14 / 32
お花畑転生娘と大監獄
お花畑転生娘と治癒魔法
しおりを挟む
マリーローズが去ったあと、ミラは呆然と寝台に腰かけた。
今朝はいきなり頭から水をかけられて起こされ、ボロボロに破れた囚人服をとりあえずまだ穴が開いていないものに着替えさせられた。穀物を保存する麻袋に穴をあけただけにしか見えない粗末でゴワゴワした貫頭衣を着せられ、まるでと殺場に向かう牛馬のように、なすすべもなく裁判所に連れて行かれたのだ。
法廷では質疑とは名ばかりで、延々と『証人』たちから罵声を浴びせられ続け、少しでも言い返せばたちまち傍聴席から大ブーイングが起こる。挙句の果てには猿ぐつわを噛まされてしゃべれなくされてしまった。一挙一動にあちこちから罵声が飛んでくる。
惨めだった。自分が何をしたというのだろう。つい数か月前までは、誰もが『救国の乙女』『癒しの聖女』ともてはやしていたのに。
そんなことを思い出しながらいつのまにかうたた寝していた。自分で思っていたよりもずっと疲れていたようだ。しかも、粗末なベッドとはいえマット代わりの干し草もきちんと敷いてあり、剥き出しの石の床に毛布もなしに横たわっていた取り調べ牢と比べればはるかに寝心地が良い。
そのおかげか、軽いノックの音で目が覚めた時にはだいぶ身体が楽になった気がした。
「入りますよ」
ノックとともに入ってきたマリーローズは薬箱と大量の布を抱えていた。
「傷を手当てさせて下さいね」
静かにミラの隣に座り、手早く手足の傷を診る。まだ血がにじむ傷には軟膏を塗り、清潔な布をあてて包帯を巻いた。マリーローズは処刑人であるが、同時に腕の良い医師としても知られている。評判通りの手際の良さに、さしものミラも舌を巻くばかりだ。
一通りの手当てが済むと、傷の様子を診たいから服を脱いでくれないか、と柔和に微笑みながら語りかけてきた。監獄に着けばまた拷問が待っているとばかり思い込んでいたミラは、まさかこんなに丁寧に手当を受けられるとは思っておらず、おとなしく言われた通りにする。
「ああ、これはかなりやられましたね。肋にヒビが入ってます。息を吸うだけで痛いでしょう」
マリーの言う通り、収監中に数えきれないほど殴られ蹴られ、拷問具で痛めつけられたミラの身体はボロボロだった。動くどころか息をするだけで身体がずくりと痛み、浅い呼吸しかできていない。
そんなミラの背中に マリーローズが手を当てると、何かが一瞬だけ白く光った。
「痛くない……まさかアンタ治癒魔法を……?」
ずっと続いていた痛みが瞬時に消え、ミラが呆然と呟いた。大きく息を吸っても苦しくない。
「魔力が少ないアンタには使えるはずがないのに……」
ミラが呆然と呟く。
治癒魔法は膨大な魔力を必要とするので、小さな擦り傷を治せる程度の使い手ですら数えるほどしかいない。今この国では実用レベルの術者はミラしかいないはずだった。
「魔力というものは、魔法を練り上げる時点で使い手がこれから起こす現象のプロセスをどれだけ具体的かつ正確にイメージできるかで消費する量が全く違うのですよ」
信じられない様子のミラにマリーローズは静かに言った。
「私は医学を学んでいますから、この程度の単純な骨折ならほとんど魔力を消費しなくても治せます。まぁ、他にも理由があるんですけどね」
「どうせ十日も経たないうちに処刑するのになんでわざわざ治すわけ?」
「罪人をできるだけ心身ともに健康な状態で刑に服させるのも私たち処刑人の責務です。それに、我がエクテレシィ家の者は死刑執行後、罪人の遺体を解剖します。そうして代々解剖学の知識を積み上げてきました」
柔和な笑みを浮かべて紡がれたマリーローズの言葉にミラは震えあがる。
穏やかに話してはいるが、お前を殺した後は解剖して医学の進歩に役立てる。この女はそう言っているのだ。全く何の悪意も悪気もなしに。
「そして、蓄積された知識を論文として世に広めるだけでなく、自身も医学を学び医師としても活動して社会に還元しています。財力も権力もない一般庶民はとても医師の治療を受けることなどできませんから、私たちはそういった人々に少しでも医療をほどこしているのです」
「……そっか。今のあたしはまさに『財力も権力もない一般人』だもんね」
ミラが自嘲気味に呟く間にもマリーローズは手早く彼女の全身を診察し、軽い傷には薬を塗り、重い傷は魔法で治す。ほどなくして全身の治療を終えると、きれいにたたまれた貫頭衣を渡してくる。
「こちら着替えです。食事をお持ちするまでまだ時間がありますから少し休んでいて下さいね」
「え……うん……」
呆然と受け取るミラの困惑した様子には何も言わず、穏やかに微笑んで牢を立ち去った。
今朝はいきなり頭から水をかけられて起こされ、ボロボロに破れた囚人服をとりあえずまだ穴が開いていないものに着替えさせられた。穀物を保存する麻袋に穴をあけただけにしか見えない粗末でゴワゴワした貫頭衣を着せられ、まるでと殺場に向かう牛馬のように、なすすべもなく裁判所に連れて行かれたのだ。
法廷では質疑とは名ばかりで、延々と『証人』たちから罵声を浴びせられ続け、少しでも言い返せばたちまち傍聴席から大ブーイングが起こる。挙句の果てには猿ぐつわを噛まされてしゃべれなくされてしまった。一挙一動にあちこちから罵声が飛んでくる。
惨めだった。自分が何をしたというのだろう。つい数か月前までは、誰もが『救国の乙女』『癒しの聖女』ともてはやしていたのに。
