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夕顔の惑わし
証言
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エドンの容態が落ち着いたところで、襲われた時の状況をドレインから聞くことになった。
「俺たち、昨日は商業地区の担当になったので……准尉のお手伝いをした時に、ちょうどこの辺で俺たちくらいの年齢の子供が声かけ被害に遭ってたなって思って」
「この間、資料をまとめるのを手伝ってもらった時だね」
「はい。それで、二人で私服で歩いていたらもしかすると犯人が出て来るかもしれないと思って、師匠に頼み込んで俺たちだけで行かせてもらったんです。師匠は渋っていたんですが、ただの商家の子供ならともかく、俺たちは鍛えてるから何とか逃げられるって説得して」
弟子を目の中に入れても痛くないほど可愛がっているエサドが二人を危険に晒してまで囮をやらせたことに違和感があったのだが、やはり彼らが言い出したことだったらしい。それでも許可を与えたのは彼らしくないなと思うのだが……これは後で弟子たちのいないところでゆっくり訊いた方が良さそうだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「うん、次からは事前に相談してくれると助かるな。ちゃんとバックアップ態勢を整えてからじゃないと、二人が危険な目に遭うだけで終わってしまうからね」
「本当にすみません。すっかり思いあがってました」
やれやれ。まだ罪悪感が強いらしい。もちろん失敗しても反省しないのであれば困りものだが、きちんと反省しているならば、いつまでも引きずられても僕としてはやりにくくて困る。
「僕は怒ってないし、師匠や小隊長からも指導されたんでしょう?だったらもういいから。それより、具体的にどのように声をかけられたり拉致されそうになったか教えてくれる?」
少し苛立ちが声に出てしまったかもしれない。ドレインの表情が一瞬だけさらに沈むが、仕事だと気を取り直したのかすぐに引き締まった。
「はい。商業地区の外れの海に近い方を巡回している時でした。30歳くらいの男に声をかけられまして」
「何て言われたか覚えてる?」
「ラージャ男爵の別荘に行きたいから道を教えてくれと」
ラージャ男爵は東の隣国ヴァルダリスの富豪だ。港湾地区から商業地区を挟んだ反対側の海岸線にある別荘地に大きな別荘を構えているが……
「彼の別荘は君たちを見つけたところは少し方角が違うよね?」
そう。彼らを発見したのは、襲われたという商業地区からはだいぶ離れているだけではない。襲撃地点からラージャ男爵の別荘に向かう途中でもなかった。おそらく、全く無関係な人の名前を出したのだろう。
「そう言えばそうですね。とにかく、道案内してくれと言われて、二人で仕事中だからと断ったんですが、馴れ馴れしく近寄ってこられて。急にエドンが崩れ落ちたかと思うと、俺もちくっと刺された感じがして身体に力が入らなくなったんです」
毒を塗った針か何かで刺されたのだろう。体格の差なのか、刺した時の深さによるのか、エドンに比べてドレインは毒の効き目が弱かったのが幸いしたようだ。
「俺たちが動けなくなると、近くの倉庫の陰から何人も人が出てきて、俺たちを運んでいきました。途中で少し身体が動くようになったので暴れて抵抗したら斬られまして。これ以上痛い目に遭いたくなければおとなしくしろって脅されました。しばらくまた運ばれてたんですが、5分もしないうちに准尉が僕たちを探している声がしたら急に奴らが慌て初めて。すぐその場に俺たちを置いて逃げて行きました」
どうやら間一髪だったらしい。ドレインが暴れて出血するような事態になったおかげですぐに気付けて、結果的に駆けつける事が出来た。探し当てるのがあと少しでも遅ければ彼らの本拠地に運ばれて、助けることができなかったかもしれない。そう思うとぞっとする。
