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本編
P16 一方的な「話し合い」
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わたくしはそのまま一睡もできぬまま朝を迎えました。もちろん旦那様が寝室にいらっしゃることもございません。
もう疑いようもございません。
旦那様はわたくしの言い分を一切聞かず、一方的にあの方を庇われたのです。
わたくしは悔しくて、惨めで、煮えたぎるような怒りをどうすれば良いか見当もつかず、一人で苦しい夜を越えたのでございます。
朝になると、侍女たちがわたくしの身支度に参りました。
旦那様が書斎でお待ちとの事なので、できるだけ手早く身だしなみを整えます。何を着ようか迷いましたが、グリーンとブルーのシフォンを幾重にも重ねた初夏らしいラウンドガウンに致しました。サテンのリボンベルトを胸下に巻いたハイウエストのシルエットで、ペチコートで無理に広げずスカートは自然なドレープを描いている、清楚で上品な装いでございます。
ドレスは女の戦闘服、美しく着飾る事で、心は気高く保つようにいたしましょう。必ずや旦那様に身の潔白を明かしてこの家を乗っ取ろうとするあの方の邪な企みを暴き、この屋敷から叩きだしてやるのです。
書斎に入ると、お二人とも既に法務官僚の制服に身を包み、いつでも出勤できるよう支度を済ませておられました。
旦那様の刺すような視線が恐ろしく、先ほどの決意が嘘のように消えていきます。
「随分と遅かったな。我々は朝の食事も鍛錬も済ませて身を清めた後だが」
「ちょっと、エリィ……最初から喧嘩腰はダメ。おはようございます、パトリツァ夫人。朝からお呼び立てして申し訳ありません」
不機嫌さと苛立ちを隠そうともしない旦那様と、それをたしなめるあのお方。
仲睦まじさを見せつけられて、わたくしは血が沸騰しそうなほどの怒りを覚えました。
「いったい何の茶番ですの?わたくしはその阿婆擦れに身の程を教えてやろうとしただけですわ」
「何を勘違いしているのかわかりませんが、貴女が他人様をアバズレ呼ばわりできるほど清廉だとは初めて知りました。まさか私が何も知らないとでも?」
「な……なんですって!?いくら旦那様でもそのような侮辱……っ」
精一杯の虚勢を張って、最低限言うべきことを言ってやりますと、旦那様は一瞬目を剥いてから刺々しい口調でわたくしを非難しました。
そのままの勢いで何かを言い募ろうとされたのですが、その前にあの方が困ったように眉を下げて微笑を浮かべ、旦那様の背中をなだめるようにさすりました。
「エリィ、言い方。パトリツァ夫人、不快な思いをさせてしまったのは私の不徳の致すところで、申し訳ありませんでした。しかし、私はあくまでタシトゥルヌ侯爵の補佐官として、政務のお手伝いに伺っているだけです。業務を円滑に行うため私室までご用意いただいておりますが、この家の使用人ではございませんので、誤解のなきよう。エリィ、これでいいね?」
感情的な言い合いをするわたくしたち夫婦を遮るように、あの方が一息に言いたい事をおっしゃいました。腹に据えかねたように何か言いかける旦那様を窘めておられますが、その都度愛称呼びするのが癇に触ります。
いちいち仲睦まじさを見せつけて、わたくしを貶めるつもりなのでしょう。
「エリィ様、その者は旦那様とアナトリオを誑かしてこの家を乗っ取るつもりなのです。騙されてはいけません!!」
「君にその呼び方を許した覚えはないのだが」
「今はそんな事はどうでもよろしいでしょう。その者はこの侯爵家を乗っ取ろうとしているのですよ!! 放置しておいては取り返しのつかないことに!!」
どうでも良い言いがかりをつけてこられる旦那様をさえぎり、あの方の陰謀を知らせようとするのですが、旦那様は聞く耳を持ちません。
「その者を一刻も早く屋敷から叩きだして!!お家乗っ取りを企む犯罪者よ!」
仕方がないのでわたくしは使用人たちに向かって叫びましたが、誰一人従う者はありません。
「お言葉ですが夫人、私がアナトリオ様のお相手をするのも、お子様があなたに懐かないのも、貴女が母親としての義務をすべて放棄しておられるからです。この年齢の幼子には家族の愛情が必要不可欠です。私がアナトリオ様と関わるのがお嫌なら、ご自身がお子様と向き合うべきでしょう。孤児院で縁もゆかりもない子供と遊んで楽しむのは貴女の勝手ですが、我が子を放置して良い事にはなりません。しばらく外出を控えてご自身の生活やご家族とのかかわりを見つめ直されてはいかがです?」
逆にあの方がきっぱりと言い切ると、旦那様までもがその通りとばかりに頷きました。
「我々はもう登庁の時間なのでもう行きますが、今日一日このところの自分の言動を振り返って反省してください」
