上 下
39 / 94
本編

D10 やっぱりおかしい

しおりを挟む
 慈善活動を「モテないブスのいい子ぶりっ子」と馬鹿にしていたパトリツァ夫人がプルクラ嬢に触発されて、惨めな人々を救ってやろうとやる気になっている。
 いろいろと勘違いもあるようだし、そもそもプルクラ嬢やエスピーアはまともに付き合うには危険すぎる相手なのだけれども、それでもあの傲慢で意固地な夫人が少しは自分の行いを改めようと思っている機会を逃すのは惜しい。
 多少の危険は承知の上で、根気よく見守った方が良いだろう。

 ……と最初は思ってました。
 でもね、やっぱりおかしすぎるでしょ。炊き出しとかはともかく、孤児院の話。
 みんなおとなしくてお行儀良くて、悪戯したりどこか汚すような事はないって……それ、どう考えても普通の孤児院ではあり得ないよね。
 まぁ、貴族の夫人が来てる時だけ猫かぶってるって可能性ももちろんあるんだけどさ。
 孤児院って基本的に小汚いし、色んな事情の子がいるから乱暴な子や従順でない子もいるはず。そういう、色々な厳しい環境で生きてきて、心身に色々な傷や病を抱えている子供たちにきちんと愛情と教育を与えて、大きくなってから一人で生きて行けるように心身と技術を育てる機会を与えるのが、僕たち貴族の役目の一つだと思うんだけど。
 夫人は今までそういう苦しい境遇の人と接したことがないし、存在を気に留めたこともないから違和感を覚えないのかもしれないけど、さすがにおかしいってわからないものかな?いや、わかるだけの感受性のある人ならこんなにひねくれた人に育っていないか。
 それにしても、どうかんがえても夫人の言う孤児院は怪しすぎる。やっぱりあまり関わるのは剣呑な気がするな。

 極めつけにおかしかったのは芝居見物。
 何故か隣のボックスにエスピーア殿がいたって……どう考えても最初から示し合わせてたよね? プルクラ嬢もエスピーア殿も、色々と情報を引き出すか、懐柔して摘発の手を緩めさせる目的でパトリツァ夫人に近付いたとしか思えない。
 芝居の演目もひどい。
 エリィは気付いてなかったけど、これ今流行ってる恋愛小説を演劇仕立てにした舞台だよね。
「夫に蔑ろにされた貴族の妻が、真摯に自分を慕う若者の助けを借りて不実な夫を告発して追放させ、若い愛人との真実の愛を勝ち取る」って筋書。
 そんなの見に行って、エスピーア殿に会ったのを「運命だ」って涙流さんばかりに喜んでるって……不貞を働いてますって堂々と宣言してるようなもの。あまりに露骨すぎてさすがにドン引きしちゃったよ。

 さすがに気になるから、エスピーア殿も一緒に炊き出しに行くと言う日に、視察を兼ねて貧民街に行こうとエリィを誘った。
 正直、炊き出しの方はそこまで気にしてなかったんだけど……何これ、スパイスやハーブでごまかしてるけど、何か混入してるよね?
 良く見てみると、並んでる人たちの様子もかなり変だ。これだけ困窮しているのにお行儀が良すぎる。久しぶりの食事にしても、こぞって涙を流して喜んでいたり……何か大げさすぎて不自然だ。
 僕の顔色が変わったことに気付いたエリィが何があったか訊いてきたので、懸念を話すと納得してくれた。

「たぶん、何か多幸感を得られるような薬が入っている。依存性があるかどうかはわからないけど」

「目的は何だ?」

「多幸感を得られる薬は、その反動で薬が切れると猛烈な不安感を覚えるようになる。定期的に与え続ける事で、不安を解消して多幸感を与えてくれる存在に盲従するようになるだろうね。
 貧民街の住人は戸籍もない人が多い。とても使い勝手の良い捨て駒が量産できると思わない?」

 弱い立場の人たちを、薬で操り良いように捨て駒にしようとしている。ろくに戸籍もない彼らなら、用が済んで始末されたところで、気付く者も少ないだろう。
 あまりの卑劣さに吐き気がする。

「……戻ろう。薬の出どころを調べないと」

 広場には空になった大鍋の汚れを拭きとって荷車に積みこむ人々の姿。
炊き出しはもう終わりらしい。
 丹念に火の始末をして、お礼を言う人々ににこやかに挨拶を返す奉仕活動の参加者の姿からは、貧しい人々を更に搾取しようという悪意は感じられない。

「あの人たちのどれだけが薬のことを承知の上で参加しているんだろう」

 ぽつりと言ったエリィの声が哀しげだ。

「......全員ではないと思いたいけど、あまり楽観視はしない方がいいよ。人間なんて、そんなに綺麗な物じゃないんだから」

 僕も含めてね。
 人の善意を信じたいエリィがあまり傷つかずに済めば良いんだけど…… 
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

処理中です...