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お花畑転生娘と大監獄
【幕間】死神令嬢と悪役令嬢
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薄暗い室内に少女が二人。すすり泣く一人をもう一人が肩を抱いて慰めている。
「ごめんなさい、ごめんなさい。いくら剣の腕を磨いても、どれだけ法律を勉強しても、私は何もできなかった……」
「マリー、どうかもう泣かないで。わたくしが無実であることは、いずれ明らかになるでしょう」
「いずれ、では意味がありません。判決が出る前でなければ。それに、いくら訴えても誰もまともに取り合ってくれなかったじゃないですか」
「いいえ、貴女が裁判であれだけ頑張ってくれたんですもの。皆さん本当はわかっているのよ。あのエスカルラータ殿下を除いては」
「だったら何故、法を作り変えてまで、あのような判決が下ったのでしょうか」
「うっかりあの『聖女様』に逆らうとどんな目に遭わされるかわかったものじゃないから皆さん黙っていただけでしょう。賢明な判断だと思うわ」
「賢明だなんてとんでもない。我が身かわいさに高貴なる義務を忘れて保身に走っただけではありませんか」
「いいえ。彼らがみんな排除されてしまったら、誰が民を守るのです? 『聖女』一人でも強大な魔力で邪魔者を物理的に消し去ることができる以上、犠牲者は最小限におさめなければなりません」
「だからといってこのような無法……私はムッシュ・ド・ロテルとして貴女を処刑しなければなりません。それも、あんなにおぞましい方法で……」
「個人的にどんな意見、どんな感情を抱いていても、法と判決には絶対に従うのがあなたがたエクテレシィ家の誇りでしょう?」
「それは……」
「貴女がわたくしとの友情を大切にしてくれるのは嬉しいけれども、そのためにムッシュ・ド・ロテルとしての矜持まで捨ててしまうのは嫌だわ。最期まで、わたくしの大好きな心優しく誇り高く自慢の友達でいてほしいの。ね、お願い」
マルドゥーク公爵令嬢セレスティーヌ。
彼女は王太子エスカルラータの恋人であるミラを殺害しようとしたとの罪で間もなく八つ裂き刑に処せられることになっている。本当は恐ろしくてたまらないだろうに、自らを処刑するはずの友を精一杯なぐさめている。
果たしてその心境はどのようなものだろうか。
「セレス……私……ごめんなさい。一番辛いのは貴女のはずなのに」
「あらあら。わたくしのムッシュ・ド・ロテルは泣き虫さんね。この独房は最低限のものしかないけれども清潔だし、暇潰しの本や刺繍の道具も持ってきてくれるし。少しでもわたくしが快適に過ごせるように気を配ってくれているでしょう?ここに来る前はさんざん拷問も受けたし凌辱もされた。それを殿下とあの女はケラケラ嗤いながら見ていたわ。ここに来てようやくまともに人間らしく扱われるようになってほっとしていたの。それだけでも、どれだけ感謝しても足りないわ」
「あいつら……そんなことまで。どこまで人を踏みにじれば気が済むのかっ」
怒りに震えるマリーローズの肩を優しく抱きながら、セレスティーヌは耳元で囁いた。
「ね、こんなに若くて美しいわたくしが、何一つ悪いことをしていないのに残虐すぎてほとんど実行されたことのない方法で衆人環視のもと処刑されるのよ。それを見物していい気になってた人々が、わたくしの無実を知ったらどう思うかしら? 少なくともわたくしが生活環境の改善に尽くしてきた領地の民はきっと怒り狂うでしょうね。そして見物して楽しんでいただけの人々も、自分たちを騙した王家とあの『聖女』様を赦さないんじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
「ええ。自分自身に対して良心の呵責をごまかさないと、自分の心を守れないから」
「セレス……」
「だからね、わたくしはせいぜいもがき苦しんで死ぬつもり。無実の麗しの乙女の悲劇が人々の瞼にしっかり焼き付くようにね。そして、わたくしが殺されても、自分たちの生活が何一つよくならない……どころか悪くなる一方だと気付いた人々が動き出せば、社会は一気に変わるはずよ」
「……」
今まで、どれほど訴えても動かなかった人々が本当に動くだろうか。そもそも、王室……いや、「聖女」に逆らうものはことごとく叩き潰された。王家の威光ではなく、ミラ自身が放つ強大な魔法の力で。
「王家の権勢は実はたいしたことはないの。それを支持している貴族たちの力がなければ、組織だって軍を動かすことすらできない。本当に恐ろしいのは聖女様だけど、いくら強大な魔法が使えたとしても、たった一人では限界があるわ」
「……はい」
「だから貴女は必ず生き残って、その時に少しでもその変化が良い方向に向かうように、あらゆる力を尽くしてちょうだい。わたくしとの最後の約束よ」
「わかりました、セレス。必ず、少しずつでもこの世界から理不尽と暴虐を減らせるよう、あらゆる力を尽くして努めます」
「うふふ、それでこそわたくしのマリーよ。ね、今夜はずっとこうして二人で過ごしましょう」
