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【閑話】双鷹(そうよう)の雛 モブ視点

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 本日の任務も無事に終了。相棒と二人で合流地点で待っていると、すぐそばに咲いていた土竜豆もぐらまめのブラシのような花が揺れ、茂みの中に擬装したトンネルから可愛い後輩おとうとたちが顔を出した。

 この山はぱっと見た目にはわからないが、至る所に天然洞窟があって、それらをつなぐように複雑なトンネル網が張り巡らされている。まるで巨大なアリの巣だ。
 俺たちはこの穴倉を通って山の中を自由自在に動き回ることができるのだ。もっとも、あまりに複雑すぎて迷う危険もあるので、慣れている者でも穴に入る時は必ず二人以上で行動しなければならないが。

「お疲れさん、二人ともよくやったな」

「ワジュド兄さん! 僕は自分のやるべきことをやっただけです」

 二人組のうち小柄な方、狙撃手が嬉しそうに駆け寄って来る。後ろでぶんぶんと振られているしっぽが見えるようだ。
 うちの部隊はみんな同じ村の出身者。物心つく前からの顔見知りしかいないから、部隊全体が一つの家族みたいなもんだ。
 そう言えばこいつ、子供の頃はずっと俺たちの後ろをついて回ってなかなか離れなかったっけ。幼いうちに両親と兄を失っているせいか、甘え上手で村のみんなから可愛がられていた。

「まったく、おまえは真面目なんだから。少しは自分の腕を誇ったっていいんだぜ?」

 大きな紫紺の瞳を三日月の形に細めてはにかむ頭をぽんぽんと撫でると「子供扱いしないでください」と軽く唇をとがらせた。喜怒哀楽を素直にあらわにするあどけない仕草は愛らしいが、19歳という年齢に比べてどこか幼く、危なっかしい印象だ。

「相棒がこの調子ではお前も苦労するな」

「いえ、こいつはこのままでいいんです」

 苦笑している観測手もう一人に話をふると、ふわりと笑って蒼い目を細めた。冷たい印象すら受ける端正な顔立ちが、とたんに柔らかい表情になる。相方と同い年のはずなのに、こうしていると兄弟か保護者のようだ。
 こいつは相棒とは逆に、年齢の割に妙に老成していて、滅多なことでは感情を表に出さない。戦士としては正しい態度だが、どこか無理をしているようで、これはこれで危なっかしい。

 故郷の村にいた頃から、この二人はずっとこんな感じだ。どこかアンバランスで危なっかしいのに、二人揃うととたんに安定する。結局、二人そろって一人前ということかもしれない。

 今日はちょっと厄介な狙撃の任務しごとだった。なんせ、敵の輸送部隊の装甲車を迫撃砲や重機関銃ではなく、愛用の狙撃銃でなんとかしろとの仰せだ。それも、奴らが運んでいる特殊燃料は燃やすが、他の武器弾薬はできるだけ無傷で手に入れろ、という無茶な注文付き。

 いやまぁ、やれと言われればやりますけどね。俺だって弾薬が無尽蔵にあるわけじゃないのはわかっているし。このくらいの無茶な任務は、今までだって数えきれないほどこなしてきた。

「とにかく、今日はお前たちが燃料を積んだ車を仕留めてくれたおかげで俺らもやりやすかった。よくやったぞ」

「はい! ありがとうございます」

「光栄です」

 破顔一笑。星空のように瞳をきらめかせ、輝くような笑顔を見せる狙撃手と、それを優しい笑顔で見守る観測手。この微笑ましい姿を見ていると、この二人が銃弾一発で敵さんの特殊燃料を燃やしてくれた凄腕の戦士だとは到底思えない。

「お、お迎えが来たみたいだな」

 聞きなれたエンジン音は仲間のピックアップトラックだ。はるか極東の小さな島国で作られたこの四輪駆動車はとにかく頑丈なのが取り柄で、岩だらけの山道だって苦にせず走り回ってくれる働き者だ。

「ああ、いつまでもじゃれてないでさっさと乗れ。サグルもバーズもぐずぐずするな」

 俺たちの前でトラックが停まると、ずっと黙っていた俺の相棒が二人に早く荷台に乗るよう促した。戦争名ノム・デ・ゲールで呼ばれたとたん、二人とも一瞬だけ顔がこわばった。

「お前たち、まだ戦争名ノム・デ・ゲールに慣れてないのか? ここに来て何年も経つだろう?」

 呆れたような相棒の台詞。たしかに間違ってはいない。
 こいつらがこの国にやってきてもう三年。にもかかわらず、こいつらは身内しかいない場で戦争名ノム・デ・ゲールを呼ばれるのを露骨に嫌う。
 英雄願望が高じてシェミッシュにやってきたような若者は、嬉々として自分から名乗りたがるものなのだが。

「ハディード兄さん、そういうわけじゃ……」

「顔に出ていたぞ。よそ者に見られたら弱みと取られる。気を付けろ」

「……はい。気を付けます」

 彼らにとって、戦争名ノム・デ・ゲールはあくまで作戦中に、部隊の外部よそ様に対して名乗る仮の名だ。いわば兵器としての識別番号のようなもの。産まれた時につけられた名前人としての本名とは全く違う。
 俺たち仲間かぞくにまでそんなもので呼ばれたくないのだろう。身内しかいない場くらい、人として扱われることを望むこいつらの気持ちはわからなくもない。

「ま、呼び方なんか便宜的なものだろ。作戦中でもないんだから、あまり目くじら立てなくても」

「お前もそうやって甘やかすな。いつも身内だけで動けるわけじゃないんだぞ」

 無論、相棒の言う事が正しいのはわかっている。甘やかしては本人たちのためにならない。一瞬の判断が生死を分ける戦場で、子供じみた甘えは自分達どころか仲間の生命も危うくする。
 そんなことはわかっている。わかってはいるが……

「……身内しかいない場所くらい、好きなように呼んでやろうぜ? いつもよそ者を意識してばかりで気を張り詰めていては神経がもたない」

 仲間かぞくしかいない時くらい、こいつら二人の心を守ってやれなければ、俺たちは戦士として何を守れるというのだろう? 戦士はただの人殺しではない。大切な人や信念を守り抜いてはじめて、胸を張って戦士を名乗れるものではないのか。

「そんな調子だから、こいつらだけで他所の部隊の支援になかなか出せないんだろう? 腕は充分なのに、いつまで経っても半人前では困るのはこいつら自身だぞ」

 俺の相棒がため息をつく。
 言われてみればその通り。二人とも技量は既に一人前の……いや、一流の戦士と言っても過言ではないのに、いまだに心の底までは兵器になりきれてないのは、この部隊が同じ部族の出身者で構成され、いわば家族のような関係を保っているせいだろうか。

 それでも俺はこいつらが望まない呼び方はできるだけしたくない。
 この二人を狙撃手バーズ観測手サグルではなく、「イリム」「グジム」と故郷の村にいた頃のように本名で呼んでやれる日が来れば良いのだが。

 それまでは、何としてでも生き延びて、こいつらを守ってやらなくては。
 成人を迎え、俺たちを追ってこの国へと戦いに来た今となっても、こいつらが俺にとって可愛い弟分であることには変わりない。
 だから、どんな手段をとってもこいつらの事は必ず守る。いつか平和な世界で幸せに笑いあえる日を迎えられるように。

 それが、戦士としての俺の矜持だ。
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