お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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本編

D9 今は見守るしかない

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 ティコス家のプルクラ嬢が遊びに来ると言う日、エリィともども早めに退庁して夫人の様子を見る事にした。

 家に着くとちょうどお客様が帰るところ。
 お見送りに来ていたパトリツァ夫人は珍しく上機嫌。
 エリィにプルクラ嬢を引き合わせるのに夢中で、僕がいることには気付かなかったみたい。
 お客様の前でまた逆上されたら困るから本当に良かった。

 プルクラ嬢とエリィは全然目が笑ってない笑顔で社交辞令を交わしあっていてちょっと……
 いやかなり怖い。
 よくパトリツァ夫人は平気でいられるなぁ。
 本気で全く気付いていないらしい、その鈍さがちょっとだけ羨ましい。

 上機嫌なパトリツァ夫人を刺激しないように僕は彼女に気付かれないうちにその場を離れ、私室で先に夕食を済ませてしまった。
 食後はトリオに絵本を読んでやってから執務室にこもって持ち帰った仕事にとりかかる。

 その間エリィには夫人と食事がてらプルクラ嬢との会話を聞き出してもらった。
 彼に聞き出してもらった話によると、パトリツァ夫人はプルクラ嬢と流行のファッションやお菓子、恋愛小説といった会話でおおいに盛り上がったとのこと。

 「しみったれた気候や作物の出来具合、特産品開発の進捗なんて下らない話は一切出て来なくて、とても楽しい時間を過ごすことができましたわ」

 だそうだ。
 僕に対しても「気を利かせて下賤な話を控えるようになればいいのに」なんて言っていたらしい。

 自分の贅沢三昧の生活はいったい何を元に成り立っているのか問いただしたいところだけど……
 学生時代に最低限の事は習ったはずなのに全く身についていないのだもの。
 今さら誰が何を言ったところで右から左に聞き流すだけだよね。

 それから、貧民街での炊き出しや、貧しい人々への寄付を集めるために教会で行われるバザーに誘われたそうだ。
 人が多く集まるイベントなら教団とは無関係な人も多いから大丈夫だとは思うけど……
 彼らが教会を隠れみのにして犯罪に手を染めていることを考えると、あまり深入りすると危ない気がする。

 とはいえ、慈善活動を「モテないブスのいい子ぶりっ子」「醜い偽善者の嘘だらけの三文芝居」と公言して所かまわず嘲笑っていた夫人が、「高貴なわたくしこそが賤しくも憐れな貧民たちを救ってやる聖母となるのです」とやる気になってるのを見ると、エリィが無碍むげに止める気にもなれないというのもわかる。
 今までは苦しい境遇人々の存在そのものを蔑むだけだったのに、憐れんで何かを恵んでやる気になっただけでもかなりの成長と言えるよね。
 傲慢と言えば傲慢きわまりない態度ではあるけれども……
 それでも、全くの無関心だったり、苦しむ姿を嘲笑って優越感に浸ったりするよりははるかにマシな気がする。

 奉仕活動に参加しているうちに少しずつ彼女の言動に改善が見られたら、もっと別の夫人たちのグループにも紹介して、彼女の見識を広げてあげれば良いと思う。
 残念ながら今は悪評が悪評だし、他人様に対する態度もとても高位貴族として通用するものではない。むしろ優秀な下位貴族や紳士階級の子女の方が品位ある立ち居振る舞いができていると言えるほどなので、まっとうな上流階級の人たちには相手にはしてもらえない。

 彼女の傲慢で身勝手な振る舞いの根源の一つが優秀な兄へのコンプレックスだと思う。そしてそれを努力で乗り越える前に、自分自身の努力を伴わずに得てしまった男性たちからの賞賛による自信が、彼女の自尊心を歪んだ形で満たしてしまった。
 そのせいで、まっとうな努力で手に入れた実力で認められている人々の事が眩しくて仕方なくて、なんとしてでも貶めなければ自分が保てない。そうでなければ自分の価値を自分で認めることができなくなるから。
 そんな可哀想な人がパトリツァ夫人なんだ。

 だから、今は奉仕活動に励んで人から感謝されることで、一つ一つ成功体験を積んでいく事が必要なのかもしれない。そうやって自分自身の行いと努力で承認欲求を満たすことができれば、少しずつ他者とのかかわり方も学んでいけるのではないだろうか。
 そして多少なりとも高位貴族の一員としての最低限の振る舞いが身についたら、マシューの奥方にお願いして上流階級の人たちとも少しずつ交流していけば良いと思う。そうやって少しずつ彼女の世界が広がっていくにつれて、人の気持ちを思いやる事を覚えて他者に寄り添うことを覚えてくれると良いな、と願っている。
 そうすれば、今みたいにエリィを下に見て自分が贅沢をするための道具兼、ほかの人たちに見せびらかすためのアクセサリーみたいな扱いをしなくなって、お互いに家族として尊重しようと言う気になれるんじゃないかな。

 とにかく、今はもどかしくても彼女のやる気に水をさすようなことは言うのを我慢して、注意深く見守ることしかできないだろうな。
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