そんなことを思い出しながらいつのまにかうたた寝していた。自分で思っていたよりもずっと疲れていたようだ。しかも、粗末なベッドとはいえマット代わりの干し草もきちんと敷いてあり、剥き出しの石の床に毛布もなしに横たわっていた取り調べ牢と比べればはるかに寝心地が良い。
そのおかげか、軽いノックの音で目が覚めた時にはだいぶ身体が楽になった気がした。
「入りますよ」
ノックとともに入ってきたマリーローズは薬箱と大量の布を抱えていた。
「傷を手当てさせて下さいね」
静かにミラの隣に座り、手早く手足の傷を診る。まだ血がにじむ傷には軟膏を塗り、清潔な布をあてて包帯を巻いた。マリーローズは処刑人であるが、同時に腕の良い医師としても知られている。評判通りの手際の良さに、さしものミラも舌を巻くばかりだ。
一通りの手当てが済むと、傷の様子を診たいから服を脱いでくれないか、と柔和に微笑みながら語りかけてきた。監獄に着けばまた拷問が待っているとばかり思い込んでいたミラは、まさかこんなに丁寧に手当を受けられるとは思っておらず、おとなしく言われた通りにする。
「ああ、これはかなりやられましたね。肋にヒビが入ってます。息を吸うだけで痛いでしょう」
マリーの言う通り、収監中に数えきれないほど殴られ蹴られ、拷問具で痛めつけられたミラの身体はボロボロだった。動くどころか息をするだけで身体がずくりと痛み、浅い呼吸しかできていない。
そんなミラの背中に マリーローズが手を当てると、何かが一瞬だけ白く光った。
「痛くない……まさかアンタ治癒魔法を……?」
ずっと続いていた痛みが瞬時に消え、ミラが呆然と呟いた。大きく息を吸っても苦しくない。
「魔力が少ないアンタには使えるはずがないのに……」
ミラが呆然と呟く。
治癒魔法は膨大な魔力を必要とするので、小さな擦り傷を治せる程度の使い手ですら数えるほどしかいない。今この国では実用レベルの術者はミラしかいないはずだった。
「魔力というものは、魔法を練り上げる時点で使い手がこれから起こす現象のプロセスをどれだけ具体的かつ正確にイメージできるかで消費する量が全く違うのですよ」
信じられない様子のミラにマリーローズは静かに言った。
「私は医学を学んでいますから、この程度の単純な骨折ならほとんど魔力を消費しなくても治せます。まぁ、他にも理由があるんですけどね」
「どうせ十日も経たないうちに処刑するのになんでわざわざ治すわけ?」
「罪人をできるだけ心身ともに健康な状態で刑に服させるのも私たち処刑人の責務です。それに、我がエクテレシィ家の者は死刑執行後、罪人の遺体を解剖します。そうして代々解剖学の知識を積み上げてきました」
柔和な笑みを浮かべて紡がれたマリーローズの言葉にミラは震えあがる。
穏やかに話してはいるが、お前を殺した後は解剖して医学の進歩に役立てる。この女はそう言っているのだ。全く何の悪意も悪気もなしに。
「そして、蓄積された知識を論文として世に広めるだけでなく、自身も医学を学び医師としても活動して社会に還元しています。財力も権力もない一般庶民はとても医師の治療を受けることなどできませんから、私たちはそういった人々に少しでも医療をほどこしているのです」
「……そっか。今のあたしはまさに『財力も権力もない一般人』だもんね」
ミラが自嘲気味に呟く間にもマリーローズは手早く彼女の全身を診察し、軽い傷には薬を塗り、重い傷は魔法で治す。ほどなくして全身の治療を終えると、きれいにたたまれた貫頭衣を渡してくる。
「こちら着替えです。食事をお持ちするまでまだ時間がありますから少し休んでいて下さいね」
「え……うん……」
呆然と受け取るミラの困惑した様子には何も言わず、穏やかに微笑んで牢を立ち去った。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
生きる事に向いていない私ですが(旧題・生きる事に向いていない私ですが悪役令嬢をやり遂げます)
みけの
ファンタジー
“生きる事に向いていない”と悟ったヒロインが、悪役令嬢になってから死ぬまでの話
1周目で悪役令嬢をやり遂げたヒロイン。
が、2周目は果たして?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【改訂版】ピンク頭の彼女の言う事には、この世は乙女ゲームの中らしい。
歌川ピロシキ
ファンタジー
エステルは可愛い。
ストロベリーブロンドのふわふわした髪に零れ落ちそうに大きなハニーブラウンの瞳。
どこか舌足らずの口調も幼子のように天真爛漫な行動も、すべてが愛らしくてどんなことをしてでも守ってあげたいと思っていた。
……彼女のあの言葉を聞くまでは。
あれ?僕はなんで彼女のことをあんなに可愛いって思ってたんだろう?
--------------
イラストは四宮迅様(https://twitter.com/4nomiyajin)
めちゃくちゃ可愛いヴォーレを描いて下さってありがとうございます<(_ _)>
実は四月にコニーも描いていただける予定((ヾ(≧∇≦)〃))
--------------
※こちらは以前こちらで公開していた同名の作品の改稿版です。
改稿版と言いつつ、全く違う展開にしたのでほとんど別作品になってしまいました(;´д`)
有能なくせにどこか天然で残念なヴィゴーレ君の活躍をお楽しみいただけると幸いです<(_ _)>
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる