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桃園の昼顔
違和感(2) (コノシェンツァ・スキエンティア視点)
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最後の見世の主は強烈だった。
ヴォーレの顔を見た途端、挨拶もせずに両手を握りしめて口説き始めたのだ。
娼館の作りも調度も品が良く、今まで見てきた中でもトップクラスの高級店だが、主のこの態度はいかがなものか。
マダム・タルゲリアと名乗るいかつい男は、派手な色柄の布を幾重にも巻き付けた、異国風の衣装も相まって、異様な迫力をかもし出している。
早く書類を受け取って仕事を終わらせたいのに、何度断っても執拗にヴォーレにまとわりついて「今から見世に出ろ」の一点張りだ。
さすがに無礼が過ぎる。
「あなたなら仕込みなんかなくてもいくらでもお客はつくもの」
この一言で、ついにヴォーレも堪忍袋の緒が切れたらしい。
ぴしり、とあたりの空気が変わった気がした。
いつも朗らかな笑みを浮かんでいる顔からすっぱりと表情が消え、冴え冴えと澄んだ瞳が不躾な男を冷たく見据える。
こんな彼の姿は初めてだ。
おそろしくて、美しい。
まるで砕けたガラスのように、どこまでも透明で、キラキラと輝き美しいが、うかつに触れれば深い傷を負う。
「無礼が過ぎるぞ、下郎が。
監査の妨害をするなら、こちらもそのつもりで強引な手段を取らせてもらう」
平坦な声で彼が告げると共に、その場で無礼者を捻りつぶしかねない威圧感があたりを覆うと、さしものタルゲリアも慌てて謝罪の言葉を口にした。
無害化できたと判断したのか、怯えた様子の男は一顧だにせず踵を返したヴォーレは、奴がギラギラと欲にまみれた異様な目で自分を凝視している事に全く気付いてないようだ。
ざっと店内を見て回りながら、色子衆が踊りの稽古に励んだり、手紙を書いたりと忙しそうに過ごす様子を観察している。
時折あごに手をあてて思案しながら、寝具の交換頻度などを確認して帳面にこまごまと書きつけた。
「衛生面では問題なさそう……むしろ他の見世よりもずっとしっかりしてるね。
今日はこれで終わりにしよう?」
そう言って振り向いた彼は、いつも通りの快活な少年に戻っていた。
法務に戻る前に、いったん連隊本部に同行して、今日の報告を行うことにする。
まずヴォーレの所属する第2中隊に顔を出すと、彼は「第4に行って担当者呼んで来い」と別の部隊に行かされてしまった。
俺は面識のない上官たちに囲まれ居心地が悪い。
「第2中隊長ネストル・マカオニディス大尉だ、よろしく」
「第2中隊附古兵教育掛兼第1小隊長アフリム・アーベリッシュ中尉だ。
うちのが世話になるな」
「コノシェンツァ・スキエンティア法務補佐官です。
よろしくお願いします」
どうしたものかと悩んでいると自己紹介されたので、自分も名乗って挨拶した。
どうもヴォーレ抜きで話があるらしい。
「実際に行ってみてどうだった?」
「私は気付けませんでしたが、准尉の話だと子供の失踪が多いようです。
彼は何らかの犯罪に巻き込まれたのではと疑っていました」
……なぜ直接報告を受けずに俺に訊くんだろう?
なんだかものすごく嫌な感じだ。
「なるほど……他に何か気付いたことは?
たとえば見世の者のヴォーレに対する態度とか」
「妙に触りたがったり、馴れ馴れしかったり……そんな感じは?」
なるほど、これは本人の前では訊きにくかろうが……なぜこんなに気にするんだ?
「男娼を置いている店は多かれ少なかれそうでした。
ほとんど冗談めかしてはいましたが、最後の見世だけしつこくて、准尉も殺気立ってましたね」
「殺気立った?
