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昼の蟷螂
其の十五
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急遽教会で暮らすことになったケヴィン。オーウェンは自分が育った神殿に彼を連れて行き、もろもろの手続きを一緒に行うことにした。
「ケヴィンは自分の年齢はわかるか?誕生日は?」
そう訊いたのは、孤児出身の見習い神官の中には誕生日どころかおおまかな年齢すら定かではない者が少なからずいたからだ。幼い頃は意味もわからず、全く気に留めていなかったが、成人した今では人前で訊かれると気まずい質問だということくらいは理解できる。
「そんなの知る訳ねぇだろ!親の顔だって知らねぇのに……」
「そうか。それではこちらで適当に決めてしまって構わんか?何か希望があればそれに合わせるが」
オーウェンが軽く流したので、ケヴィンは意外そうに眼をしばたかせた。あっけない反応に、誕生日や年齢がわからないのは、それほど深刻に考えるようなものでもないのかと思い直す。
無論、オーウェンはそれを狙ってあえてそっけない対応をしたのであるが。
「特に神の声を聞いたりしたことはないんだな?」
「当たり前だろ?実の親にだって棄てられたんだ。神様が俺なんかの事相手にする訳ないだろ」
「それは違うぞ」
吐き棄てるように言ったケヴィンに、オーウェンはしゃがんで視線を合わせてからきっぱりと言った。
「他人の評価などどうでも良い。実の親だってそうだ。神が気にかけらておられるのは、純粋にその人がどのように生きているか、神や他者に対してどう接するか。ただそれだけだ」
「なんだそれ……」
「お前が神を信じ、神に恥ずかしくない生き方を心がけるなら、いつか声が聞こえるかもしれない」
今は信じられなくても良い。名前を呼ばれたこともない、抱きしめられたこともないこの子が、自分を価値あるものだと思えるようになって欲しい。神様が自分なんかを相手にするわけがないと、そんな悲しい事をためらいもなく言いきる事がなくなって欲しい。
そのためにも、今は安全な帰るべき場所を作ってやらなければ。
「大丈夫、ケヴィンならいつかきっと、神の目にも留まることだろう。お前が自分自身を信じられなくても、俺が信じている」
一言一言、しっかりと言い聞かせるように話すと、ケヴィンは気まずげに目を逸らした。
「……よくわかんねぇけど、兄ちゃんをがっかりさせないようにがんばるよ」
小さな声だが、噛みしめるような言葉に精一杯の想いがこもっている。その小さな誓いにオーウェンは微笑んで少年の小さな手を握った。
「それじゃ、約束の握手だ。時々様子を見に来るから、元気でな」
「ありがとう」
神殿を後にして、騎士団の寮に向かったオーウェンが人気のない路地に差し掛かった時のこと。ふいに上空から何か緑色のものが落ちてきたかと思うと、目の前にあの半妖精が立っていた。
「貴様いったい……」
「あの子、保護してくれたんだな。俺じゃ追われてて連れて行けないから助かった。ありがとな」
にぱっと満面の笑みを浮かべて礼を言われ、オーウェンは困惑しきりだ。こんなに無邪気に笑いかけられると敵意を向けるのも難しい。なんともやりにくいことこの上ない。
「何をしにきた」
「あの子を助けてくれたからそのお礼。なんか俺に用があるみたいだから、聞きたい事があれば訊いて?俺の知ってる範囲で答えるから」
磨き抜かれた橄欖石のような瞳を輝かせ、嬉しそうに答える半妖精に何と言って良いものか、オーウェンはひたすら困惑するほかない。色々と問いたださねばならないことは山のようにあるはずなのに、言葉が出てこない。
「お前、本当に半妖精なのか?暴走したんじゃないのか?なぜあんな事件を起こした?」
「いっぺんに訊くなよ。たしかに俺は半分草原妖精だよ。暴走、しているように見える?事件ってどれのこと?」
苦笑しながらも律儀に答える半妖精は、鮮やかすぎるほど鮮やかな萌黄色の髪や宝石のような瞳を除いては、ごく普通の人間の少年にも見える。
「パルマキオン男爵殺害と……青薔薇館の虐殺だ」
「ああ、男爵はギルドの任務だよ。縄張り無視して好き勝手やった男爵を見せしめに殺して、ついでにもぐりの奴隷商ともども潰せってさ。男爵が目立つ死に方すれば、当然奴隷商の方も捜査が及ぶだろ?」
事もなげに言う姿に戦慄を覚えざるを得ない。こいつはあれだけの事件を起こしても全く良心の痛痒を覚えていないようだ。
「あそこまで惨い殺し方をする必要があったのか?」
「え?見せしめだから派手にやれって命令だったし。だいたい、アイツもっとむごい殺し方をさんざんしてるよな。今まで買った子供はみんな3日と経たずに殺されたって話だぜ?俺が聞かされただけでも十人以上やられてる」
あっけらかんとした答えに軽い眩暈を覚える。いくら命令だから、相手が悪人だからといって、そんなに簡単に割り切れるものだろうか?
