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お花畑転生娘と大監獄

お花畑転生娘と治癒魔法

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 マリーローズが去ったあと、ミラは呆然と寝台に腰かけた。

 今朝はいきなり頭から水をかけられて起こされ、ボロボロに破れた囚人服をとりあえずまだ穴が開いていないものに着替えさせられた。穀物を保存する麻袋に穴をあけただけにしか見えない粗末でゴワゴワした貫頭衣を着せられ、まるでと殺場に向かう牛馬のように、なすすべもなく裁判所に連れて行かれたのだ。
 法廷では質疑とは名ばかりで、延々と『証人』たちから罵声を浴びせられ続け、少しでも言い返せばたちまち傍聴席から大ブーイングが起こる。挙句の果てには猿ぐつわを噛まされてしゃべれなくされてしまった。一挙一動にあちこちから罵声が飛んでくる。
 惨めだった。自分が何をしたというのだろう。つい数か月前までは、誰もが『救国の乙女』『癒しの聖女』ともてはやしていたのに。

 そんなことを思い出しながらいつのまにかうたた寝していた。自分で思っていたよりもずっと疲れていたようだ。しかも、粗末なベッドとはいえマット代わりの干し草もきちんと敷いてあり、剥き出しの石の床に毛布もなしに横たわっていた取り調べ牢と比べればはるかに寝心地が良い。
 そのおかげか、軽いノックの音で目が覚めた時にはだいぶ身体が楽になった気がした。

「入りますよ」

 ノックとともに入ってきたマリーローズは薬箱と大量の布を抱えていた。

「傷を手当てさせて下さいね」

  静かにミラの隣に座り、手早く手足の傷を診る。まだ血がにじむ傷には軟膏を塗り、清潔な布をあてて包帯を巻いた。マリーローズは処刑人であるが、同時に腕の良い医師としても知られている。評判通りの手際の良さに、さしものミラも舌を巻くばかりだ。
 一通りの手当てが済むと、傷の様子を診たいから服を脱いでくれないか、と柔和に微笑みながら語りかけてきた。監獄に着けばまた拷問が待っているとばかり思い込んでいたミラは、まさかこんなに丁寧に手当を受けられるとは思っておらず、おとなしく言われた通りにする。

「ああ、これはかなりやられましたね。アバラにヒビが入ってます。息を吸うだけで痛いでしょう」

 マリーの言う通り、収監中に数えきれないほど殴られ蹴られ、拷問具で痛めつけられたミラの身体はボロボロだった。動くどころか息をするだけで身体がずくりと痛み、浅い呼吸しかできていない。
 そんなミラの背中に マリーローズが手を当てると、何かが一瞬だけ白く光った。

「痛くない……まさかアンタ治癒魔法を……?」

  ずっと続いていた痛みが瞬時に消え、ミラが呆然と呟いた。大きく息を吸っても苦しくない。

「魔力が少ないアンタには使えるはずがないのに……」

 ミラが呆然と呟く。
 治癒魔法は膨大な魔力を必要とするので、小さな擦り傷を治せる程度の使い手ですら数えるほどしかいない。今この国では実用レベルの術者はミラしかいないはずだった。

「魔力というものは、魔法を練り上げる時点で使い手がこれから起こす現象のプロセスをどれだけ具体的かつ正確にイメージできるかで消費する量が全く違うのですよ」

 信じられない様子のミラにマリーローズは静かに言った。

「私は医学を学んでいますから、この程度の単純な骨折ならほとんど魔力を消費しなくても治せます。まぁ、他にも理由があるんですけどね」

「どうせ十日も経たないうちに処刑するのになんでわざわざ治すわけ?」

「罪人をできるだけ心身ともに健康な状態で刑に服させるのも私たち処刑人の責務です。それに、我がエクテレシィ家の者は死刑執行後、罪人の遺体を解剖します。そうして代々解剖学の知識を積み上げてきました」

 柔和な笑みを浮かべて紡がれたマリーローズの言葉にミラは震えあがる。
 穏やかに話してはいるが、お前を殺した後は解剖して医学の進歩に役立てる。この女はそう言っているのだ。全く何の悪意も悪気もなしに。

「そして、蓄積された知識を論文として世に広めるだけでなく、自身も医学を学び医師としても活動して社会に還元しています。財力も権力もない一般庶民はとても医師の治療を受けることなどできませんから、私たちはそういった人々に少しでも医療をほどこしているのです」

「……そっか。今のあたしはまさに『財力も権力もない一般人』だもんね」

 ミラが自嘲気味に呟く間にもマリーローズは手早く彼女の全身を診察し、軽い傷には薬を塗り、重い傷は魔法で治す。ほどなくして全身の治療を終えると、きれいにたたまれた貫頭衣を渡してくる。

「こちら着替えです。食事をお持ちするまでまだ時間がありますから少し休んでいて下さいね」

「え……うん……」

 呆然と受け取るミラの困惑した様子には何も言わず、穏やかに微笑んで牢を立ち去った。
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