最後に旦那様は冷たく言い置いて、あの方とお仕事に行かれてしまいました。
もう疑いようもございません。
旦那様はわたくしの言い分を一切聞かず、一方的にあの方を庇われたのです。
わたくしは悔しくて、惨めで、煮えたぎるような怒りをどうすれば良いか見当もつかず、一人で苦しい夜を越えたのでございます。
朝になると、侍女たちがわたくしの身支度に参りました。
旦那様が書斎でお待ちとの事なので、できるだけ手早く身だしなみを整えます。何を着ようか迷いましたが、グリーンとブルーのシフォンを幾重にも重ねた初夏らしいラウンドガウンに致しました。サテンのリボンベルトを胸下に巻いたハイウエストのシルエットで、ペチコートで無理に広げずスカートは自然なドレープを描いている、清楚で上品な装いでございます。
ドレスは女の戦闘服、美しく着飾る事で、心は気高く保つようにいたしましょう。必ずや旦那様に身の潔白を明かしてこの家を乗っ取ろうとするあの方の邪な企みを暴き、この屋敷から叩きだしてやるのです。
書斎に入ると、お二人とも既に法務官僚の制服に身を包み、いつでも出勤できるよう支度を済ませておられました。
旦那様の刺すような視線が恐ろしく、先ほどの決意が嘘のように消えていきます。
「随分と遅かったな。我々は朝の食事も鍛錬も済ませて身を清めた後だが」
「ちょっと、エリィ……最初から喧嘩腰はダメ。おはようございます、パトリツァ夫人。朝からお呼び立てして申し訳ありません」
不機嫌さと苛立ちを隠そうともしない旦那様と、それをたしなめるあのお方。
仲睦まじさを見せつけられて、わたくしは血が沸騰しそうなほどの怒りを覚えました。
「いったい何の茶番ですの?わたくしはその阿婆擦れに身の程を教えてやろうとしただけですわ」
「何を勘違いしているのかわかりませんが、貴女が他人様をアバズレ呼ばわりできるほど清廉だとは初めて知りました。まさか私が何も知らないとでも?」
「な……なんですって!?いくら旦那様でもそのような侮辱……っ」
精一杯の虚勢を張って、最低限言うべきことを言ってやりますと、旦那様は一瞬目を剥いてから刺々しい口調でわたくしを非難しました。
そのままの勢いで何かを言い募ろうとされたのですが、その前にあの方が困ったように眉を下げて微笑を浮かべ、旦那様の背中をなだめるようにさすりました。
「エリィ、言い方。パトリツァ夫人、不快な思いをさせてしまったのは私の不徳の致すところで、申し訳ありませんでした。しかし、私はあくまでタシトゥルヌ侯爵の補佐官として、政務のお手伝いに伺っているだけです。業務を円滑に行うため私室までご用意いただいておりますが、この家の使用人ではございませんので、誤解のなきよう。エリィ、これでいいね?」
感情的な言い合いをするわたくしたち夫婦を遮るように、あの方が一息に言いたい事をおっしゃいました。腹に据えかねたように何か言いかける旦那様を窘めておられますが、その都度愛称呼びするのが癇に触ります。
いちいち仲睦まじさを見せつけて、わたくしを貶めるつもりなのでしょう。
「エリィ様、その者は旦那様とアナトリオを誑かしてこの家を乗っ取るつもりなのです。騙されてはいけません!!」
「君にその呼び方を許した覚えはないのだが」
「今はそんな事はどうでもよろしいでしょう。その者はこの侯爵家を乗っ取ろうとしているのですよ!! 放置しておいては取り返しのつかないことに!!」
どうでも良い言いがかりをつけてこられる旦那様をさえぎり、あの方の陰謀を知らせようとするのですが、旦那様は聞く耳を持ちません。
「その者を一刻も早く屋敷から叩きだして!!お家乗っ取りを企む犯罪者よ!」
仕方がないのでわたくしは使用人たちに向かって叫びましたが、誰一人従う者はありません。
「お言葉ですが夫人、私がアナトリオ様のお相手をするのも、お子様があなたに懐かないのも、貴女が母親としての義務をすべて放棄しておられるからです。この年齢の幼子には家族の愛情が必要不可欠です。私がアナトリオ様と関わるのがお嫌なら、ご自身がお子様と向き合うべきでしょう。孤児院で縁もゆかりもない子供と遊んで楽しむのは貴女の勝手ですが、我が子を放置して良い事にはなりません。しばらく外出を控えてご自身の生活やご家族とのかかわりを見つめ直されてはいかがです?」
逆にあの方がきっぱりと言い切ると、旦那様までもがその通りとばかりに頷きました。
「我々はもう登庁の時間なのでもう行きますが、今日一日このところの自分の言動を振り返って反省してください」
最後に旦那様は冷たく言い置いて、あの方とお仕事に行かれてしまいました。
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