「……っ。それでは、青薔薇館はどうなんだ?」
「……あいつら、約束を破ったから。ラリーには手を出さない、危ない目にも遭わせない。そういう約束で、俺が見世に出たり任務をこなす約束だった。それなのに……ごめん、これ以上は答えるの難しい」
急に様子が変わった半妖精の姿にオーウェンは困惑しきりだ。さっきまで闊達に話していたのに、今は一つ一つの言葉を絞り出すようにして何とかしゃべっている様子だ。
「おい、どうした??」
「……ごめん、詳しく思い出すとあいつらが来るから……」
よく見ると顔色が悪い。時折大きく息を吸って呼吸を整えようとしている。辛そうに頭を振りながら荒い呼吸を繰り返す半妖精。
「あいつらって?誰だ?」
訊ねたが、答えはない。苦し気にうずくまってしまった半妖精の背をさすろうとしたら、思いもかけない勢いで振り払われた。
「早くここを立ち去れ。俺があいつらに取り憑かれる前に」
アーサーの証言にあったのと同じ言葉にオーウェンの背筋が凍った。
「ケヴィンは自分の年齢はわかるか?誕生日は?」
そう訊いたのは、孤児出身の見習い神官の中には誕生日どころかおおまかな年齢すら定かではない者が少なからずいたからだ。幼い頃は意味もわからず、全く気に留めていなかったが、成人した今では人前で訊かれると気まずい質問だということくらいは理解できる。
「そんなの知る訳ねぇだろ!親の顔だって知らねぇのに……」
「そうか。それではこちらで適当に決めてしまって構わんか?何か希望があればそれに合わせるが」
オーウェンが軽く流したので、ケヴィンは意外そうに眼をしばたかせた。あっけない反応に、誕生日や年齢がわからないのは、それほど深刻に考えるようなものでもないのかと思い直す。
無論、オーウェンはそれを狙ってあえてそっけない対応をしたのであるが。
「特に神の声を聞いたりしたことはないんだな?」
「当たり前だろ?実の親にだって棄てられたんだ。神様が俺なんかの事相手にする訳ないだろ」
「それは違うぞ」
吐き棄てるように言ったケヴィンに、オーウェンはしゃがんで視線を合わせてからきっぱりと言った。
「他人の評価などどうでも良い。実の親だってそうだ。神が気にかけらておられるのは、純粋にその人がどのように生きているか、神や他者に対してどう接するか。ただそれだけだ」
「なんだそれ……」
「お前が神を信じ、神に恥ずかしくない生き方を心がけるなら、いつか声が聞こえるかもしれない」
今は信じられなくても良い。名前を呼ばれたこともない、抱きしめられたこともないこの子が、自分を価値あるものだと思えるようになって欲しい。神様が自分なんかを相手にするわけがないと、そんな悲しい事をためらいもなく言いきる事がなくなって欲しい。
そのためにも、今は安全な帰るべき場所を作ってやらなければ。
「大丈夫、ケヴィンならいつかきっと、神の目にも留まることだろう。お前が自分自身を信じられなくても、俺が信じている」
一言一言、しっかりと言い聞かせるように話すと、ケヴィンは気まずげに目を逸らした。
「……よくわかんねぇけど、兄ちゃんをがっかりさせないようにがんばるよ」
小さな声だが、噛みしめるような言葉に精一杯の想いがこもっている。その小さな誓いにオーウェンは微笑んで少年の小さな手を握った。
