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本編

P6 夢の逢瀬

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 旦那様は今日もお帰りが遅くなるので夕食は先に済ませるようにと言い置いてお仕事にお出かけになりました。ですからわたくしも、今日は外で食べて帰るので夕食の支度は不要である旨を使用人たちに伝えます。

 待ち合わせをお約束した外宮の庭園に参りますと、エスピーア様は既にいらっしゃっていて、木陰のベンチで何かの書類をご覧になっていました。
 エスピーア様は輝くような蜂蜜色の髪に新緑のような若葉色の瞳の、甘やかなお顔の美男子です。こうして無造作に書類を読んでいるだけのお姿でも、一幅の絵のような美しさで、わたくしはここ数日のもやもやした気持ちがすっきりと晴れていくのを感じました。

 エスピーア様はいま王都で話題のグランドメゾン高級レストランで個室をおさえてくださったそうです。
 三十年前にカロリング王国が瓦解がかいして料理ギルドが解体され、素晴らしい料理を作る技能を持つ使用人達が独立して店を構えることが一般的になりました。
 それ以来、貴族や紳士階級の間では、会食を互いの屋敷で行うだけではなく、こういったお店で楽しむことで、その都度様々な得意分野を持つ料理人たちの異なる趣向を楽しむことが流行しております。

 ここシュチパリアでも、五年ほど前からこういったお店ができはじめて、今では王都イリュリアにも三軒のグランドメゾン高級レストランがその腕を競っております。グランドメゾン高級レストランでは、フロア席と個室席があり、個室席は食後にゆっくりと休憩できる控室がついているものもございます。
 ここエラヴィッラもそんなお店の一つで、ムール貝とネギの白ワイン蒸しと、羊とヨーグルトをふんだんにつかった香ばしいソテーを堪能いたしました。
 デザートは蜂蜜に漬け込んだナッツをふんだんに使ったバクラヴァ蜂蜜クルミパイと、グリコ茄子とイチジクの甘露煮にホイップクリームを添えたものを、コーヒーとともにいただきます。

 食後は控室のソファでゆったりくつろぎながらおしゃべりを楽しみました。

 わたくしは旦那様に蔑ろにされていること、わたくしの他に寵愛する人がいること、屋敷に帰ってきてもあの方と執務室にこもりきりで、一緒に食事をとる機会もすっかり減ってしまった事を涙ながらに訴えました。
 そして旦那様不在の時は執務室の机は上に何もない状態なので、旦那様が部屋にこもって本当は何をしておられるのか全く分からないこと、便箋をたくさん使ってお手紙をあちこちに出しておられるらしいことも。
 その証拠として、先日こっそり持ち出してしまった便箋をお見せすると、エスピーア様は喜んで受け取り、これを調べてどんな手紙を書いているか調べて下さるとおっしゃいました。
 そして、こんなに美しくて健気な夫人を蔑ろにして愛人を囲うとはけしからん、不貞の動かぬ証拠をたくさん集めて、社交界の皆さまの前でその罪を暴いてくれようとまでおっしゃったのです。

 わたくしはそこまでしてくださるエスピーア様の真心が嬉しくもありがたく、はしたなくも思わず抱きついて自分から口付けてしまいました。エスピーア様は少しだけ驚いたご様子でしたが、すぐにわたくしの心を汲んで熱烈な口付けで応えて下さいます。

 はじめのうちは軽く唇を触れるだけのついばむような口付けを、何度も何度も角度を変えながら繰り返すうちに、うっすらと開いた唇の間から舌が入り込んできてわたくしの口の中をなぶるように蹂躙じゅうりんします。
 いつしかじゅぶじゅぶと卑猥ひわいな水音が響き渡り、はぁはぁと熱っぽい息遣いとまじりあって淫猥いんわいなハーモニーを奏でていました。

 互いの身体の熱の高まりが、激しい心臓の鼓動を通して伝わって参ります。
 もはやわたくしたちの間に言葉は要りませんでした。

 夢のようなひと時はあっという間に過ぎ去り、もう帰らなければならない時間です。わたくしは後ろ髪を引かれる思いで屋敷に戻りました。

 屋敷に戻れば使用人たちは丁重にわたくしを出迎えます。
 彼らはわたくしを侯爵夫人として丁重に扱い、常に尊重してくれておりますが、その礼儀正しさにどこかよそよそしさが見え隠れしているのは、わたくしの思い過ごしではないはず。
 少なくとも、彼らがあのお方に見せる親しみをわたくしに向けたことは、いまだかつてございません。

 わたくしは出迎えた使用人に「疲れたのですぐに湯の支度をするように」と申し付けると、自室に戻りました。

 今夜もどうせ旦那様はあの方とご一緒でしょう。もうそれでも構わないと思えるほど、わたくしの心は冷たく乾いておりました。 
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