「改めて、何とか間に合って良かった。ドレインが頑張ってくれたおかげだよ。でも、もう勝手にこんな無茶はしないで……お願いだよ」
思わずドレインをぎゅっと抱きしめると、昨日は毒と出血で冷え切っていた身体もちゃんと温かくなっていて、心の底からほっとする。つい、ほぅっと安堵の息を漏らすと、ドレインが反省と後悔を噛みしめるように言った。
「もう絶対に無茶はしません。必ず師匠や小隊長の指示を仰ぐとお約束します」
「わかってくれてありがとう。それに、二人のおかげで色々わかったよ」
彼らを発見したのは商業港とはだいぶ離れた別荘地だった。強いて言えば観光港が近いが……襲撃された場所との位置関係を考えると、むしろ海岸沿いの丘陵地帯にある別荘のどれかを目指していたと考えられる。誘拐犯たちは被害者をすぐに港から運び出すのではなく、しばらく別荘地付近にある本拠地に監禁してから海外に連れ出しているのかもしれない。
となると、やはり利用しているのは商業港ではなく観光港の方か。停泊の間隔は十日おきかもしれないが、おそらく連れ去りの犯行日と出航日は何日かずれているだろう。いずれにせよ頻繁に出入りしている船を洗うほかはあるまい。
幸いなのは、もし被害者がある程度の期間別荘地に監禁されているならば、直近の事件の被害者だけでも救出ができるかもしれないと言うこと。救出の可能性がわずかでも見えてきた今、奴らの本拠地を一刻も早く見つけ出さなければ。
ドレインの話を聞き終わると、軍医殿とエドンの呼吸の状態を確認してこまごまとした治療方針を打ち合わせた。それから魔導師団の事務所の方に顔を出すと、ちょうどエサドが皆さんにお礼を言って回っているところで、考える事は一緒だなと苦笑する。
今回、多くの人たちのおかげで二人の命を取り留める事が出来た。いくら感謝しても足りないくらいだ。僕たちの職務は僕たちだけで完結するものではない。改めて感謝の念を強くするとともに、決して自分が何でもできるかのように思いあがってはいけないと自戒する。
さあ、お世話になっている方々に報いるためにも、早く連隊本部に戻って自分たちの職務を全うしなければ。
「俺たち、昨日は商業地区の担当になったので……准尉のお手伝いをした時に、ちょうどこの辺で俺たちくらいの年齢の子供が声かけ被害に遭ってたなって思って」
「この間、資料をまとめるのを手伝ってもらった時だね」
「はい。それで、二人で私服で歩いていたらもしかすると犯人が出て来るかもしれないと思って、師匠に頼み込んで俺たちだけで行かせてもらったんです。師匠は渋っていたんですが、ただの商家の子供ならともかく、俺たちは鍛えてるから何とか逃げられるって説得して」
弟子を目の中に入れても痛くないほど可愛がっているエサドが二人を危険に晒してまで囮をやらせたことに違和感があったのだが、やはり彼らが言い出したことだったらしい。それでも許可を与えたのは彼らしくないなと思うのだが……これは後で弟子たちのいないところでゆっくり訊いた方が良さそうだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「うん、次からは事前に相談してくれると助かるな。ちゃんとバックアップ態勢を整えてからじゃないと、二人が危険な目に遭うだけで終わってしまうからね」
「本当にすみません。すっかり思いあがってました」
やれやれ。まだ罪悪感が強いらしい。もちろん失敗しても反省しないのであれば困りものだが、きちんと反省しているならば、いつまでも引きずられても僕としてはやりにくくて困る。
「僕は怒ってないし、師匠や小隊長からも指導されたんでしょう?だったらもういいから。それより、具体的にどのように声をかけられたり拉致されそうになったか教えてくれる?」
少し苛立ちが声に出てしまったかもしれない。ドレインの表情が一瞬だけさらに沈むが、仕事だと気を取り直したのかすぐに引き締まった。
「はい。商業地区の外れの海に近い方を巡回している時でした。30歳くらいの男に声をかけられまして」
