お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
上 下
8 / 94
本編

E4 再会と暴露

しおりを挟む
 彼と再会したのは十三になったばかりの春である。貴族の子弟が通う王立学園に入学した。
 入学直前の学力考査では、それなりに良い結果を残せたと思ったのに二位だった。主席の子はほぼ満点だったらしい。
 誰かと思えばあのディディだった。

 入学前に少しでも寮に慣れておきたかったので、入学式の前日のうちに入寮させてもらった。自室に荷物を運びこんで廊下に出ると、ちょうど隣の部屋から誰か出てきたところだった。
 見覚えのある鮮やかな色彩にに思わず「ディディ?」と声をかけると、ぱっと振り向いて「エリィ?本当に久しぶり」と笑顔を見せる。
 夕陽をとかしこんだようなつややかな茜色の髪と陽光をそのまま閉じ込めたかのように透き通ったパパラチアの瞳。その微笑みは黄昏の光の中に溶けて消えてしまいそうにはかなげで、頼りなくも美しい姿に俺は一目で魅了されてしまった。

「うん。試験一位だったんだって? 俺二位だったんだ。部屋、隣だからよろしくな」

 笑いかけると嬉しそうに微笑み返してくれて、それからずっと誰よりも側にいる。たぶん俺のディディに抱いている好意と、ディディが俺に抱いてくれている好意は全く異質のものだろうが、それでも傍らにいられるだけで幸せだ。

 学生時代は友人たちにも恵まれ、充実した日々を送ることができた。
 やや気が弱いところはあるが、際立って美しく、聡明で心優しいディディは皆の人気者だった。にもかかわらず、異常なまでに自己肯定感が低く、常にどこか不安げな様子でいるのが不思議で気がかりだった。

 その理由がわかったのは入学して二か月が経ち、深まる秋が去り行き霜が降りてくる頃だった。

「よお、なんで男娼だんしょう風情がこんなところをうろついてるんだ?」

 授業を終えて寮に向かう途中、下品な声をかけられて全く訳が分からなかった。急に歩みが止まった傍らからひゅぅっと音がして、そちらを見やると、ディディが真っ青な顔をして小さく震えている。
 仕方なく振り返ると、俺たちと同じくらいの年頃だろうか、長身の少年がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

「何の事だかわかりませんが、下品な人ですね。ここがどこだかわかっていますか?貴族の子弟として恥ずべき振る舞いは慎まれた方が良いですよ」

 自分でも思ってもみなかったほど冷たい声が出た。

「あんたもたらし込まれたクチかい?そいつが何で騎士団を追い出されたか知ってんのか?
 学年主席とかでいい気になってるらしいが、そいつは見習いの時に身体を使ってこびを売って、師匠に特別扱いされてたんだ。先輩の従騎士たちの玩具おもちゃにもなっててよ。
 朝早く、精液まみれで練兵場に転がってるところを見つかって追い出されたのさ。どうせ一晩中くわえこんでたんだろ?そんな薄汚い男娼がうろついてる方がよっぽど恥ずべきだろうが」

「あなたの話はとても事実とは思えませんが。万が一事実だとして、状況からして合意の上の行為とは思えません。恥ずべきは、被害者ではなく無体な行いを強いた先輩方のほうでしょう?話をするだけ時間の無駄だ。さっさと立ち去りなさい、さもなければ警備の者を呼びますよ」

 せせら笑う少年に吐き棄てると、うつむいたまま動けずにいるディディの手を取る。
 さっきから様子がおかしい。過呼吸発作を起こしたのか、大きく目を見開いたまま、うまく呼吸ができないようだ。涙とよだれが綺麗な顔をぐしゃぐしゃに汚している。

 誰かが何か喚いている気がするが、今はそれどころではないと意識から遮断しゃだんした。

「ディディ、ゆっくり息を吐いて。声出していいから」

「ぁ……ぁぁ……」

「そう、しっかり吐いて。もうこれ以上吐けなくなったら力を抜いて。もう大丈夫だから」

 しっかりと抱きかかえるようにして背中をさすりながら、できるだけ優しい声を出す。
 ディディは頷きながらも、しばらく身を硬くしたまま俺にしがみつくようにして引きつったような音を出していた。
 焦らずゆっくり背中をさすり続け、どのくらい時間が経っただろうか?
 彼の呼吸が少しずつ落ち着いてきた。硬直していた身体の力も抜けて来る。
 ディディは最後に大きく息をつくと、ようやく顔を上げた。

「とにかく帰ろう?ここは空気が悪い」

「……僕と一緒にいるの、嫌じゃないの?」

 涙で揺れる瞳を向けられて、安心させるように目を合わせて微笑んで見せる。
 はらわたは煮えくり返っているが、今はあのクズどもをどうにかするより目の前の彼を落ち着かせなければ。

「そんな訳あるはずないだろう?馬鹿な事言ってないでとにかく寮に帰るぞ」

「……うん……」

 こんな状態のディディを一人にしておけないので、とりあえず俺の部屋にそのまま連れて行った。そして俺のベッドに並んで座ったまま、どうすることもできずに彼が落ち着くのを待つしかなかった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...