お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
上 下
67 / 94
本編

P23 芝居の幕開け

しおりを挟む
 プルクラ様との打ち合わせ通り、あの方を連れて狭い小路に入り込んだところで、道の前後をふさぐように覆面をした人物が五人現れました。前方に三人、後方に二人。
 すべて打ち合わせ通り、これであの方も一巻の終わりです。わたくしが晴れて自由の身となり、また皆様の憧れと称賛を一身に浴びるようになるのも間もなくですわ。

「きゃあぁ~~~、くせものですわぁ!!わたくし、怖ぁい!!」

 わたくしが仕組んだことではないかとあらぬ疑いを持たれぬよう、しっかり悲鳴をあげて怯えた演技をします。
 それを聞いて、あの方はなぜか心底呆れたような顔をして溜息をつきながらわたくしと侍女を物陰に隠し、前に出ました。

「パトリツァ夫人、絶対に僕の後ろから出ないで下さいね」

 そうは申しても、剣を抜こうともせず無造作に立っているだけで何ができるというおつもりなのでしょう。刺客は大ぶりのナイフを構えて今にも襲い掛かってきそうですのに。
 下賤な愚か者の考えることはわたくしのような高貴な身にはとうてい想像がつきませんわ。

 ほら、一人突っ込んできましたわよ。……と思いきや、避ける素振りすらないあの方の脇をすり抜けて勝手につんのめってますわ。何をやっているのでしょうか。
 そのまま首筋に肘を叩きこまれて倒れ込んでおります。
 まったく、何をしに出てきたのでしょう。間抜けな役立たずには用はございませんのに。

 他の一人も斬りかかって来たものの、さきほど倒れた者があの方に蹴り飛ばされて足元に転がって来たのにつまづいて、そのまま倒れ込んでしまいます。あの方が卑怯にも倒れた人の頭に踵を落とすと、ぴくりとも動かなくなりました。

 五秒とかかっていないのに、五人のうち二人までもが戦闘不能です。しかも、あの方はかすり傷一つついていない……どころか剣すら抜いておられません。
 むしろ、ほとんど身動きすらせずに刺客を倒してしまわれました。

 ……もしかして、これは襲撃者が間抜けなのではなくあの方がとてつもなくお強いのではないかしら?
 このままではまずいですわ。

「あなた方では力不足のようですよ。早々に引き揚げては?」

 嫣然えんぜんと微笑みながら、平素と変わらぬ柔らかなアルトの美声で襲撃者を煽るあのお方。
 残る三人のうち二人はなぜか頬を赤らめてそっぽを向いてしまいました。どうやら戦意を喪失してしまったようです。後できつくおしおきしなければ。

 最後のお一人は果敢にも斬りかかってきましたが、あの方は余裕の表情で迎え撃とうとしておられます。この一太刀を外してしまっては襲撃は失敗。あのお方をますます増長させてしまうに違いありません。

 そんなことが赦されて良いはずがございません。
 そうだ。あのお方は目の前の敵にばかり目を向けていてわたくしのことは全く気にしていません。きっとあの程度の頭では、わたくしが襲撃者に味方するかもしれないなんて、とても思いつかないのでしょう。
 それならば、わたくしの為すべきことは一つだけ。あのお方の身動きを封じ、何としてでもこの仕置きを成功させるのです。
 今です。わたくしは渾身の力であのお方の腰にしがみつきました。

「奥様っ!?いったい何を……っ!?」

 ものを知らぬ侍女が動揺した様子で叫びます。
 幸いなことにわたくしの捨て身の行動が功を奏したらしく、あのお方の腹に深々とナイフが刺さりました。
 しかし、何という事でしょう。あのお方は己の傷を全く意に介する事もなく腰の剣を抜き、迷うことなく襲撃者の脚に深々と突き立てたではありませんか。

「ぐぎゃぁあああああああっ!!!」

 すさまじい悲鳴を上げながら転げまわる襲撃者。残る二人は大慌てで逃げていきます。
 どうしましょう。せっかくナイフで腹を刺すことに成功したのに、襲撃は失敗してしまったのでしょうか。

 肝心の襲撃者は二人は逃げ去り、残る二人は気絶したまま……最後の一人は足を負傷して転がりまわって苦しんでおります。

 このままあの方をのさばらせて好き勝手させ続けるなんて、わたくしには到底耐えられません。なんとかしてあの方をやっつける方法はないのでしょうか。

 わたくしの不安と混乱をよそに、あの方は全く動じることなくわたくしをふりほどき、のたうち回る襲撃者を蹴り飛ばしてから腹部に刺さったナイフを引き抜き……唐突に動きを止めました。

 一体何事でしょうか?
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

処理中です...