかった。その前に一つだけ試させてくれ。もしかすると楽にしてやれるかもしれない」
オーウェンはテフィーヌに祈った。この半妖精の激しすぎる怒りや悲しみを鎮め、苦しみを和らげてやって欲しいと。いつもよりも強く祈りを捧げると、ごっそりと魔力が抜け出る感覚がして、いつの間にか苦しんでいた半妖精が元に戻っていた。
「いったい何をしたんだ?」
異常状態から急に回復た半妖精は、不思議そうに眼をまたたかせながら首をかしげてオーウェンに問うた。
「神の奇跡だ」
「何だよそれ、俺らなんか神様が相手にするわけないだろ」
「『鎮心』……神聖魔法の一つを使った。神のみ業がお前たち草原妖精には効かないと言うのはデマだったようだな」
誤魔化されたと思って苦笑する半妖精に、オーウェンは大真面目に答える。思いがけない答えに、彼は首を傾げて不審がった。
「変なの。俺らは神様のみわざとやらが及ばない穢れた存在だから、殺されて当然なんだって言われてたけど」
「それは闇ギルドのことか?」
訊くまでもないと思いつつ確認したオーウェンは、しかしあっさり否定されて仰天した。
「うんにゃ、神殿のえらい人たち」
「どういうことだ……っ!?」
思わず語気を荒げるも、半妖精はなぜオーウェンが気色ばんでるのかよく分からない。一方、先ほどから半妖精は素直に答えているのに、話を聞けば聞くほど混乱する事態に、オーウェンは苛立ちが抑えきれなかった。
「生かしておいてやるから言うこと聞け~って。なんか気持ち悪いことばっかりやらせようとするから逃げたんだけど……つかまりそうになって大怪我して。助けてくれたのが、まだガキだったラリーなんだ」
ようやく殺された娼妓とこの半妖精の関係が判明して、ごくわずかながら事情が理解できた。もっとも、判明したのは疑問のごくごく一部だけで、その他は彼が口を開けば開くほど訳が分からなくなっているような気がするのだが。
「その……神殿が、お前に何かさせようとしていたというのは事実なのか……?俺は神殿で育っているが、お前のような妖精はみたことがないのだが」
「物心ついた時からずっと神殿の地下みたいなところにいて、見習い神官のいるような人の出入りの多いところには行かせてもらえなかったからね。知らないのは当然じゃないかな」
神殿が草原妖精や半妖精を監禁していて、何かに利用していたかのような話だが、にわかには信じがたい。
「……いい加減な事を言うな。神殿がいったい何をさせていたというんだ?」
「神殿がやってたかどうかは知らないよ?神殿の地下みたいなとこに閉じ込められてたのと、偉そうな人に薬飲まされたり魔法かけられたり、魔法の勉強させられたりしただけ。そいつらが勝手にやってのか、神殿ぐるみでやってたのかは俺の知った事じゃない」
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