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4話

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湯船から上がり、身体を拭きながらこの髪を切りたいのだとフェイに言うと、それは修道院に行ってからの方がいいと言われた。
気持ちが落ち着いてから考えた方がいいろうと言われたが、俺が気になるならとフェイはハサミをすぐに用意して毛先だけを整えてくれた。
フェイの優しい手が髪を何度も櫛梳ってくれる。
これもあとしてもらうのは何日でもない。

「ルーカス様、私も修道院へ行ってはいけませんか?」

囁くように告げてきたフェイ。

「駄目。フェイはβだろ?俺が行く修道院は入れるのがΩだけなんだよ」
「……ですが……なら、ルーカス様は違う修道院に行かれても」
「違う修道院には、修道師の中にαもβもいるから何があるかわからないからね」

Ωが迫害されている訳ではない。
だが、慰みものになっていないとは言い切れない。
この世界には倫理などという単語は存在しないのだ。
下層では極秘裏に人身売買などもあると聞く。
フェイも、人身売買の被害者だ。
見目が麗しいため、人身売買されているところを摘発した父が引き取って生まれたばかりの俺の侍従にしたらしい。
赤子の俺に仕えるなんて嫌だっただろうに、それでも献身的に支えてくれたのだ。

「ですが……」
「俺もフェイとずっと一緒だったから寂しいけれど、父様や兄様をお願い。本当なら俺がそのまま王室に嫁げれば良かったのだけどね……でも、ちょっとだけホッとしたよ……俺、王子妃なんて向いてなかったから」

ぽろりと溢してしまった本音。
フェイが淹れてくれた紅茶を口にしてから細く息を吐く。

「ごめん、弱音吐くなんてさ」
「いえ、私は何があってもルーカス様の傍らにいますから。どうかこれをお持ちになってください」

フェイが差し出したのは首から下げたペンダントだった。
フェイが何より大切にしていたもの。

「駄目だよ、俺は修道師になるんだから、貴金属なんか持ち込むのはもってのほかだよ。それに取り上げられたり無くしてしまったりしたら目も当てられないだろ?フェイの気持ちだけ貰うから」

受け取れないと、俺は差し出してきたフェイの手を包むように握った。
気持ちだけ貰う。
そして、少し寂しげな表情を浮かべたフェイに、ありがとうと感謝を述べた。

「いつ、修道院に行けるのかな……」

1日でも早くこの家を出た方がいいのに、出たくない自分がいる。
アーサーの事は決まっていたことだから仕方ない。
でも、この幸せな場所から出ていかなければどんな難癖をつけられて断絶になるかわからないのだ。

「……ルーカス様、お茶をどうぞ?良い紅茶が手に入りましたので」

フェイが慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる。
ふわりと香り立つ花の香りとミルク。
砂糖は少しだけ。
いつもフェイのお茶は美味しいがこれもそのうち飲めなくなってしまうのかと思うと少し悲しい。

「ありがとうフェイ、いつも美味しいお茶をいれてくれて」

フェイに笑みを向けると、フェイは少しだけ俯いた。
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