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桃園の昼顔
悍気(2)
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■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
さて、残る娼館はあと一つ。
ここも男娼しかいない見世なのだが、この花街でも指折りの由緒ある大店である。
春をひさぐだけの安い見世とは違い、一階は食事と共に歌や踊り、芝居などの舞台を楽しむようになっている。
上客だけが階上にあがって色子と遊べる高級店だ。
娼館主も一筋縄ではいかないだろう。
「あらあらあらまぁまぁ。
アナタ本当に警邏なの?もったいない。
今からここで働きなさい、いいわね?」
ド派手な柄の布を幾重にも巻き付けた、東方風の衣装のいかつい男が、ねっとりとした女言葉でべったりと擦り寄ってくる。
……顔を見るや否や、挨拶もなしに僕の両手を握りしめて、すさまじい勢いで口説かれた。
こいつは他者を自分の思い通りに従わせることに慣れているようだ。
思わず半眼になりながらも、一応は名乗りを上げておく。
「その手を放しなさい。
衛戍勤務としてこの見世の衛生状態の監査に参りました、騎兵第二連隊第二中隊付ヴィゴーレ准尉です。
こちらは法務省監査局のコノシェンツァ・スキエンティア法務補佐官。
従業員名簿と帳簿の確認、および見世の衛生状態の検査をしますのでご協力を」
「あらまぁ、つれないこと。
そんな野暮な事言わずに、アタシと楽しみましょう?」
……全く話が通じない。
「我々は任務でこちらに来ています。
ご協力いただけないようでしたら強制的に捜査に入る事も可能ですが?」
「あらやだ冗談よ、真面目ちゃんなんだから。
アタシはタルゲリア。
マダムって呼んでね」
強制捜査をちらつかせたらさすがに手を放したが、完全に足元を見られている。
いやむしろ、もっとタチの悪い情念のようなものを感じる。
「我々も任務で来ておりますので、無駄なおしゃべりはこれまでに。
従業員名簿と帳簿は?
本日確認する事は、事前にお知らせしてあったはずですが?」
あくまで事務的に告げると、口を尖らせながらも書類を持ってきた。
コニーも僕が受け取るのは剣呑だと思ったらしく、前に出て受け取ってくれる。
「あらぁ、この子も可愛いじゃない。
貴方が働いてくれるんでもいいわ」
「スキエンティア法務補佐官、相手にしなくて結構。
名簿はどちらも照合のために必要なので、次回こちらに伺う時までお預かりします。
では施設内の衛生状態を確認しますので、わたくしどもはこれで」
あえて冷たく言い放ってその場を終わりにしようとしたが、タルゲリアは構わずまた僕の手を取ろうとした。
もちろんすぐに振り払う。
「あら、突っ張っちゃって可愛いわね。
働きたくなったらいつでもいらっしゃい。
うちのお客様は素敵な方ばかり、毎晩いい夢見られるわよ」
「冗談にしてもタチが悪い。
わたくしは警邏の職務に誇りを持っておりますし、こちらのお仕事が安易なものでないことも承知しております。
こんな戯言は今後しないように」
「あら、戯言なんてとんでもない。
あなたなら仕込みなんかなくてもいくらでもお客はつくもの。
ね、悪い事言わないから今から見世に出なさい」
……ほう、仕込みは不要、と来たか。
どうやら要らぬ我慢をして調子に乗らせすぎたようだ。
僕は仕事用に貼り付けていた愛想笑いを消し、少しだけ殺気を放った。
「無礼が過ぎるぞ。
監査の妨害をするつもりなら、こちらもそのつもりで強引な手段を取らせてもらう」
奴は急に態度の変わった僕に気圧されたかのように押し黙った。
この間合いなら猫闘刃を抜きざまにそのまま脇腹に刺して軽くひねればすぐ殺れる。
いやでも、こいつの返り血は浴びたくないな、気持ち悪いから。
やたらと触ろうとしてくる手を掴んで引き倒して、頚椎を踏み折ればすぐ片付くか。
いずれにせよ3秒あれば殺れるな。
気を紛らわす為にどうでも良いことを考えていたら、タルゲリアが力なくぺたんと座り込んだ。
「や……やだわ、妨害だなんて。
気を悪くしたらごめんなさい、あんまり可愛かったから……」
「スキエンティア法務補佐官、書類を受け取ったら監査に参りましょう」
