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99話

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「メルトさん、ですね」
逆光で表情は見えにくいがその香りでわかる。
名前を呼んだ瞬間、ビクリと大きく反応があってから左の頬に強い痛みを感じた。
パンッと鳴った頬。
そして口の中に鉄錆の味が広がっていく。
何故俺は叩かれたのだろうか。
「どうして叩かれたかわかっていないみたいだな」
怒気を含んだ声に答えようとして、軽く噎せた。
確かに叩かれる謂れは無い。
だからといって叩き返す事もできない。
「生意気なんだよ、団長にもサディ様にも可愛がられてそれにアッシュ様にも……媚び売って」
訥々と喋るメルトの言葉に力が無い。
「何でお前ばっかり!」
「……メルトさん、俺は……」
「煩い!喋るな」
パンッと鳴った反対の頬は、一度目よりも痛くなかった。
きっと、メルトさんはアッシュ様を好きなのだろう。
ぶつぶつと呟くメルトの声が静かになるまで俺は目を閉じて魔力を流す。
俺を叩いた手はきっと痛いだろう。
「どうしてだよっ!」
いきなり叫んだメルトと、頬に落ちた滴。
「メルトさん、その気持ちを告げたことは?」
「無いよ、告げられる訳がないだろ……アッシュ様はお前が好きなんだから……」
「俺は好きだと言われていませんよ?それに付き合ったりしている人もいませんし……」
「嘘だ……」
小さく呟いたメルトは何を思うのか動きを止める。
「アッシュ様の気持ちはアッシュ様しかわからないので、怖いかもしれませんが聞いてみたら良いじゃないですか?思い込んで下手な事をするより……ね?」
そう問いかけるとメルトの身体が浮きかけた瞬間、怒号が降ってきた。
「何をしている!!」
それはミゲル団長の声だった。
良く通る声に、消えかけていた寮の部屋の明かりが点く。
「ミゲル様、サハルです。メルトさん後でゆっくりお話をしましょう?」
先ずは降りてくださいねと、促すとメルトはゆっくりと腹の上から退いてくれる。
「……悪い……俺の事も叩いてくれていい」
項垂れるメルトの肩をポンと叩いて笑みを浮かべた。
「叩かれた痕は大丈夫ですし、寧ろメルトさんの手の方が痛そうですからおあいこにしましょう?明日またこの時間に此所に来ていただけますか?またお話をしましょう。団長に呼ばれちゃったから…行かなきゃ」
パンパンと汚れてしまった服を叩き土を払うと座り込んでいたメルトを引き起こす。
じゃあ、明日。またねと手を振ってからミゲルへと向かう。
頬をさわる事でそっと自分にも弱い回復をかけながら。
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