上 下
13 / 39
桃園の昼顔

違和感(2) (コノシェンツァ・スキエンティア視点)

しおりを挟む
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫

 最後の見世の主は強烈だった。
ヴォーレの顔を見た途端、挨拶もせずに両手を握りしめて口説き始めたのだ。
娼館の作りも調度も品が良く、今まで見てきた中でもトップクラスの高級店だが、主のこの態度はいかがなものか。
マダム・タルゲリアと名乗るいかつい男は、派手な色柄の布を幾重にも巻き付けた、異国風の衣装も相まって、異様な迫力をかもし出している。
早く書類を受け取って仕事を終わらせたいのに、何度断っても執拗にヴォーレにまとわりついて「今から見世に出ろ」の一点張りだ。
さすがに無礼が過ぎる。

「あなたならいくらでもお客はつくもの」

 この一言で、ついにヴォーレも堪忍袋の緒が切れたらしい。
ぴしり、とあたりの空気が変わった気がした。
いつも朗らかな笑みを浮かんでいる顔からすっぱりと表情が消え、冴え冴えと澄んだ瞳が不躾な男を冷たく見据える。
こんな彼の姿は初めてだ。
おそろしくて、美しい。
まるで砕けたガラスのように、どこまでも透明で、キラキラと輝き美しいが、うかつに触れれば深い傷を負う。

「無礼が過ぎるぞ、下郎が。
監査の妨害をするなら、こちらもそのつもりで強引な手段を取らせてもらう」

 平坦な声で彼が告げると共に、その場で無礼者を捻りつぶしかねない威圧感があたりを覆うと、さしものタルゲリアも慌てて謝罪の言葉を口にした。
無害化できたと判断したのか、怯えた様子の男は一顧だにせず踵を返したヴォーレは、奴がギラギラと欲にまみれた異様な目で自分を凝視している事に全く気付いてないようだ。
ざっと店内を見て回りながら、色子衆が踊りの稽古に励んだり、手紙を書いたりと忙しそうに過ごす様子を観察している。
時折あごに手をあてて思案しながら、寝具の交換頻度などを確認して帳面にこまごまと書きつけた。

「衛生面では問題なさそう……むしろ他の見世よりもずっとしっかりしてるね。
今日はこれで終わりにしよう?」

 そう言って振り向いた彼は、いつも通りの快活な少年に戻っていた。

 法務に戻る前に、いったん連隊本部に同行して、今日の報告を行うことにする。
まずヴォーレの所属する第2中隊に顔を出すと、彼は「第4に行って担当者呼んで来い」と別の部隊に行かされてしまった。
俺は面識のない上官たちに囲まれ居心地が悪い。

「第2中隊長ネストル・マカオニディス大尉だ、よろしく」

「第2中隊附古兵教育掛兼第1小隊長アフリム・アーベリッシュ中尉だ。
うちのが世話になるな」

「コノシェンツァ・スキエンティア法務補佐官です。
よろしくお願いします」

 どうしたものかと悩んでいると自己紹介されたので、自分も名乗って挨拶した。
どうもヴォーレ抜きで話があるらしい。

「実際に行ってみてどうだった?」

「私は気付けませんでしたが、准尉の話だと子供の失踪が多いようです。
彼は何らかの犯罪に巻き込まれたのではと疑っていました」

 ……なぜ直接報告を受けずに俺に訊くんだろう?
なんだかものすごく嫌な感じだ。

「なるほど……他に何か気付いたことは?
たとえば見世の者のヴォーレに対する態度とか」

「妙に触りたがったり、馴れ馴れしかったり……そんな感じは?」

 なるほど、これは本人の前では訊きにくかろうが……なぜこんなに気にするんだ?

「男娼を置いている店は多かれ少なかれそうでした。
ほとんど冗談めかしてはいましたが、最後の見世だけしつこくて、准尉も殺気立ってましたね」

「殺気立った?
何かされたり言われたりは?」

 いささか食い気味にアーベリッシュ卿。

「ずっと手を握って『今から見世に出ろ』としつこくて……
そうだ、『仕込みなんかなくても客はつく』と言われた途端にヴォーレ……准尉の様子が急に変わって、それで相手もおとなしくなったんです」

 硬い表情で顔を見合わせる上官2人。
やはり何かがおかしい。

「やはり次は俺も」

「アフリム、過保護すぎだ。
それで、そいつは諦めた様子だったか?」

「いえ、かえって執着したようです。
ギラついた目でずっと准尉を見ていました」

 更に表情が硬くなる上官2人。

「ありがとう、今後もよく様子を見ておいてくれ。
ヴォーレを頼む」

 アーベリッシュ卿に熱の籠った声で言われ、猛烈に嫌な予感がする。

「……まさかとは思いますが、今回の任務は内容に合わせて我々を選んだのではなく、准尉に合わせて任務を作ったのでは?」

「君はそれを知る立場にない」

 マカオニディス卿の答えはにべもない。
どうやら嫌な予感が当たったようだ。
別部隊の担当者とおぼしき人物を屈託のない笑顔で先導する友人の姿を見やりながら、俺の心は暗澹たる思いに沈んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...