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本編

E31 あたしと契約して……

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 俺から大切なものを奪った者たちをあるいは追い詰め、あるいは自滅させていったある日。
 屋敷に戻った俺を妙な女が待ち構えていた。
 妙にキラキラした印象の、プリズムのような瞳が印象的な、10代半ばの少女に見えるモノ。しかしその本質はもっとおどろおどろしく、そしてとてつもなく大きな力を内包しているのは一目でわかった。
 そしてふと気が付くと、屋敷に戻って玄関に入ったつもりが真っ白な何もない空間に放り出されている。

「……ああもう、それじゃあたしと契約しなさいよ!!」

 妙にキラキラと、さまざまな色彩の光が乱舞する世界で、その光の発生源とおぼしき女の顔をした何かは、自らを創世神イシュチェルと名乗った。。
 そいつによると、教会の連中が好き勝手に犯罪に手を出してのを俺たちが大々的に取り締まったせいで、教会の……ひいてはイシュチェル本人(?)の評判が著しく下がってしまい、人々の祈りの力が集まらなくなってきたらしい。そこで俺たちに自分の手先として力を取り戻すための手伝いをしろと言うのだ。

「アンタの大事な誰かさんと交渉したのよ。アンタとずっと一緒にいられる所を用意するからあたしの眷属になれって。そしたらあの子、自分は身も心もアンタのものだから、あたしのものにはなれないって」

 どういう事だ?

「あたしと契約して、必要な時にあたしの手足となって働くかわりに、ずっとあの子といられるようにしてあげるって言ってるのよ。あの子が死ぬ前に時間を戻してあげてもいいし、別の形でもいいし。
 別に常にあたしの指示に従えって言ってるわけじゃないの。ごくたま~にお使い を頼む程度のことよ。
 今回、教会の連中が好き勝手犯罪に手を染めた事で失墜した、あたしの権威を取り戻して、あたしが力をつける手伝いをしなさい」

 信用する根拠は?

「ああもう、そう言うと思った。どうせあの子もあんたがいないとお話にならないからとっとと逢わせてあげるわよ。何なのよあの子、おとなしそうな顔して屁理屈こねだすとほんっとにきりがない……っ!!なんであんなに頑固なの……っ!?
 おまけに空気読まないし!! 読む気すらないし!!! なんか勝手に寛いでるし!!!
 もう......っ、訳が分からない……っ」

 訳が分からないのはこちらの方だが。
 謎の女が七色のグラデーションというド派手な色のキラキラ輝く髪をかきむしりながら足をダンダン踏み鳴らして女が喚くと……妙に白っぽかった世界に鮮やかな赤が出現した。
 どこか物憂げで儚げで、素直で従順なくせに変なところで頑固。俺の何より大切な宝物。

「エリィ!!」

 おれの胸に飛び込んできた、決して見間違う事がない、かけがえのない存在を前に、俺はあっさりと胡散臭い女の軍門に下った。
 俺はこれまで通り、法務官として務めつつ、あの腐れ女神に指示された時だけ手伝えば良いらしい。

 ディディはもう俺以外の人間とは関わりたくないそうだ。アレに言われて作った別邸で俺の訪れを待ちながら花を育てて暮らしている。
 そこは時間の流れが止まったようにいつも黄昏の光に包まれていて、馥郁ふくいくたる花の香りでむせ返るようだ。
 俺だけが、望めばいつでもそこに入ることができる。ディディと俺だけの秘密の花園。
 もちろん政や務とトリオと過ごす時間以外は常にそこにいるに決まっている。
 トリオは急にディディに逢えなくなってはじめのうちは寂しそうにしていたが、次第に慣れて行ったようだ。その分俺の顔を見ると甘えるようになって、毎朝必ず一緒の時間を過ごすようにしていた。
 それも学園に入学して寮に入ってしまうまでの話だったが。
 寮に入ったアナトリオは、もう親よりも友人の方が世界の多くを占めるようになり、卒業してしまえばほとんど俺には寄ってこなくなった。もう親としての役目は終わったと思うと寂しくはあるが、これも独り立ちの証と思えば悪くはない。
 共に成長を見守れなかったディディは残念そうではあったが。

 そうやってあの腐れ創世神の手先に成り下がって二十年が経過した。
ごくたまに頼みごとをされるものの、基本的にはそれ以前と変わりない生活を送っている。
 頼み事と言っても実にささいな事で、特定の日時、場所に警邏の巡回の穴を作ったり、何か届け物をしたり……ディディが育てている花で作ったものを教会に渡したり。
 せいぜいがその程度。その代わり、俺はいつでもディディに逢えるし、二人きりで過ごす時間はなぜか俺の肉体の時間は止まっているようだ。
 おかげで俺は勤務時間以外は歳を取らなくなり……結果、40代の半ばのはずの今でも20代後半にしか見えない。そのせいで息子と外見年齢がさほど変わらなくなってきつつある。
 そろそろ訝しむ人も出てきたようだが、その辺りの齟齬をどうするつもりか。

 まぁ、俺としては、息子も無事に成人したので浮世にはもう何の未練もない。
勝手に俺たちを手先にしたんだ。まだあちらの世界で自分のために働けと言うならば、責任をもってうまく誤魔化してもらおうじゃないか。 
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