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お花畑転生娘と死刑判決
死神令嬢とお花畑転生娘
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看守たちが暴れるミラを光がほとんど差し込まぬような暗い通用口まで連行すると、扉の前で待ち構えていたのは尋問官たちだった。彼らのあざけりを含んだ冷たい目つきに、ミラは来る日も来る日も繰り返された「尋問」という名の拷問を思い出し、大きく身震いをしてようやくおとなしくなる。
もう結審したというのに、未だに取り調べることがあるのだろうか?
いや、きっと苦痛を与えるためだけに意味もなく痛めつけられるのだろう。処刑が執り行われるその瞬間まで。
今の自分はそれだけの憎悪を一身に集めてしまっている。本来ならばこの世で唯一の尊い存在として愛され、崇められるべき救国の聖女、この世界のヒロインのはずなのに。
この世界を救いたい。その一心でなりふり構わず既存の特権階級を権力の座から引きずりおろし、階級社会に苦しめられ貧困にあえぐ人々を不当な支配から解放した。
それがなぜ。こんなことになってしまったのだろうか。自分のあの頑張りは一体何だったのだろう?
「よう、やっぱり斬首だってな」
「さんざん他人様を陥れて、次々冤罪でむごたらしく処刑して……お前の命一つじゃとても償いきれるもんじゃねぇ。あの世でお前がハメた方々に永遠にわび続けるんだな」
蔑んだ目つきで吐き捨てるように投げかけられる言葉に心が鉛のように重くなる。
自分が彼らを処刑台に送ったのにはちゃんとした事情があったのだ。世界を守るために仕方ないことだったのだ。
そう言いたくても噛まされた猿轡のせいでくぐもったうめき声しか出すことができない。
尋問官たちが扉を開けると、薄暗い室内に強い陽の光が差し込み、一瞬視界が真っ白になった。
ここを出てしまえばまたあの拷問の日々に戻る。
怯えたミラは思わず足を踏ん張って抵抗しようとしたが、聞こえてきた場違いなほど穏やかで柔らかな声に凍り付いたように動きを止めた。
「連行お疲れ様です。刑が確定したのでその罪人はここから私の管轄になります。責任をもって刑の執行までお預かりしますのでご安心ください」
高すぎも低すぎもせず、いつまでも聴いていたくなるような心地の良い声には聞き覚えがある。
思わず大きく息を飲んでしまって、折れているあばらがずくりと痛んだ。肺がまるで押さえつけられたかのように苦しくて、思うように空気が入ってこない。
「ああ。あんたなら間違いない。頼んだぞ、首都処刑人」
「麗しの死神令嬢にムッシュは失礼だろう。マドモアゼルとお呼びせねば」
「いやいや。歴代の処刑人長はすべてその都市の名を冠してムッシュと呼ばれるのだ。まして彼女はここ数代の処刑人長の中でもたぐい稀なる傑物だぞ。令嬢扱いはかえって無礼にあたろう」
称賛と憧憬のこもった審問官たちの声は一人の女性に向けられている。
緩やかに結われた柔らかそうな長い黒髪に、黒い羽根飾りつきの大きなつば広の帽子、黒いぴったりしたパンツとブーツに白い襟巻、そして燃えるような緋色のジャケットには黒と銀の糸でほどこされた処刑台の刺繍。
処刑人長の正装に身を包んだ女性が理知的な黒い瞳を三日月の形に細め、護送用の馬車の前で穏やかに微笑んでいた。
どこか場違いなまでに物静かで柔らかな雰囲気の女性を目にして、拘束を解かれたミラが消え入りそうな声でその名を呼ぶ。
「あんた……マリーローズ……」
「さあ、こちらへ。ミラ・イリス・ローランドさん、私の監獄へご案内しましょう」
ミラは招かれるままふらふらと護衛馬車に乗り込んだ。
もう結審したというのに、未だに取り調べることがあるのだろうか?
いや、きっと苦痛を与えるためだけに意味もなく痛めつけられるのだろう。処刑が執り行われるその瞬間まで。
今の自分はそれだけの憎悪を一身に集めてしまっている。本来ならばこの世で唯一の尊い存在として愛され、崇められるべき救国の聖女、この世界のヒロインのはずなのに。
この世界を救いたい。その一心でなりふり構わず既存の特権階級を権力の座から引きずりおろし、階級社会に苦しめられ貧困にあえぐ人々を不当な支配から解放した。
それがなぜ。こんなことになってしまったのだろうか。自分のあの頑張りは一体何だったのだろう?
「よう、やっぱり斬首だってな」
「さんざん他人様を陥れて、次々冤罪でむごたらしく処刑して……お前の命一つじゃとても償いきれるもんじゃねぇ。あの世でお前がハメた方々に永遠にわび続けるんだな」
蔑んだ目つきで吐き捨てるように投げかけられる言葉に心が鉛のように重くなる。
自分が彼らを処刑台に送ったのにはちゃんとした事情があったのだ。世界を守るために仕方ないことだったのだ。
そう言いたくても噛まされた猿轡のせいでくぐもったうめき声しか出すことができない。
尋問官たちが扉を開けると、薄暗い室内に強い陽の光が差し込み、一瞬視界が真っ白になった。
ここを出てしまえばまたあの拷問の日々に戻る。
怯えたミラは思わず足を踏ん張って抵抗しようとしたが、聞こえてきた場違いなほど穏やかで柔らかな声に凍り付いたように動きを止めた。
「連行お疲れ様です。刑が確定したのでその罪人はここから私の管轄になります。責任をもって刑の執行までお預かりしますのでご安心ください」
高すぎも低すぎもせず、いつまでも聴いていたくなるような心地の良い声には聞き覚えがある。
思わず大きく息を飲んでしまって、折れているあばらがずくりと痛んだ。肺がまるで押さえつけられたかのように苦しくて、思うように空気が入ってこない。
「ああ。あんたなら間違いない。頼んだぞ、首都処刑人」
「麗しの死神令嬢にムッシュは失礼だろう。マドモアゼルとお呼びせねば」
「いやいや。歴代の処刑人長はすべてその都市の名を冠してムッシュと呼ばれるのだ。まして彼女はここ数代の処刑人長の中でもたぐい稀なる傑物だぞ。令嬢扱いはかえって無礼にあたろう」
称賛と憧憬のこもった審問官たちの声は一人の女性に向けられている。
緩やかに結われた柔らかそうな長い黒髪に、黒い羽根飾りつきの大きなつば広の帽子、黒いぴったりしたパンツとブーツに白い襟巻、そして燃えるような緋色のジャケットには黒と銀の糸でほどこされた処刑台の刺繍。
処刑人長の正装に身を包んだ女性が理知的な黒い瞳を三日月の形に細め、護送用の馬車の前で穏やかに微笑んでいた。
どこか場違いなまでに物静かで柔らかな雰囲気の女性を目にして、拘束を解かれたミラが消え入りそうな声でその名を呼ぶ。
「あんた……マリーローズ……」
「さあ、こちらへ。ミラ・イリス・ローランドさん、私の監獄へご案内しましょう」
ミラは招かれるままふらふらと護衛馬車に乗り込んだ。
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