昼の蟷螂 夜の蝶

歌川ピロシキ

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昼の蟷螂

其の八

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 事件直前に現場を立ち去ったアーサーの証言では、ある娼妓が急におかしくなったという。
事件の直前に様子がおかしくなって、事件後に行方不明。
怪しいことこの上ない。
しかも成長著しいはずの年頃なのに、何年も外見が変わっていないらしい。
その娼妓はいったい何者なのだろうか?

「様子がおかしくなる前、何かあったのか?」

「世間話をしていただけだ。
別の娼館だが、そいつに感じの似た娼妓が客に殺されてな。
お前もおかしな客に気をつけろよって」

 平然と捜査情報を漏らしていたと言い切られてオーウェンは白い目を向ける。

「お前、こんなところで捜査情報をべらべらとしゃべるなよ。
噂になったらどうするんだ」

「俺からは大したことは言ってないぞ。
そしたら、その娼妓がやけに話に喰いついてきて……
で、被害者の身に着けてたピアスの話をしたら、急に様子が変わったんだ。
顔も似ていたし、もしかすると身内だったのかもしれないな」

 その殺された娼妓とおかしくなった娼妓は何か深い関係があるのは間違いないだろう。

「何か言ってなかったのか?」

「ぶつぶつ言ってたからよく聞き取れなかったが、約束を破ったとか、騙したとか……
それで様子がおかしくなって、お前らはいらないとか人間のところに行けとか」

 約束を破ったというのは、殺された連中の事だろうか?
それにしてもお前らというのが解せない。

「お前ら?
お前の他に誰かいたのか?」

「いや誰もいないところに向かって、お前らはいらない、仲良くなれないと……
お前らを好む人間のところに行けと……
それから憑かれる前にここから立ち去れって言われたんだ。
あまりに気持ち悪くて、そのまますぐに帰った」

 確かに不気味な話である。
しかも、その直後に陰惨な殺人事件が起きている。
関連を疑うなという方が無理だろう。

「なんだか、自分が人間じゃないような言い方だった
それが余計に気味悪くて……」

「どういうことだ?」

「そう……確かこう言われたんだ。
『おい人間、早くここを立ち去れ』って」

 確かにおかしな言い方だ。
まるで、相手は人間だが自分は人間ではないような物言い。
そして、虚空に向かって話しかけていた。
成長期なのに見た目が変わらない。
そこまで聞いて、ずっと黙っていたハリスが唐突に訊ねた。

「そいつの耳は長かったか?
もしかすると森妖精かもしれんぞ」

 太古に起きたと言われる神々の大戦で、精霊界から大量の精霊たちが紛れ込んでしまった。
彼らの中には次第に物質と同化して、人間同様にこの世界で生活し、子孫を残すようになった者たちがいる。
それが妖精族だ。
中でも長く尖った耳が特徴の森妖精は、美しい容姿と長い寿命、精霊使いとしての高い素養を持つと言う。
普通の人間には見えない精霊の姿を見ることができ、さらに言葉を交わして自在に操ることもできるのだ。
その反面、とても非力で体力も生命力も乏しく、ちょっとした事で死んでしまうのだが。
外見年齢が十五か六のまま変わらないという特徴も、証言と合致する。

「いや、耳は特に長かったような記憶はないぞ。
ただ、少しだけ形が尖っている気はしたが」

「半妖精か」

 妖精族の中でも森妖精は、しばしば人間との間に子をなす事がある。
森妖精と人間の間に生まれた半妖精は、人間より長い寿命と高い知性、精霊使いとしての素養を持ち、森妖精よりは体力や筋力に優れている。
森妖精と人間の良いとこ取りだ。
耳の長さは森妖精ほどではなく、普通の人間よりやや長い程度だ。
半妖精と人間との子供はほぼ人間と同様だが、たまにその子孫が先祖返りして半妖精となることもある。

「半妖精ならば今回のような犯行は可能……か?」

 半森妖精ならば、精霊魔法シャーマニックを駆使する事でさまざまな不思議な現象を引き起こすことが可能だ。
特定の範囲の音を消したり、遠く離れたところに音を伝えたり。
しかし、地上十メートルからロープも使わずに無傷で降りるようなことは可能だろうか?
何より、死体に群がる蟲の謎はどうなるのだろう。

「森妖精は神の声を聞けないが、半妖精なら可能だ。
……邪神の声を聞くこともあろう」

 つまり、邪神の高位司祭のみが使える邪法「蟲使いサモン・インセクト」を使える可能性もあるということか。
確かに辻褄は合う。

 辻褄は合うが……邪神の高位司祭ともあろうものが、なぜ長年男娼などという立場に甘んじていたのだろうか。
そしてなぜ、男娼の殺害事件を聞いただけで急に取り乱して暴れ出したのだろうか。
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