お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
上 下
30 / 94
本編

P10 崇高な使命への目覚め

しおりを挟む
 プルクラ様がいらっしゃって数日、お手紙が届きました。
 芝居のチケットがご用意できたので、打ち合わせをしたいからティコス男爵家でお会いしたいとのこと。さっそくお邪魔する事になりました。

 本日のお土産はナッツの蜂蜜漬けです。
 このままお茶のお供として頂いても良し、パイに練り込んでも良し。
 サラダに散らしても美味しゅうございます。プルクラ様、喜んで下さるとよろしいのですが。

 ティコス男爵家のお屋敷は、貴族街の中ではやや外れた、下位貴族のお屋敷の立ち並ぶ界隈にございます。
 この辺りは地位は低いものの裕福な新興貴族のお屋敷と、貴族とは名ばかりのこじんまりとした邸宅が入り混じっています。
 ティコス男爵家のお屋敷は前者にあたるらしく、大きさこそ周囲の邸宅より極端に大きいという事はないものの、何種類もの薔薇が咲き誇る庭園には小さな噴水までしつらえられており、その財力を誇っていました。

 招き入れられた邸内も、趣味の良い絵画や精緻な彫刻の施された調度品が至る所に飾ってあり、権勢のほどがうかがえます。

 わたくしは、お庭のよく見えるテラスに通されてプルクラ様とゆっくりお茶をいただくことになりました。

 プルクラ様の本日の装いは淡いレモンイエローと深いオレンジの細かい縞模様がほどこされた、ルタンゴトと呼ばれるマニッシュなコート風ドレス。
 軍服をモチーフにしたシンプルで細身のラインを最新流行の縦縞が引き立て、共布のベルトがハイウエストのラインを際立たせています。
 プルクラ様の豊満な肢体と瑞々しい若さを引き立てる、個性的な装いですわね。

 わたくしは初夏らしく白と淡いパープルのストライプのシフォンをふんだんに使った、アイリスをイメージしたエンパイアスタイルのドレス。
 三十年ほど前にカロリング王国で起きた革命を契機として、旧来の宮廷服に見られたゴテゴテした過剰な装飾や、コルセットなどでむやみに矯正した不自然なシルエットが好まれなくなりました。
 近年ではより自然な美しさを求めて、古代のエレガントな衣装を模したドレスが流行しております。

 もちろん社交界の華であるわたくしもいち早くこの流れを取り入れており、透け感のある布地を活かした上品なスタイルを好んで身に着けております。

 本日プルクラ様がご用意くださったのは、チェンシャン産のイェン茶という、たいへん珍しい紅茶です。

 こちらは発酵が終わった茶葉を松葉で燻して遠距離の輸送でも品質が落ちないように加工したもの。
 独特の薫香に癖がありますが、ミルクで煮出して蜂蜜をたっぷり入れるとミルクのコクと松葉の香りがなんとも言えずふくよかな味わいになります。
 滋養強壮にも優れているそうで、お腹が弱い方は定期的に飲むと胃腸が強くなるとか。
 添えられたスパイスを効かせた甘みの強いクッキーがとてもよく合って、味わい深いお茶会になりました。

 美味しいお茶とお菓子を頂きながらお喋りするのは本当に楽しゅうございます。プルクラ様は話題も豊富で、今日は巷で話題の恋愛小説や芝居の話で盛り上がりました。

 プルクラ様はさらに教会のバザーや孤児院の慰問などの慈善活動にもよくおでかけになるのだそうです。おりにふれ貧しく恵まれない憐れな者たちに慈悲の心で施しを与えるプルクラ様は、お姿だけではなくお心も美しくていらっしゃいます。
 彼女の容姿の美しさは内面の美しさに感銘を受けた創世の女神さまが恩寵としてお与えになったものに違いありません。

 嬉しいことに、プルクラ様は彼女の進めている慈善活動にわたくしも参加してほしいとお誘いくださいました。
 もちろん、わたくしは喜んでお手伝いさせていただく事に致しましたわ。毎日仕事仕事でわたくしを顧みない夫の帰りをただただ待つだけの退屈な日々よりも、恵まれない惨めな人々を救い感謝される日々の方が、間違いなく刺激に満ち充実したものになるでしょう。

 わたくしはプルクラ様に次のバザーには必ず参加させていただくと堅くお約束し、ついでにお芝居見物の日時もお約束してお邸をあとにしたのでした。

 ティコス男爵家から帰ると、今日も旦那様が早くお帰りでした。
 しかも今日も夕飯を夫婦二人きりでとりたいとおっしゃるではありませんか。
 夕飯の席ではプルクラ様とのお茶会がどうだったか、どんなお話をしたのか、いろいろと訊ねて下さいました。

 新しくできたお友達がどんな方なのか気にかかるのだそうでございます。
 お屋敷のご様子ですとか、飾られていた絵画や美術品、工芸品の様子まで訊ねられたのはさすがに驚きましたが。

「屋敷に普段から飾っているものは、その屋敷の住人の好みをそのまま反映するからね。あらかじめわかっていれば、手土産やおりおりの贈り物を選ぶ参考になるんですよ」

 なるほど、こうおっしゃられると納得せざるを得ませんわね。やはり旦那様は思慮深くていらっしゃいます。

 プルクラ様から教会の奉仕活動や孤児院への慰問に誘われたお話をいたしますと、少し考えてから「ぜひご一緒しなさい」とおっしゃってくださいました。

 ああ、これでわたくしもプルクラ様のように惨めで憐れな人々を救う崇高な使命を果たすことができるのですね。
 次に彼女にお目にかかれる日が待ち遠しゅうございます。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...