「ええ、喜んで」
かくして牢獄の夜は更けていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい。いくら剣の腕を磨いても、どれだけ法律を勉強しても、私は何もできなかった……」
「マリー、どうかもう泣かないで。わたくしが無実であることは、いずれ明らかになるでしょう」
「いずれ、では意味がありません。判決が出る前でなければ。それに、いくら訴えても誰もまともに取り合ってくれなかったじゃないですか」
「いいえ、貴女が裁判であれだけ頑張ってくれたんですもの。皆さん本当はわかっているのよ。あのエスカルラータ殿下を除いては」
「だったら何故、法を作り変えてまで、あのような判決が下ったのでしょうか」
「うっかりあの『聖女様』に逆らうとどんな目に遭わされるかわかったものじゃないから皆さん黙っていただけでしょう。賢明な判断だと思うわ」
「賢明だなんてとんでもない。我が身かわいさに高貴なる義務を忘れて保身に走っただけではありませんか」
「いいえ。彼らがみんな排除されてしまったら、誰が民を守るのです? 『聖女』一人でも強大な魔力で邪魔者を物理的に消し去ることができる以上、犠牲者は最小限におさめなければなりません」
「だからといってこのような無法……私はムッシュ・ド・ロテルとして貴女を処刑しなければなりません。それも、あんなにおぞましい方法で……」
「個人的にどんな意見、どんな感情を抱いていても、法と判決には絶対に従うのがあなたがたエクテレシィ家の誇りでしょう?」
「それは……」
「貴女がわたくしとの友情を大切にしてくれるのは嬉しいけれども、そのためにムッシュ・ド・ロテルとしての矜持まで捨ててしまうのは嫌だわ。最期まで、わたくしの大好きな心優しく誇り高く自慢の友達でいてほしいの。ね、お願い」
マルドゥーク公爵令嬢セレスティーヌ。
彼女は王太子エスカルラータの恋人であるミラを殺害しようとしたとの罪で間もなく八つ裂き刑に処せられることになっている。本当は恐ろしくてたまらないだろうに、自らを処刑するはずの友を精一杯なぐさめている。
果たしてその心境はどのようなものだろうか。
「セレス……私……ごめんなさい。一番辛いのは貴女のはずなのに」
「あらあら。わたくしのムッシュ・ド・ロテルは泣き虫さんね。この独房は最低限のものしかないけれども清潔だし、暇潰しの本や刺繍の道具も持ってきてくれるし。少しでもわたくしが快適に過ごせるように気を配ってくれているでしょう?ここに来る前はさんざん拷問も受けたし凌辱もされた。それを殿下とあの女はケラケラ嗤いながら見ていたわ。ここに来てようやくまともに人間らしく扱われるようになってほっとしていたの。それだけでも、どれだけ感謝しても足りないわ」
「あいつら……そんなことまで。どこまで人を踏みにじれば気が済むのかっ」
怒りに震えるマリーローズの肩を優しく抱きながら、セレスティーヌは耳元で囁いた。
「ね、こんなに若くて美しいわたくしが、何一つ悪いことをしていないのに残虐すぎてほとんど実行されたことのない方法で衆人環視のもと処刑されるのよ。それを見物していい気になってた人々が、わたくしの無実を知ったらどう思うかしら? 少なくともわたくしが生活環境の改善に尽くしてきた領地の民はきっと怒り狂うでしょうね。そして見物して楽しんでいただけの人々も、自分たちを騙した王家とあの『聖女』様を赦さないんじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
「ええ。自分自身に対して良心の呵責をごまかさないと、自分の心を守れないから」
「セレス……」
「だからね、わたくしはせいぜいもがき苦しんで死ぬつもり。無実の麗しの乙女の悲劇が人々の瞼にしっかり焼き付くようにね。そして、わたくしが殺されても、自分たちの生活が何一つよくならない……どころか悪くなる一方だと気付いた人々が動き出せば、社会は一気に変わるはずよ」
「……」
今まで、どれほど訴えても動かなかった人々が本当に動くだろうか。そもそも、王室……いや、「聖女」に逆らうものはことごとく叩き潰された。王家の威光ではなく、ミラ自身が放つ強大な魔法の力で。
「王家の権勢は実はたいしたことはないの。それを支持している貴族たちの力がなければ、組織だって軍を動かすことすらできない。本当に恐ろしいのは聖女様だけど、いくら強大な魔法が使えたとしても、たった一人では限界があるわ」
「……はい」
「だから貴女は必ず生き残って、その時に少しでもその変化が良い方向に向かうように、あらゆる力を尽くしてちょうだい。わたくしとの最後の約束よ」
「わかりました、セレス。必ず、少しずつでもこの世界から理不尽と暴虐を減らせるよう、あらゆる力を尽くして努めます」
「うふふ、それでこそわたくしのマリーよ。ね、今夜はずっとこうして二人で過ごしましょう」
「ええ、喜んで」
かくして牢獄の夜は更けていく。
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