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堕ちた聖女の手記

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 フェルの処刑が終わった翌日、我が国でもっとも発行部数が多く、信頼度が高いとされているセプテントリオ中央日報の一面を、とある記事が飾った。
それは戦地で彼女とともに第二魔道機甲師団に随行していた新聞記者によるフェルの無実を訴える記事と、彼の元に届けられたフェルの手記を連載するとの告知だった。
そこにはフェルが語った以上の陰惨な戦場の現実が生々しく描かれていた。
その文章は経験者にしか語り得ない切実な感情に彩られており、森や家を焼く煙の硫黄の混じった焦げ臭さや、泥水の中に転がったまま蛆にたかられ、ガスでパンパンに膨らんだ死体の腐臭までもが漂ってくるようだった。
その身を切るような言葉の前では、僕たちが何とかして信じ込ませようとしたお手軽な栄光に満ちた勝利の物語など、幼児のラクガキにすら及ばない愚かなたわごとである事は誰の目にも明らかだった。
もはや僕たち王家の苦しい言い訳などまともに取り合うものなど、誰一人としていなかった。

 やがて、ルーレル・カーラミット侯爵令嬢の派手な男性遍歴と、彼女が金をばらまき嘘の証言をさせてフェレティング・ポクリクペリ公爵令嬢を陥れた事が暴露された。
お堅いセプテントリオ中央日報からゴシップ紙である日刊ゼルテンスまで、あらゆる新聞雑誌がルーレルのゴシップを書き立てた。

 セプテントリオ中央日報のプーブリスクス記者は、貶められ名誉を毀損され生命まで奪われた戦友の仇とばかりに、彼女の行わせた偽証の数々をひとつひとつ丁寧に検証し、また彼女が手を出して来た違法薬物や賭博などの犯罪を、証拠と証言をあげて厳しく指摘した。
フェレティング・ポクリクペリの手記原稿を受け取り、連載したのもこのプーブリスクス記者である。
この手記の連載により、泥沼の戦場でもがき苦しみながらも祖国を守るために必死で戦っていた少女兵たちの健気な奮闘ぶりが白日の下にさらされ、「享楽の毒婦」と「戦場の天使」の対比が否が応でも明らかになった。

 フェレティング・ポクリクペリの虚偽の男性遍歴をポルノ仕立ての記事にして連載していた日刊ゼルテンスは、今度はルーレルのめくるめく官能の日々で紙面を埋め尽くしていた。
前者が架空のでっちあげであったのに対し、今回は全てが事実で占められていたため、煽情的な官能小説もどきだけでなく、関係者の証言や証拠写真が添えられ、読者たちの興奮を掻き立てた。

 無実の「戦場の天使」を陥れ、地位も名誉も全て奪って無残な死に追いやった「享楽の毒婦」ルーレル・カーラミット侯爵令嬢への非難の声は日に日に高まって行き、このままでは暴動が起きかねないところまで来ていた。
そこで、王太子を誑かし、王族の一員であったフェレティングを陥れて危害を加えたとしてルーレル・カーラミットを不敬罪と国家反逆罪に問う事にした。
フェルの裁判の時は彼女を王族として扱っていなかったので、ルーレル捕縛と起訴にあたって全ての書類を書き換える羽目になった。

 フェルと違ってルーレルの犯罪の数々は本物だったので、物的証拠や証言を集めるのは実に簡単だった。
判決が下る直前に彼女の牢に面会に行ったが、ろくに話もできなかった。

「殿下!
何故わたくしを助けないのです!?
わたくしを愛していたのではなかったのですか……っ!?」

「やかましい。
お前が余計な事をしてあの女を処刑させたせいで、王家の評判が地に落ちた。
誰か責任を取るものがいなければ事態の収拾がつかない。
正式な婚約もまだだというのに、王妃気取りでさんざん好き勝手やったんだ。
責任を取って王家の汚名を返上させろ」

 ルーレルは明らかに納得の行かない様子だったが、自ら望んで王家にちょっかいをかけて、自分が権力の座に就こうとしたのだ。
邪魔者を、その生命を奪う事で排除してきたのだから、うまくいかなくなった時に自らの生命でそのけじめをつけるのは当然の事だろう。

 ルーレルの処刑はフェルの処刑からちょうど1か月後だった。
広場につめかけた民衆はルーレルに思い思いに罵声をあげ、晒された遺体を足蹴にした。
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