68 / 94
本編
C21 窮鼠(きゅうそ)猫を噛む
しおりを挟む
あからさまな罠にあえてかかってやって、襲撃者を次々に気絶させると、残る襲撃者と……それからパトリツァ夫人があからさまな動揺を見せた。これでは自分が共犯者だと言っているようなものだが、それがわかるような人ならばこんな愚かな犯罪に加担などしないだろう。
さっさと終わらせたくて撤退を促したのだが、動揺を見せた二人とは対照的に一人が自棄になったように突っ込んできた。おそらくこいつが主犯だろう。
何の芸もないただ直線的に突っ込んでくるだけの攻撃。身構えるまでもなく避けようと思った瞬間、背後でギラギラとした悪意をまき散らしていたパトリツァ夫人が僕の腰にしがみつき、動きを封じてきた。
おかげで避け損ねたナイフが腹に刺さり、突っ込んできた男が醜く歪んだ愉悦の笑みを漏らす。
……ああ、こいつエスピーアか。
こいつは学生の頃から僕を目の敵にして何とかして貶めようと必死だった。エリィに騎士団で起きたことを暴露したのもこいつだったっけ。その後も何かと絡んで来ようとしたんだけど、エリィがその都度すぐに追い払ってくれた。
エリィ以外の学友たちにもあることないこと告げ口していたみたいだけど……幸いなことに、そんな讒言を信じるような馬鹿は僕の友達にはいなかったんだよね。
僕をおとしめるどころか、下らない嫌がらせや流言飛語がみんなの知るところとなって、高位貴族や成績優秀者には呆れられ全く相手にされなくなった。
それどころか教養科の下位貴族の中ですら孤立してしまって、学生時代はろくに人脈を築くことができなかったんだっけ。
一体何がしたかったんだろう?少なくともあちらから突っかかってくるまでは僕とは全く面識もなかったはずなんだけど。
わずか数秒の間に僕はこれらの回想とともに奴の脚を数か所猫闘刃で深々と刺した。靭帯も切っておいたから、そちらの脚はもう2度と使い物になるまい。生きたまま捕縛して、後でエリィの前できっちり自分たちのしてきたことを懺悔してもらおう。
しがみつく夫人を怪我をさせないように気を付けながら振りほどいて、脚を押さえてのたうちまわる賊を蹴り飛ばし、ナイフを抜いて傷口をふさぎ、手早く拘束しようとロープを取り出して……
急に眩暈がして身体に力が入らなくなる。
呼吸も苦しいし、心臓の動きもおかしい。
……どうやら毒を塗られていたようだ。
焦りをおさえ、立てなくなる前に自分の身体の状態を把握するため微弱な魔力を全身に流す。どうやらナイフに筋弛緩作用のある毒物が塗られていたようだ。
せっかく塞いだ傷口をもう一度開き、血流をコントロールしてできるだけ毒を体外に排出する。
……が毒の量が多く、かなり出血しても濃度が高いままだ。
がっくりと膝をつきながら、髪を鷲掴みにしてできるだけ短く切る。切った髪を代償にして血液を造り、さらに汚染された血液を体外に出す。
毒物による影響と言うのは、毒物の種類による定性的な問題も大きいが、何より血液の中の毒物の濃度、つまり定量的な問題が一番強く影響する。フグの毒のようにごく微量でも死に至るものもあるが、大抵のものは体外に排出すると同時に血液の量を増やして血中濃度を希釈してやれば問題なくなることがほとんどだ。
とにかく汚染された血液を出せるだけ体外に出して、足りない分の血液を補ってやらなくては。
……まずい、出せるだけ汚染された血液を出したがまだ足りない。しかしこれ以上出血すると間違いなく失血死する。
誰かのけたたましい笑い声が聞こえてくる。目の前で愉悦に顔を歪めた醜悪な女だ。ケタケタと、とても正気とは思えない声で実に嬉しそう嗤っている。
やかましい。頭に響くじゃないか。
ああもう、思考がまとまらない。このまま死ぬことだけは避けなければならないのに、どうすれば良いのか思い浮かばない。
とにかく、何としてでも生き延びることを考えなくては。
さっさと終わらせたくて撤退を促したのだが、動揺を見せた二人とは対照的に一人が自棄になったように突っ込んできた。おそらくこいつが主犯だろう。
何の芸もないただ直線的に突っ込んでくるだけの攻撃。身構えるまでもなく避けようと思った瞬間、背後でギラギラとした悪意をまき散らしていたパトリツァ夫人が僕の腰にしがみつき、動きを封じてきた。
おかげで避け損ねたナイフが腹に刺さり、突っ込んできた男が醜く歪んだ愉悦の笑みを漏らす。
……ああ、こいつエスピーアか。
こいつは学生の頃から僕を目の敵にして何とかして貶めようと必死だった。エリィに騎士団で起きたことを暴露したのもこいつだったっけ。その後も何かと絡んで来ようとしたんだけど、エリィがその都度すぐに追い払ってくれた。
エリィ以外の学友たちにもあることないこと告げ口していたみたいだけど……幸いなことに、そんな讒言を信じるような馬鹿は僕の友達にはいなかったんだよね。
僕をおとしめるどころか、下らない嫌がらせや流言飛語がみんなの知るところとなって、高位貴族や成績優秀者には呆れられ全く相手にされなくなった。
それどころか教養科の下位貴族の中ですら孤立してしまって、学生時代はろくに人脈を築くことができなかったんだっけ。
一体何がしたかったんだろう?少なくともあちらから突っかかってくるまでは僕とは全く面識もなかったはずなんだけど。
わずか数秒の間に僕はこれらの回想とともに奴の脚を数か所猫闘刃で深々と刺した。靭帯も切っておいたから、そちらの脚はもう2度と使い物になるまい。生きたまま捕縛して、後でエリィの前できっちり自分たちのしてきたことを懺悔してもらおう。
しがみつく夫人を怪我をさせないように気を付けながら振りほどいて、脚を押さえてのたうちまわる賊を蹴り飛ばし、ナイフを抜いて傷口をふさぎ、手早く拘束しようとロープを取り出して……
急に眩暈がして身体に力が入らなくなる。
呼吸も苦しいし、心臓の動きもおかしい。
……どうやら毒を塗られていたようだ。
焦りをおさえ、立てなくなる前に自分の身体の状態を把握するため微弱な魔力を全身に流す。どうやらナイフに筋弛緩作用のある毒物が塗られていたようだ。
せっかく塞いだ傷口をもう一度開き、血流をコントロールしてできるだけ毒を体外に排出する。
……が毒の量が多く、かなり出血しても濃度が高いままだ。
がっくりと膝をつきながら、髪を鷲掴みにしてできるだけ短く切る。切った髪を代償にして血液を造り、さらに汚染された血液を体外に出す。
毒物による影響と言うのは、毒物の種類による定性的な問題も大きいが、何より血液の中の毒物の濃度、つまり定量的な問題が一番強く影響する。フグの毒のようにごく微量でも死に至るものもあるが、大抵のものは体外に排出すると同時に血液の量を増やして血中濃度を希釈してやれば問題なくなることがほとんどだ。
とにかく汚染された血液を出せるだけ体外に出して、足りない分の血液を補ってやらなくては。
……まずい、出せるだけ汚染された血液を出したがまだ足りない。しかしこれ以上出血すると間違いなく失血死する。
誰かのけたたましい笑い声が聞こえてくる。目の前で愉悦に顔を歪めた醜悪な女だ。ケタケタと、とても正気とは思えない声で実に嬉しそう嗤っている。
やかましい。頭に響くじゃないか。
ああもう、思考がまとまらない。このまま死ぬことだけは避けなければならないのに、どうすれば良いのか思い浮かばない。
とにかく、何としてでも生き延びることを考えなくては。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる