お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
上 下
58 / 94
本編

P19 深夜の密談

しおりを挟む
 またプルクラ様とエスピーア様からのお便りが届きました。
 やはりあのお方を排除しなければ、わたくしの自由も教会や孤児院の未来もあり得ないようでございます。お二人からは、何とかして機会を作ってあのお方を誘い出し、少しだけ痛い目を見させて反省させようという提案がございました。

 近々あのお方にとても大事な役目が回ってきて、しばらくの間は旦那様とは共に行動できなくなる予定なのだそうです。その時期にあのお方をわたくしと一緒に外出させて、ちょっとしたお仕置きをする所存でございます。
あ の方の優雅で儚げな美貌が恐怖と屈辱に歪む様を思い描くと、それだけで底知れぬ快感がこみあげてきて背筋がゾクゾクする思いがいたしますわ。

 プルクラ様たちからのお便りがあった数日後、このところ夜あまり眠れなくなってしまったわたくしがまたテラスに向かっておりますと、執務室から話し声がしました。
 いえ、白状しましょう。
 今夜も旦那様とあのお方が二人きりで過ごしているかと思うと腸が煮えそうなほど怒りがこみあげてきて、せめてどんな会話をしているかだけでも知りたくてたまらなくなってしまったのです。立ち聞きなど淑女にあるまじき振る舞いとは重々存じてはおりますが、どうしても止めることができません。

 あの夜以来、旦那様はわたくしに微笑みかけてくださることが一切なくなりました。それどころか目の前にいても視界に入っていないかのように無視されるか、せいぜいが侮蔑のこもった冷たい目で一瞥されるだけかのどちらかしかございません。
 夕飯をご一緒することもなくなりました。わたくしの事などもはや一瞬たりとも視界に入れたくない、そんな態度を露骨に取られてしまい、わたくしは惨めで悔しくて情けなくて、日夜泣きぬれて暮らしております。

 さて、そんな旦那様は今宵はいったいどんな睦言をあの泥棒猫とかわしておられるのでしょうか?

「どうしても断れないのか?時期が時期だし、どう考えてもあやしすぎる。だいたいついこの間だって無茶な願いを聞いてやったばかりだろう?どうしてお前がここまでしてやらなければならないんだ」

「たしかに神殿側の言い分は胡散臭いし、時期を考えても罠だとは思う。でもね、苦しんでいる患者さんがいるという事実は変わらないんだよ。だったら、僕は僕にできる精一杯の事をするしかないじゃないか」

「そんな事を言って……消費されるのはお前の生命だろう!?このままじゃ寿命を削り取られて死んでしまうんじゃないか? 前回倒れてからまだ一か月も経ってないんだぞ!?」

「大丈夫だから。僕を信じて?」

 何やら物騒な話をしています。
あのお方が勝手に何かを引き受けてしまって、旦那様がそれを止めようとしているのでしょう。やはりあのお方は身勝手で我儘ですね。
 寿命を削り取られて死ぬ?たいへん結構ではござざいませんこと?あの薄汚い泥棒猫が死んでしまえば、さしもの旦那様の目も覚めようというものでございますわ。
 ああ、一日も早くあの根性悪にお灸を据えて、二度と逆らえないようしっかりと躾をしなくては。

「ディディ、俺はお前を人身御供に出さなければ己を守れないほど不甲斐ない人間ではないつもりだ。お前に危険な真似はして欲しくない。本当は一回だってあんな奴らに協力させたくないんだ。わかってくれないか」

 旦那様のこんなにも熱の籠った声を未だかつて聞いたことがございません。
 切ない声で必死に訴える旦那様。やはり旦那様の愛はあのお方にあったのですね。
 もう絶対に赦せません。あのお方を徹底的に懲らしめて、二度と旦那様の前に出られなくなるようにしなければ…… 
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

平凡なる側室は陛下の愛は求めていない

かぐや
恋愛
小国の王女と帝国の主上との結婚式は恙なく終わり、王女は側室として後宮に住まうことになった。 そこで帝は言う。「俺に愛を求めるな」と。 だが側室は自他共に認める平凡で、はなからそんなものは求めていない。 側室が求めているのは、自由と安然のみであった。 そんな側室が周囲を巻き込んで自分の自由を求め、その過程でうっかり陛下にも溺愛されるお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

処理中です...