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本編

C2 宴席の片隅で

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 今日は年に二回の王室主催の夜会の日。


 社交嫌いのエリィは渋々ながらパトリツァ夫人をエスコートして出席している。嫌々ながらとはいえ、夫人を伴って要人の皆さまがたとそつなく挨拶を交わし、優雅にダンスを踊る姿はわが友ながら惚れ惚れする男っぷり。

 ファーストダンスが終わると、たくさんの男性たちと踊って人気を見せつけたい夫人を置いて、逃げるように壁際にやってくるのもいつもの事で、ちょっと微笑ましいんだけど。

 マリウス殿下たちも合流して、昔話から今気になるもろもろのことまで、とりとめもない話題で盛り上がっていると、イプノティスモ家の次男エスピーア殿を伴ったパトリツァ夫人がこちらにやってくるのが見えた。

 当然、夫のエリィのところに来たのだと思いきや、エスピーア殿とテラスに行ってしまった。


「……今のイプノティスモ家の次男だよね?あまり深入りするのはちょっと危ないような……」


 イプノティスモ家のエスピーア殿は僕たち王党派と対立している教会派……月虹げっこう教団の汚れ仕事担当との噂がある。
 実際、春先になるといつも国内各地を巡って見目の良い孤児を王都の孤児院に連れて来るのだ。

 表向きは身寄りのない孤児の保護だが……毎年同じ時期に見目の良い子供ばかりを連れて来るのだから、実質的な人身売買なのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。
 月虹教団が教会を隠れみのに人身売買を行っているというのは公然の秘密であり、僕たちは近々それを摘発するつもりで証拠固めを進めている。


 このタイミングでパトリツァ夫人とねんごろになるというのは、やはり捜査の手が迫っている事に気付いて牽制けんせいしているつもりなのだろう。
 エリィはこんなところで騒ぎを起こさぬよう、帰宅してから話をするつもりみたいだけど……夜が更けてきたのに夫人は戻る素振りがない。

 明日も勤務があるからと、そろそろ退出する旨を使用人に伝えに行かせたのだけど、彼女は王宮に用意された控室に宿泊すると言うので、後は侍女や侍従たちに任せるしかなかった。


 最近ずっと忙しくて、僕は王城内の官舎で寝泊まりしていたのだけど、エリィが久しぶりに屋敷に戻ろうと誘ってくれた。実はエリィの屋敷には補佐官である僕の私室も用意してあって、ひどく職務が立て込んでいる時以外はよく寝泊まりさせてもらっている。

 実家とは学園卒業以来疎遠になってしまったし、官舎に一人でいても空しいだけだ。
 良くないと思いつつも、エリィの隣が一番落ち着く僕は、彼の好意に甘えてしまっている。

 今夜は久しぶりに二人きりだ。


「エリィ、いつも一緒にいてくれて本当にありがとう」


 二人でエリィの私室で夜食をつまみながらのんびりとくつろいでいる。


「何を言ってるんだ。俺の方こそ、いくら感謝しても足りないよ。仕事の面でも、プライベートの面でも」


 エリィはいつもそう言ってくれる。
 もし僕が本当に少しでもエリィの役に立てているなら本当に嬉しいんだけど。

 だって彼は僕にあらゆるものを与えてくれた。
 生きていて良い場所も、生きている意味さえも。
 僕は身も心も全て彼のものだ。
 彼が受け取ってくれさえすれば。
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