「何て言われたか覚えてる?」
「ラージャ男爵の別荘に行きたいから道を教えてくれと」
ラージャ男爵は東の隣国ヴァルダリスの富豪だ。港湾地区から商業地区を挟んだ反対側の海岸線にある別荘地に大きな別荘を構えているが……
「彼の別荘は君たちを見つけたところは少し方角が違うよね?」
そう。彼らを発見したのは、襲われたという商業地区からはだいぶ離れているだけではない。襲撃地点からラージャ男爵の別荘に向かう途中でもなかった。おそらく、全く無関係な人の名前を出したのだろう。
「そう言えばそうですね。とにかく、道案内してくれと言われて、二人で仕事中だからと断ったんですが、馴れ馴れしく近寄ってこられて。急にエドンが崩れ落ちたかと思うと、俺もちくっと刺された感じがして身体に力が入らなくなったんです」
毒を塗った針か何かで刺されたのだろう。体格の差なのか、刺した時の深さによるのか、エドンに比べてドレインは毒の効き目が弱かったのが幸いしたようだ。
「俺たちが動けなくなると、近くの倉庫の陰から何人も人が出てきて、俺たちを運んでいきました。途中で少し身体が動くようになったので暴れて抵抗したら斬られまして。これ以上痛い目に遭いたくなければおとなしくしろって脅されました。しばらくまた運ばれてたんですが、5分もしないうちに准尉が僕たちを探している声がしたら急に奴らが慌て初めて。すぐその場に俺たちを置いて逃げて行きました」
どうやら間一髪だったらしい。ドレインが暴れて出血するような事態になったおかげですぐに気付けて、結果的に駆けつける事が出来た。探し当てるのがあと少しでも遅ければ彼らの本拠地に運ばれて、助けることができなかったかもしれない。そう思うとぞっとする。
「改めて、何とか間に合って良かった。ドレインが頑張ってくれたおかげだよ。でも、もう勝手にこんな無茶はしないで……お願いだよ」
思わずドレインをぎゅっと抱きしめると、昨日は毒と出血で冷え切っていた身体もちゃんと温かくなっていて、心の底からほっとする。つい、ほぅっと安堵の息を漏らすと、ドレインが反省と後悔を噛みしめるように言った。
「もう絶対に無茶はしません。必ず師匠や小隊長の指示を仰ぐとお約束します」
「わかってくれてありがとう。それに、二人のおかげで色々わかったよ」
彼らを発見したのは商業港とはだいぶ離れた別荘地だった。強いて言えば観光港が近いが……襲撃された場所との位置関係を考えると、むしろ海岸沿いの丘陵地帯にある別荘のどれかを目指していたと考えられる。誘拐犯たちは被害者をすぐに港から運び出すのではなく、しばらく別荘地付近にある本拠地に監禁してから海外に連れ出しているのかもしれない。
となると、やはり利用しているのは商業港ではなく観光港の方か。停泊の間隔は十日おきかもしれないが、おそらく連れ去りの犯行日と出航日は何日かずれているだろう。いずれにせよ頻繁に出入りしている船を洗うほかはあるまい。
幸いなのは、もし被害者がある程度の期間別荘地に監禁されているならば、直近の事件の被害者だけでも救出ができるかもしれないと言うこと。救出の可能性がわずかでも見えてきた今、奴らの本拠地を一刻も早く見つけ出さなければ。
ドレインの話を聞き終わると、軍医殿とエドンの呼吸の状態を確認してこまごまとした治療方針を打ち合わせた。それから魔導師団の事務所の方に顔を出すと、ちょうどエサドが皆さんにお礼を言って回っているところで、考える事は一緒だなと苦笑する。
今回、多くの人たちのおかげで二人の命を取り留める事が出来た。いくら感謝しても足りないくらいだ。僕たちの職務は僕たちだけで完結するものではない。改めて感謝の念を強くするとともに、決して自分が何でもできるかのように思いあがってはいけないと自戒する。
さあ、お世話になっている方々に報いるためにも、早く連隊本部に戻って自分たちの職務を全うしなければ。
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