お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

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本編

E1 始まりは勘違い

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 それは紛れもない政略結婚だった。

 由緒正しき侯爵家のご令嬢とは思えない激しい男性遍歴。子爵家や男爵家と、見事なまでに下位貴族の次男三男ばかり、次から次へと誘われるままに関係を持っている。

 常に男性に誉めそやされ、かしずかれ、激しく求められていなければ気が済まないらしい。

 そんな彼女にまともな縁談があるはずもなく。

 ついに二十二歳と、この国の貴族令嬢にしては適齢期を過ぎつつある年齢になってしまった。

 そんな彼女は当然のことながら家格が釣り合う様な高位貴族からの縁談は全くないのだが、本人は自分が社交界の華で誰もが婚姻を望んでいると思い込んでいるらしい。
 自分に持ち込まれる裕福な下位貴族からの縁談を鼻で笑いながら、一日も早く自分にふさわしい縁談を持ってこいと父親や兄にわめきたてているのだそうだ。

 俺に王命によるその縁談が持ち込まれたのは、彼女と家格と年齢が釣り合いそうな高位貴族の独身男性が他にほとんどいなかったせいだろう。

 家格に合わない結婚は、ご令嬢とそのご実家に何らかの欠陥があると知らしめるようなもの。財務大臣を輩出してきた王党派の由緒正しきコンタビリタ侯爵家の名誉が失墜すれば、王党派そのものの勢力が縮小しかねない。

 何とかしてうわべだけでも体裁の整った結婚を一度はさせる必要があったのだ。王命とあらば俺に拒むすべはない。

 それに、第二王子殿下のお気に入りを強引に俺の手元に置いている負い目もある。どうせ、誰をめとったところで本気で恋愛感情を抱く事などできないのだ。色々と諦めた上で、せめて穏やかな家庭を築くために精一杯努力することにした。

 顔合わせの日、未婚の侯爵令嬢とは思えないような、派手で露出の高い装いの彼女に対し、頭痛をこらえながら何とか笑顔を作ってこう言ったことを、今でも昨日の事のように覚えている。

「パトリツィア嬢、これは政略結婚です。お互いに恋愛感情を抱くのは難しいでしょう。
 それでも、双方が協力して努力すれば、家族として温かな愛情のある夫婦になることはできるかもしれません。
 私とともに歩む努力をしていただけますか?」

「もちろんですわ」

 傲慢ごうまんな笑みを浮かべ、軽く鼻を鳴らして即答した彼女の表情を見て、ああこれは勘違いしているだろうな、と思った。

 彼女の頭の中では俺が一方的に彼女に惚れ込んでいて、彼女が愛を返せないとわかっていても、せめて家族としてやっていくことを望んでいる事になっているのだろう。

 しかし、時間はたっぷりある。少しずつ歩み寄りながら誤解を解いていけば良い。あの時はそう思ってしまった。

 思えばあの時ちゃんと何らかの手を打っておけば良かったのだ。

 しかし俺は高位貴族の男性なら誰も相手にしようとしない、いわくつきの女性を王家から強引に押し付けられた形でめとる事にある意味安堵していた。

 彼女は高位貴族の妻としてあからさまに不適格な人物だ。ここまで不行状で悪名の高い女性であれば、俺が彼女に愛情を抱けなかったとしても、ほとんどの人間は彼女のせいだと考えて、俺に問題があるとは思わないだろう。
 侯爵夫人として尊重し、家族としての情だけを育むように努めれば、夫としては充分に務めを果たしたことになるのではないか。

 自分でもクズだとは思うが、当時の俺は何の愛情も抱けない相手を口説かなくてすむ立場になれた事への喜びでいっぱいだった。それが彼女の目には、彼女との婚約そのものを喜んでいるように見えてしまったのかもしれない。

 数少ない親交のある人には「わたくしはついにあの氷の貴公子の心すら射止めたのですわ。これでわたくしも名実ともに社交界の女王ですわね」と自慢していたそうだ。
 冗談ではない。あんな阿婆擦あばずれにほだされてたまるか。
 どうせ俺の事は財布兼アクセサリー程度にしか思っていないくせに。

 婚約後も正式な婚姻まで毎日のように男をくわえこむ彼女を、内心では激しくののしり嫌悪しながら、腹黒い俺は表面だけ穏やかな笑みを浮かべ、彼女を尊重している振りをした。

 本当は自分でもわかっている。

 あの女が妻として、あるいは家族として愛情を抱くことが難しい人物であることと、俺があの女を愛する事ができないのは別の問題だ。
 たとえ王命で婚姻こんいんさせられる相手がまともな女性であったとしても、今さら恋愛感情を抱くことなど到底できないのは、俺自身の問題だ。

 それなのに、俺が彼女を愛せないのは彼女自身の不行状のせいだと、自分で自分に言い聞かせて、俺は悪くないと思い込んでいた。そんな心理状態で、彼女と家族としての信頼関係や愛情など築きようがないというのに。

 だから彼女は俺にとって何よりも大切な、俺自身の生命よりもずっとかけがえのないものを容赦なく奪って行ったのだろう。
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