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本編
P23 芝居の幕開け
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プルクラ様との打ち合わせ通り、あの方を連れて狭い小路に入り込んだところで、道の前後をふさぐように覆面をした人物が五人現れました。前方に三人、後方に二人。
すべて打ち合わせ通り、これであの方も一巻の終わりです。わたくしが晴れて自由の身となり、また皆様の憧れと称賛を一身に浴びるようになるのも間もなくですわ。
「きゃあぁ~~~、くせものですわぁ!!わたくし、怖ぁい!!」
わたくしが仕組んだことではないかとあらぬ疑いを持たれぬよう、しっかり悲鳴をあげて怯えた演技をします。
それを聞いて、あの方はなぜか心底呆れたような顔をして溜息をつきながらわたくしと侍女を物陰に隠し、前に出ました。
「パトリツァ夫人、絶対に僕の後ろから出ないで下さいね」
そうは申しても、剣を抜こうともせず無造作に立っているだけで何ができるというおつもりなのでしょう。刺客は大ぶりのナイフを構えて今にも襲い掛かってきそうですのに。
下賤な愚か者の考えることはわたくしのような高貴な身にはとうてい想像がつきませんわ。
ほら、一人突っ込んできましたわよ。……と思いきや、避ける素振りすらないあの方の脇をすり抜けて勝手につんのめってますわ。何をやっているのでしょうか。
そのまま首筋に肘を叩きこまれて倒れ込んでおります。
まったく、何をしに出てきたのでしょう。間抜けな役立たずには用はございませんのに。
他の一人も斬りかかって来たものの、さきほど倒れた者があの方に蹴り飛ばされて足元に転がって来たのにつまづいて、そのまま倒れ込んでしまいます。あの方が卑怯にも倒れた人の頭に踵を落とすと、ぴくりとも動かなくなりました。
五秒とかかっていないのに、五人のうち二人までもが戦闘不能です。しかも、あの方はかすり傷一つついていない……どころか剣すら抜いておられません。
むしろ、ほとんど身動きすらせずに刺客を倒してしまわれました。
……もしかして、これは襲撃者が間抜けなのではなくあの方がとてつもなくお強いのではないかしら?
このままではまずいですわ。
「あなた方では力不足のようですよ。早々に引き揚げては?」
嫣然と微笑みながら、平素と変わらぬ柔らかなアルトの美声で襲撃者を煽るあのお方。
残る三人のうち二人はなぜか頬を赤らめてそっぽを向いてしまいました。どうやら戦意を喪失してしまったようです。後できつくおしおきしなければ。
最後のお一人は果敢にも斬りかかってきましたが、あの方は余裕の表情で迎え撃とうとしておられます。この一太刀を外してしまっては襲撃は失敗。あのお方をますます増長させてしまうに違いありません。
そんなことが赦されて良いはずがございません。
そうだ。あのお方は目の前の敵にばかり目を向けていてわたくしのことは全く気にしていません。きっとあの程度の頭では、わたくしが襲撃者に味方するかもしれないなんて、とても思いつかないのでしょう。
それならば、わたくしの為すべきことは一つだけ。あのお方の身動きを封じ、何としてでもこの仕置きを成功させるのです。
今です。わたくしは渾身の力であのお方の腰にしがみつきました。
「奥様っ!?いったい何を……っ!?」
ものを知らぬ侍女が動揺した様子で叫びます。
幸いなことにわたくしの捨て身の行動が功を奏したらしく、あのお方の腹に深々とナイフが刺さりました。
しかし、何という事でしょう。あのお方は己の傷を全く意に介する事もなく腰の剣を抜き、迷うことなく襲撃者の脚に深々と突き立てたではありませんか。
「ぐぎゃぁあああああああっ!!!」
すさまじい悲鳴を上げながら転げまわる襲撃者。残る二人は大慌てで逃げていきます。
どうしましょう。せっかくナイフで腹を刺すことに成功したのに、襲撃は失敗してしまったのでしょうか。
肝心の襲撃者は二人は逃げ去り、残る二人は気絶したまま……最後の一人は足を負傷して転がりまわって苦しんでおります。
このままあの方をのさばらせて好き勝手させ続けるなんて、わたくしには到底耐えられません。なんとかしてあの方をやっつける方法はないのでしょうか。
わたくしの不安と混乱をよそに、あの方は全く動じることなくわたくしをふりほどき、のたうち回る襲撃者を蹴り飛ばしてから腹部に刺さったナイフを引き抜き……唐突に動きを止めました。
一体何事でしょうか?
すべて打ち合わせ通り、これであの方も一巻の終わりです。わたくしが晴れて自由の身となり、また皆様の憧れと称賛を一身に浴びるようになるのも間もなくですわ。
「きゃあぁ~~~、くせものですわぁ!!わたくし、怖ぁい!!」
わたくしが仕組んだことではないかとあらぬ疑いを持たれぬよう、しっかり悲鳴をあげて怯えた演技をします。
それを聞いて、あの方はなぜか心底呆れたような顔をして溜息をつきながらわたくしと侍女を物陰に隠し、前に出ました。
「パトリツァ夫人、絶対に僕の後ろから出ないで下さいね」
そうは申しても、剣を抜こうともせず無造作に立っているだけで何ができるというおつもりなのでしょう。刺客は大ぶりのナイフを構えて今にも襲い掛かってきそうですのに。
下賤な愚か者の考えることはわたくしのような高貴な身にはとうてい想像がつきませんわ。
ほら、一人突っ込んできましたわよ。……と思いきや、避ける素振りすらないあの方の脇をすり抜けて勝手につんのめってますわ。何をやっているのでしょうか。
そのまま首筋に肘を叩きこまれて倒れ込んでおります。
まったく、何をしに出てきたのでしょう。間抜けな役立たずには用はございませんのに。
他の一人も斬りかかって来たものの、さきほど倒れた者があの方に蹴り飛ばされて足元に転がって来たのにつまづいて、そのまま倒れ込んでしまいます。あの方が卑怯にも倒れた人の頭に踵を落とすと、ぴくりとも動かなくなりました。
五秒とかかっていないのに、五人のうち二人までもが戦闘不能です。しかも、あの方はかすり傷一つついていない……どころか剣すら抜いておられません。
むしろ、ほとんど身動きすらせずに刺客を倒してしまわれました。
……もしかして、これは襲撃者が間抜けなのではなくあの方がとてつもなくお強いのではないかしら?
このままではまずいですわ。
「あなた方では力不足のようですよ。早々に引き揚げては?」
嫣然と微笑みながら、平素と変わらぬ柔らかなアルトの美声で襲撃者を煽るあのお方。
残る三人のうち二人はなぜか頬を赤らめてそっぽを向いてしまいました。どうやら戦意を喪失してしまったようです。後できつくおしおきしなければ。
最後のお一人は果敢にも斬りかかってきましたが、あの方は余裕の表情で迎え撃とうとしておられます。この一太刀を外してしまっては襲撃は失敗。あのお方をますます増長させてしまうに違いありません。
そんなことが赦されて良いはずがございません。
そうだ。あのお方は目の前の敵にばかり目を向けていてわたくしのことは全く気にしていません。きっとあの程度の頭では、わたくしが襲撃者に味方するかもしれないなんて、とても思いつかないのでしょう。
それならば、わたくしの為すべきことは一つだけ。あのお方の身動きを封じ、何としてでもこの仕置きを成功させるのです。
今です。わたくしは渾身の力であのお方の腰にしがみつきました。
「奥様っ!?いったい何を……っ!?」
ものを知らぬ侍女が動揺した様子で叫びます。
幸いなことにわたくしの捨て身の行動が功を奏したらしく、あのお方の腹に深々とナイフが刺さりました。
しかし、何という事でしょう。あのお方は己の傷を全く意に介する事もなく腰の剣を抜き、迷うことなく襲撃者の脚に深々と突き立てたではありませんか。
「ぐぎゃぁあああああああっ!!!」
すさまじい悲鳴を上げながら転げまわる襲撃者。残る二人は大慌てで逃げていきます。
どうしましょう。せっかくナイフで腹を刺すことに成功したのに、襲撃は失敗してしまったのでしょうか。
肝心の襲撃者は二人は逃げ去り、残る二人は気絶したまま……最後の一人は足を負傷して転がりまわって苦しんでおります。
このままあの方をのさばらせて好き勝手させ続けるなんて、わたくしには到底耐えられません。なんとかしてあの方をやっつける方法はないのでしょうか。
わたくしの不安と混乱をよそに、あの方は全く動じることなくわたくしをふりほどき、のたうち回る襲撃者を蹴り飛ばしてから腹部に刺さったナイフを引き抜き……唐突に動きを止めました。
一体何事でしょうか?
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