何かされたり言われたりは?」
いささか食い気味にアーベリッシュ卿。
「ずっと手を握って『今から見世に出ろ』としつこくて……
そうだ、『仕込みなんかなくても客はつく』と言われた途端にヴォーレ……准尉の様子が急に変わって、それで相手もおとなしくなったんです」
硬い表情で顔を見合わせる上官2人。
やはり何かがおかしい。
「やはり次は俺も」
「アフリム、過保護すぎだ。
それで、そいつは諦めた様子だったか?」
「いえ、かえって執着したようです。
ギラついた目でずっと准尉を見ていました」
更に表情が硬くなる上官2人。
「ありがとう、今後もよく様子を見ておいてくれ。
ヴォーレを頼む」
アーベリッシュ卿に熱の籠った声で言われ、猛烈に嫌な予感がする。
「……まさかとは思いますが、今回の任務は内容に合わせて我々を選んだのではなく、准尉に合わせて任務を作ったのでは?」
「君はそれを知る立場にない」
マカオニディス卿の答えはにべもない。
どうやら嫌な予感が当たったようだ。
別部隊の担当者とおぼしき人物を屈託のない笑顔で先導する友人の姿を見やりながら、俺の心は暗澹たる思いに沈んでいった。
最後の見世の主は強烈だった。
ヴォーレの顔を見た途端、挨拶もせずに両手を握りしめて口説き始めたのだ。
娼館の作りも調度も品が良く、今まで見てきた中でもトップクラスの高級店だが、主のこの態度はいかがなものか。
マダム・タルゲリアと名乗るいかつい男は、派手な色柄の布を幾重にも巻き付けた、異国風の衣装も相まって、異様な迫力をかもし出している。
早く書類を受け取って仕事を終わらせたいのに、何度断っても執拗にヴォーレにまとわりついて「今から見世に出ろ」の一点張りだ。
さすがに無礼が過ぎる。
「あなたなら仕込みなんかなくてもいくらでもお客はつくもの」
この一言で、ついにヴォーレも堪忍袋の緒が切れたらしい。
ぴしり、とあたりの空気が変わった気がした。
いつも朗らかな笑みを浮かんでいる顔からすっぱりと表情が消え、冴え冴えと澄んだ瞳が不躾な男を冷たく見据える。
こんな彼の姿は初めてだ。
おそろしくて、美しい。
まるで砕けたガラスのように、どこまでも透明で、キラキラと輝き美しいが、うかつに触れれば深い傷を負う。
「無礼が過ぎるぞ、下郎が。
監査の妨害をするなら、こちらもそのつもりで強引な手段を取らせてもらう」
平坦な声で彼が告げると共に、その場で無礼者を捻りつぶしかねない威圧感があたりを覆うと、さしものタルゲリアも慌てて謝罪の言葉を口にした。
無害化できたと判断したのか、怯えた様子の男は一顧だにせず踵を返したヴォーレは、奴がギラギラと欲にまみれた異様な目で自分を凝視している事に全く気付いてないようだ。
ざっと店内を見て回りながら、色子衆が踊りの稽古に励んだり、手紙を書いたりと忙しそうに過ごす様子を観察している。
時折あごに手をあてて思案しながら、寝具の交換頻度などを確認して帳面にこまごまと書きつけた。
「衛生面では問題なさそう……むしろ他の見世よりもずっとしっかりしてるね。
今日はこれで終わりにしよう?」
そう言って振り向いた彼は、いつも通りの快活な少年に戻っていた。
法務に戻る前に、いったん連隊本部に同行して、今日の報告を行うことにする。
まずヴォーレの所属する第2中隊に顔を出すと、彼は「第4に行って担当者呼んで来い」と別の部隊に行かされてしまった。
俺は面識のない上官たちに囲まれ居心地が悪い。
「第2中隊長ネストル・マカオニディス大尉だ、よろしく」
「第2中隊附古兵教育掛兼第1小隊長アフリム・アーベリッシュ中尉だ。
うちのが世話になるな」
「コノシェンツァ・スキエンティア法務補佐官です。
よろしくお願いします」
どうしたものかと悩んでいると自己紹介されたので、自分も名乗って挨拶した。
どうもヴォーレ抜きで話があるらしい。
「実際に行ってみてどうだった?」
「私は気付けませんでしたが、准尉の話だと子供の失踪が多いようです。
彼は何らかの犯罪に巻き込まれたのではと疑っていました」
……なぜ直接報告を受けずに俺に訊くんだろう?
なんだかものすごく嫌な感じだ。
「なるほど……他に何か気付いたことは?
たとえば見世の者のヴォーレに対する態度とか」
「妙に触りたがったり、馴れ馴れしかったり……そんな感じは?」
なるほど、これは本人の前では訊きにくかろうが……なぜこんなに気にするんだ?
「男娼を置いている店は多かれ少なかれそうでした。
ほとんど冗談めかしてはいましたが、最後の見世だけしつこくて、准尉も殺気立ってましたね」
「殺気立った?
何かされたり言われたりは?」
いささか食い気味にアーベリッシュ卿。
「ずっと手を握って『今から見世に出ろ』としつこくて……
そうだ、『仕込みなんかなくても客はつく』と言われた途端にヴォーレ……准尉の様子が急に変わって、それで相手もおとなしくなったんです」
硬い表情で顔を見合わせる上官2人。
やはり何かがおかしい。
「やはり次は俺も」
「アフリム、過保護すぎだ。
それで、そいつは諦めた様子だったか?」
「いえ、かえって執着したようです。
ギラついた目でずっと准尉を見ていました」
更に表情が硬くなる上官2人。
「ありがとう、今後もよく様子を見ておいてくれ。
ヴォーレを頼む」
アーベリッシュ卿に熱の籠った声で言われ、猛烈に嫌な予感がする。
「……まさかとは思いますが、今回の任務は内容に合わせて我々を選んだのではなく、准尉に合わせて任務を作ったのでは?」
「君はそれを知る立場にない」
マカオニディス卿の答えはにべもない。
どうやら嫌な予感が当たったようだ。
別部隊の担当者とおぼしき人物を屈託のない笑顔で先導する友人の姿を見やりながら、俺の心は暗澹たる思いに沈んでいった。
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