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37話

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俺はあれからポツリと一人部屋で刺繍をしていることが多くなった。
やることがない。
楼主からは夜の店には出なくていいと言われており、夜に刺繍は明るさのために出来ないからと日中に日向ぼっこをしながらゆっくりと刺繍をしつつ、夜にお店が忙しいときは慣れないなりに給事をした。
今夜も予約が入っているようで、夕方より前から厨房は慌ただしく動いている。
「ルーカス、これを運んで」
「はい!」
俺は、言われたように膳を部屋に並べて行った。
並べ終わった帰り、廊下を曲がる。すると、ドンと何かにぶつかった。
「痛ってぇ!」
「申し訳ありません」
同時に声が上がり、俺は額を押さえた。
「すみません、大丈夫でしょうか……」
痛む額から手を離し見上げた先には端正な美貌の青年が居た。
シルフェ様とは違うタイプの美形だ。
「あぁ、悪かったな……君、名前は?」
艶やかなテノールの声。腰が砕けてしまいそうな甘い声はシルフェ様を知らなければ落ちていても仕方無いくらいの美声だった。
「ルーカスと申します……」
「君に決めた」
鼻先を至近距離でちょんと、つつかれるもその意味がわからなくて俺はその指先を見てしまう。
「部屋は何処?」
「何のですか?」
「君の部屋だよ、楼閣の子だろう?」
それは間違ってはいないが、俺は客をとらなくて良いと言われている。
それなのに部屋に来ると言うのはお客でと言うこと?
「今日は……」
「じゃあ、明日は?いつなら大丈夫?」
ぐいぐいと迫ってくる相手の気迫にたじろぎ俺は1歩下がる。
「俺はいつでも大丈夫だけど」
その、少し軽薄そうな態度に眉間に皺を寄せそうになったが、流石に相手はお客様なのだと表情に笑みを乗せた、
「申し訳ございません……予定は数ヶ月先まで埋まっておりまして……」
嘘は言っていない。そう楼主から言われている。
「そうなのか?なら、それが切れるときを聞いておくから。楽しみにしているよ」
爽やかな笑みを浮かべた相手だったが、擦れ違いながらひらひらと手を振り先の廊下を曲がっていった。
誰だったのだろう。
俺は首を傾げながら消えた相手を見送ったが、その出会いがこの後のドタバタの引き金になるとは思ってもいなかった。
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