65 / 94
本編
P22 衝突事故
しおりを挟む
外出が決まると、あの方はてきぱきと馬車を手配したり、使用人に留守の事を言いつけたりしていました。
どうしても侍女を同伴すること、護衛をもう一人随行させることだけは絶対に譲れないとおっしゃるので、仕方なく妥協してやる羽目にはなりましたが。物わかりが悪いにもほどがありますが、それでも外出そのものができなくなってしまうよりはましでございます。
わたくしは海よりも広い心をもってあの方の我儘を許してやりました。
無事に外出が決まり、大急ぎでプルクラ様にことの次第をお知らせする手紙をお送りいたします。その間にもろもろの手配を終えたあの方が身支度を終えてやって参りました。
腰には柄の広い平べったい短剣、そして背に己の身長よりも長い、槍とも斧ともつかない野蛮な武具を背負っています。
大変です。あの方がいつも携えているあの巨大な武器は絶対に持ってこさせないようにとプルクラ様にもエスピーア様にも重々念を押されていたのに、すっかり忘れておりました。
「まあ、なんて野蛮なお姿でしょう。そんな無粋な武器は置いて行ってくださいませ。神聖な教会や孤児院にはふさわしくありません!!」
「これは護衛のためにどうしても必要です。武器を持ち込めないなら外出はできませんよ」
「武器ならその腰の剣だけで充分でしょう!!そんな醜い武器を持たなければ出かけられないなんて、わたくしへの侮辱ですわ!!」
わたくしが大声をあげて泣き崩れますと、あの方はまた深々とため息をつかれました。無礼極まりない態度ですが、とにかくあの槍だか斧だかわからない変なものだけは手放させなければ。
「……仕方ありませんね。武具を持ち換えてきますのでしばしお待ちを」
「なりません!!どうせ誤魔化して、外出そのものをできなくするつもりなのでしょう?そうやってわたくしを監禁してお家を乗っ取る陰謀なのですわ!!今すぐ出発しなさい!!!」
馬車の前で、毅然とあの方を叱りつけると、あの方はまた深々とため息をつき、わたくしを呆れたような目で見やります。なんと下品で無礼な輩なんでしょう。
今すぐ厳しく罰してやりたいと思いましたが、今は大事の前の小事です。大人のわたくしは寛大な心で無礼な態度を見逃してやる事にして、門番にすぐあの無粋な武器を取り上げるよう命じました。
あの方は門番が途方にくれる様子を見て観念したようです。おとなしくあの巨大な武器を門番に渡すと、わたくしと侍女を馬車に乗せました。
護衛とあの方は御者台で警備しながら馬を走らせるそうです。おかげで道中、不愉快な人と会話をせずにすみます。後はプルクラ様、エスピーア様があの方にお灸を据えていただいて二度と逆らえなくして下さるのを待つのみです。
プルクラ様に指示された通りの道を通って孤児院へと向かいますと、あまり人通りのないあたりで細い横道から急に荷馬車が走り出て、わたくしどもの馬車の横腹にぶつかってしまいました。
そのまま我が家の馬車は横転し、わたくしたちはあちこちぶつけてしまいます。荷馬車に乗っていたものたちは、貴族の馬車にぶつかるという大それた失敗を犯したことを恐れてか、あっという間に荷物も馬車も置いたまま逃げ出してしまいましたわ。
「痛うございますわ。お前、馬車をなんとかしなさい」
わたくしは事前にプルクラ様からいただいた指示通り、あの方ではない方の護衛に指示して馬車をたてなおさせます。護衛があわてて作業にとりかかろうとしている間にすたすたと路地の奥へと向かいました。
もちろんプルクラ様のご指示の通り。そうやってわたくしが一人でずんずん歩いて行きますと、慌ててあの方と侍女が追いかけてきました。
「夫人、お待ちください。危険なので馬車から離れないで」
「お黙りなさい、このままではプルクラ様との待ち合わせに遅れてしまいますわ。つべこべ言わずについてきなさい」
反論を許さず毅然と言い捨てて、プルクラ様に教えていただいた通りの小路に入り込んでいきます。
そしてある狭い路地にさしかかったところで……打ち合わせ通り、道の前後をふさぐように覆面の人物が躍り出てまいりました。
これであの方も一巻の終わり。わたくしも晴れて自由の身となって、また皆様の賞賛と憧憬の的になるのですわ。