おとなしくなったならこいつにはもう用はない。
コニーを促してさっさと職務を終わらせ、この胸糞悪い店から立ち去る事にしよう。
さて、残る娼館はあと一つ。
ここも男娼しかいない見世なのだが、この花街でも指折りの由緒ある大店である。
春をひさぐだけの安い見世とは違い、一階は食事と共に歌や踊り、芝居などの舞台を楽しむようになっている。
上客だけが階上にあがって色子と遊べる高級店だ。
娼館主も一筋縄ではいかないだろう。
「あらあらあらまぁまぁ。
アナタ本当に警邏なの?もったいない。
今からここで働きなさい、いいわね?」
ド派手な柄の布を幾重にも巻き付けた、東方風の衣装のいかつい男が、ねっとりとした女言葉でべったりと擦り寄ってくる。
……顔を見るや否や、挨拶もなしに僕の両手を握りしめて、すさまじい勢いで口説かれた。
こいつは他者を自分の思い通りに従わせることに慣れているようだ。
思わず半眼になりながらも、一応は名乗りを上げておく。
「その手を放しなさい。
衛戍勤務としてこの見世の衛生状態の監査に参りました、騎兵第二連隊第二中隊付ヴィゴーレ准尉です。
こちらは法務省監査局のコノシェンツァ・スキエンティア法務補佐官。
従業員名簿と帳簿の確認、および見世の衛生状態の検査をしますのでご協力を」
「あらまぁ、つれないこと。
そんな野暮な事言わずに、アタシと楽しみましょう?」
……全く話が通じない。
「我々は任務でこちらに来ています。
ご協力いただけないようでしたら強制的に捜査に入る事も可能ですが?」
「あらやだ冗談よ、真面目ちゃんなんだから。
アタシはタルゲリア。
マダムって呼んでね」
強制捜査をちらつかせたらさすがに手を放したが、完全に足元を見られている。
いやむしろ、もっとタチの悪い情念のようなものを感じる。
「我々も任務で来ておりますので、無駄なおしゃべりはこれまでに。
従業員名簿と帳簿は?
本日確認する事は、事前にお知らせしてあったはずですが?」
あくまで事務的に告げると、口を尖らせながらも書類を持ってきた。
コニーも僕が受け取るのは剣呑だと思ったらしく、前に出て受け取ってくれる。
「あらぁ、この子も可愛いじゃない。
貴方が働いてくれるんでもいいわ」
「スキエンティア法務補佐官、相手にしなくて結構。
名簿はどちらも照合のために必要なので、次回こちらに伺う時までお預かりします。
では施設内の衛生状態を確認しますので、わたくしどもはこれで」
あえて冷たく言い放ってその場を終わりにしようとしたが、タルゲリアは構わずまた僕の手を取ろうとした。
もちろんすぐに振り払う。
「あら、突っ張っちゃって可愛いわね。
働きたくなったらいつでもいらっしゃい。
うちのお客様は素敵な方ばかり、毎晩いい夢見られるわよ」
「冗談にしてもタチが悪い。
わたくしは警邏の職務に誇りを持っておりますし、こちらのお仕事が安易なものでないことも承知しております。
こんな戯言は今後しないように」
「あら、戯言なんてとんでもない。
あなたなら仕込みなんかなくてもいくらでもお客はつくもの。
ね、悪い事言わないから今から見世に出なさい」
……ほう、仕込みは不要、と来たか。
どうやら要らぬ我慢をして調子に乗らせすぎたようだ。
僕は仕事用に貼り付けていた愛想笑いを消し、少しだけ殺気を放った。
「無礼が過ぎるぞ。
監査の妨害をするつもりなら、こちらもそのつもりで強引な手段を取らせてもらう」
奴は急に態度の変わった僕に気圧されたかのように押し黙った。
この間合いなら猫闘刃を抜きざまにそのまま脇腹に刺して軽くひねればすぐ殺れる。
いやでも、こいつの返り血は浴びたくないな、気持ち悪いから。
やたらと触ろうとしてくる手を掴んで引き倒して、頚椎を踏み折ればすぐ片付くか。
いずれにせよ3秒あれば殺れるな。
気を紛らわす為にどうでも良いことを考えていたら、タルゲリアが力なくぺたんと座り込んだ。
「や……やだわ、妨害だなんて。
気を悪くしたらごめんなさい、あんまり可愛かったから……」
「スキエンティア法務補佐官、書類を受け取ったら監査に参りましょう」
おとなしくなったならこいつにはもう用はない。
コニーを促してさっさと職務を終わらせ、この胸糞悪い店から立ち去る事にしよう。
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