「それじゃ、約束の握手だ。時々様子を見に来るから、元気でな」
「ありがとう」
神殿を後にして、騎士団の寮に向かったオーウェンが人気のない路地に差し掛かった時のこと。ふいに上空から何か緑色のものが落ちてきたかと思うと、目の前にあの半妖精が立っていた。
「貴様いったい……」
「あの子、保護してくれたんだな。俺じゃ追われてて連れて行けないから助かった。ありがとな」
にぱっと満面の笑みを浮かべて礼を言われ、オーウェンは困惑しきりだ。こんなに無邪気に笑いかけられると敵意を向けるのも難しい。なんともやりにくいことこの上ない。
「何をしにきた」
「あの子を助けてくれたからそのお礼。なんか俺に用があるみたいだから、聞きたい事があれば訊いて?俺の知ってる範囲で答えるから」
磨き抜かれた橄欖石のような瞳を輝かせ、嬉しそうに答える半妖精に何と言って良いものか、オーウェンはひたすら困惑するほかない。色々と問いたださねばならないことは山のようにあるはずなのに、言葉が出てこない。
「お前、本当に半妖精なのか?暴走したんじゃないのか?なぜあんな事件を起こした?」
「いっぺんに訊くなよ。たしかに俺は半分草原妖精だよ。暴走、しているように見える?事件ってどれのこと?」
苦笑しながらも律儀に答える半妖精は、鮮やかすぎるほど鮮やかな萌黄色の髪や宝石のような瞳を除いては、ごく普通の人間の少年にも見える。
「パルマキオン男爵殺害と……青薔薇館の虐殺だ」
「ああ、男爵はギルドの任務だよ。縄張り無視して好き勝手やった男爵を見せしめに殺して、ついでにもぐりの奴隷商ともども潰せってさ。男爵が目立つ死に方すれば、当然奴隷商の方も捜査が及ぶだろ?」
事もなげに言う姿に戦慄を覚えざるを得ない。こいつはあれだけの事件を起こしても全く良心の痛痒を覚えていないようだ。
「あそこまで惨い殺し方をする必要があったのか?」
「え?見せしめだから派手にやれって命令だったし。だいたい、アイツもっとむごい殺し方をさんざんしてるよな。今まで買った子供はみんな3日と経たずに殺されたって話だぜ?俺が聞かされただけでも十人以上やられてる」
あっけらかんとした答えに軽い眩暈を覚える。いくら命令だから、相手が悪人だからといって、そんなに簡単に割り切れるものだろうか?
「……っ。それでは、青薔薇館はどうなんだ?」
「……あいつら、約束を破ったから。ラリーには手を出さない、危ない目にも遭わせない。そういう約束で、俺が見世に出たり任務をこなす約束だった。それなのに……ごめん、これ以上は答えるの難しい」
急に様子が変わった半妖精の姿にオーウェンは困惑しきりだ。さっきまで闊達に話していたのに、今は一つ一つの言葉を絞り出すようにして何とかしゃべっている様子だ。
「おい、どうした??」
「……ごめん、詳しく思い出すとあいつらが来るから……」
よく見ると顔色が悪い。時折大きく息を吸って呼吸を整えようとしている。辛そうに頭を振りながら荒い呼吸を繰り返す半妖精。
「あいつらって?誰だ?」
訊ねたが、答えはない。苦し気にうずくまってしまった半妖精の背をさすろうとしたら、思いもかけない勢いで振り払われた。
「早くここを立ち去れ。俺があいつらに取り憑かれる前に」
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