どうしても侍女を同伴すること、護衛をもう一人随行させることだけは絶対に譲れないとおっしゃるので、仕方なく妥協してやる羽目にはなりましたが。物わかりが悪いにもほどがありますが、それでも外出そのものができなくなってしまうよりはましでございます。
わたくしは海よりも広い心をもってあの方の我儘を許してやりました。
無事に外出が決まり、大急ぎでプルクラ様にことの次第をお知らせする手紙をお送りいたします。その間にもろもろの手配を終えたあの方が身支度を終えてやって参りました。
腰には柄の広い平べったい短剣、そして背に己の身長よりも長い、槍とも斧ともつかない野蛮な武具を背負っています。
大変です。あの方がいつも携えているあの巨大な武器は絶対に持ってこさせないようにとプルクラ様にもエスピーア様にも重々念を押されていたのに、すっかり忘れておりました。
「まあ、なんて野蛮なお姿でしょう。そんな無粋な武器は置いて行ってくださいませ。神聖な教会や孤児院にはふさわしくありません!!」
「これは護衛のためにどうしても必要です。武器を持ち込めないなら外出はできませんよ」
「武器ならその腰の剣だけで充分でしょう!!そんな醜い武器を持たなければ出かけられないなんて、わたくしへの侮辱ですわ!!」
わたくしが大声をあげて泣き崩れますと、あの方はまた深々とため息をつかれました。無礼極まりない態度ですが、とにかくあの槍だか斧だかわからない変なものだけは手放させなければ。
「……仕方ありませんね。武具を持ち換えてきますのでしばしお待ちを」
「なりません!!どうせ誤魔化して、外出そのものをできなくするつもりなのでしょう?そうやってわたくしを監禁してお家を乗っ取る陰謀なのですわ!!今すぐ出発しなさい!!!」
馬車の前で、毅然とあの方を叱りつけると、あの方はまた深々とため息をつき、わたくしを呆れたような目で見やります。なんと下品で無礼な輩なんでしょう。
今すぐ厳しく罰してやりたいと思いましたが、今は大事の前の小事です。大人のわたくしは寛大な心で無礼な態度を見逃してやる事にして、門番にすぐあの無粋な武器を取り上げるよう命じました。
あの方は門番が途方にくれる様子を見て観念したようです。おとなしくあの巨大な武器を門番に渡すと、わたくしと侍女を馬車に乗せました。
護衛とあの方は御者台で警備しながら馬を走らせるそうです。おかげで道中、不愉快な人と会話をせずにすみます。後はプルクラ様、エスピーア様があの方にお灸を据えていただいて二度と逆らえなくして下さるのを待つのみです。
プルクラ様に指示された通りの道を通って孤児院へと向かいますと、あまり人通りのないあたりで細い横道から急に荷馬車が走り出て、わたくしどもの馬車の横腹にぶつかってしまいました。
そのまま我が家の馬車は横転し、わたくしたちはあちこちぶつけてしまいます。荷馬車に乗っていたものたちは、貴族の馬車にぶつかるという大それた失敗を犯したことを恐れてか、あっという間に荷物も馬車も置いたまま逃げ出してしまいましたわ。
「痛うございますわ。お前、馬車をなんとかしなさい」
わたくしは事前にプルクラ様からいただいた指示通り、あの方ではない方の護衛に指示して馬車をたてなおさせます。護衛があわてて作業にとりかかろうとしている間にすたすたと路地の奥へと向かいました。
もちろんプルクラ様のご指示の通り。そうやってわたくしが一人でずんずん歩いて行きますと、慌ててあの方と侍女が追いかけてきました。
「夫人、お待ちください。危険なので馬車から離れないで」
「お黙りなさい、このままではプルクラ様との待ち合わせに遅れてしまいますわ。つべこべ言わずについてきなさい」
反論を許さず毅然と言い捨てて、プルクラ様に教えていただいた通りの小路に入り込んでいきます。
そしてある狭い路地にさしかかったところで……打ち合わせ通り、道の前後をふさぐように覆面の人物が躍り出てまいりました。
これであの方も一巻の終わり。わたくしも晴れて自由の身となって、また皆様の賞賛と憧憬の的になるのですわ。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる