昼の蟷螂 夜の蝶

歌川ピロシキ

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昼の蟷螂

其の十二

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 それから数日、オーウェンとハリスは市内のあちこちを巡回したが、めぼしい手がかりを見つけることはできなかった。

「探そうにも、どこをどう探したものやら……」

 あてずっぽうに貧民街や路地裏を歩き回るが、当然ながら見つかるのはどこにでもいる物乞いやかっぱらい、路上生活者のみ。物乞いにまとわりつかれたオーウェンが、ようやく振り払っては苛立ち紛れにぼやく。

「ああ鬱陶しい。
こんな路地裏で仕事もせずに自堕落に生きてるだけなんて、その時点で犯罪者みたいなものでしょう。仕事がないなら、みんなどこかに収容して働かせればいいのに」

 まだ若いオーウェンはあまりに世間を知らないようだ。

「仕方なかろう。連中とは生きてる世界が違うのだ」

 苦笑して答えるハリスは、生気のない貧民街の住民を蔑んだ目で見ている。このような汚らしい場所を、あとどのくらい探し回らなければならないのか。生まれながらの盗人と言われる草原妖精は、変装の達人でもあるらしい。そんな奴をあてもなく探し回ったところで、永遠に見つかるはずがないようにも思うのだが。
 二人が内心ため息をついたところで、入り組んだ路地のどこかから子供の悲鳴が聞こえてきた。

「た……たす……ゆ……して」

 続いて、か細く弱々しい声で助けを求める声が。
 慌てて駆け出そうとするオーウェンをハリスが止める。

「やめておけ。我々には関係ない」

「しかし、子供の悲鳴が……事件に巻き込まれているのかもしれません」

「どうせこんなところに住んでるガキなんてろくなもんじゃない。子供のうちに犯罪に殺されるか、大人になって自分が犯罪者になるかのどちらかだろう。悪行重ねる前にさっさと死んだ方が幸せというものだ」

 オーウェンは、この言葉に背筋が凍る思いがした。
 確かにオーウェン自身、犯罪者に身を落とすような人間は心底軽蔑している。貧しかろうが身分が低かろうが、必死に生きている人がほとんどだ。犯罪に走るような人間は、怠惰で心の弱い、努力を嫌う輩に決まっている。
 しかし、幼い子供なら話は違う。誰だって好き好んでこんなところに生まれてくるわけではなかろう。それを最初から犯罪者になると決めつけるなんて。

「もしかすると、例の半妖精に襲われているのかもしれません。ちょっと見てきます」

 そう言い置くと、返事も待たずにえた匂いのする路地裏へと駆け出して行った。

「や……っ!やめ……っ」

 また声が聞こえる。先ほどよりはだいぶ近くなったのか、声がはっきりしてきた。
 
「いい加減、諦めるんだな」

 大人の男の低い声も聞こえてくる。おそらくこの先の角を曲がればすぐに彼らの元へとたどり着くだろう。
そう思っていっそう足を速めたところで

ざしゅっ……ずしゃっ……どさっ

 鈍い音がした。何かが裂けるような音が二つ。続いて、何か重いものが落ちるような音。それからむせかえるような鉄臭いにおい。

「騎士団の者だ!何があった!?」

 慌てて角を曲がると、そこは血の海だった。
 十歳を少し過ぎた頃だろうか?薄汚い服をずたずたに引き裂かれた半裸の子供。さんざん暴行を受けたのか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔も、枯れ木のように細い手足も、あちこちが腫れあがっていて、何かの血でベッタリと汚れている。
 そしてその前にうつぶせに倒れた男。がっちりと体格は良いが、今はひくりひくりと断末魔の痙攣を繰り返しており、どう見ても助かりようがない。この二人はまだ、予想の範囲内といえば範囲内の「人間」であった。

 問題は最後の人物?だ。
 ぱっと見た印象では十五か六だろう。透き通るような光沢のある萌黄色の髪と、丁寧にカットされた橄欖石ペリドットのように、キラキラとした光を孕んで輝く同じ色の瞳。整った愛らしい顔立ちは人間離れして美しい。
 右手には大ぶりのナイフ、左手にはマインゴーシュ。どちらも刃にべっとりと血がついている。にもかかわらず、本人はほとんど返り血を浴びていないのだが。

「まさか……草原妖精……」

 初めて見るあからさまに人外のその姿は、しかしオーウェンの想像していたような凶悪さはなく、ただひたすらに愛らしく美しく、そして清らかだった。

「お前が殺ったのか……っ!?」

 殺気立った声でオーウェンが問えば、すぐに反応したのはボロボロの子供の方だった。

「アイツ俺を犯して殺そうと……っ!!この人が助けてくれたんだ!!」

「お前は黙っていろ。こいつは凶悪犯罪者だ」

 オーウェンは冷たく言い放つと、不思議そうにこちらを見ている「草原妖精」とおぼしきモノに対峙した。
 まだ抜刀はしないが、いつでも抜けるように構えておく。殺気のようなものは一切感じず、あくまで自然体で立っているだけだが、全くと言って良いほど隙がない。
 おそらく仕掛ければ、地に伏す羽目になるのはオーウェンの方だろう。

「アンタ、それでも騎士か!?犯罪者はコイツだろ!?なんでその人の方をやっつけるんだよ!?」

 よろめきながら這い寄って来た子供がオーウェンにしがみついてきた。ボロボロに傷ついた子供を振り払う訳にもいかず、やむなく自分の身体から丁寧に引き離す。
 そのわずかな間に鮮やかな緑の風が吹いたかと思うと、すでにあの妖精の姿はどこにも見えなくなっていた。
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