上 下
58 / 124
4章 想い

4-5

しおりを挟む
「ったく、父様ったら急に帰ってきたのにこんなに豪華な晩餐なんかしなくていいのに」

セラフィリーアの手には小さなグラス。
中にはファレナスの南部で採れた果実を酒にして、炭酸水で割ったものが注がれていた。

「セラ?」

楽団が奏でる音色を聞きながら初めての酒に火照った身体を冷ますために出てきたバルコニー。
背後では父や兄、近しい親戚が集まってワイワイしていた。
兄達の時のように、各貴族達が集まるようなものでないだけ良かったが。

「あ、カイル兄様」

声を掛けてきたのは従兄であるカイル。
深い紫の髪を短く切った美丈夫がゆっくりとやってくる。

「どうした?酔ったか?」

兄弟以外では一番良く話す従兄弟で、兄弟で一番上のディートリッヒと同い年。
気安い言葉を使っても怒らない一握りの人だった。

「うん。お酒はあまり強くないみたい。
熱くなったから逃げて来ちゃった…伯母様達(男)に捕まりそうだったし」

「あのパワーには勝てないよな…」

「ね。」

顔を見合わせて笑うとすっと距離が近くなる。

「セラは、今、アルトリアにいるんだろう?留学だっけ?飛竜で来たと聞いたけれど…」

「うん。
契約をした飛竜もいるし…だから、これからもずっとアルトリアにいるようになるかな?
父様にも母様にも言ってあるから。
あぁ、後でカイル兄様にも俺の可愛い飛竜を紹介したいんだけど」

「可愛いって…あの山みたいな大きさのだろ?
それに、あいつら人を食うって話だし…いくらセラと契約してるって言っても、セラ以外を噛まないと言う保証はないんだろ?
だから…」

嘲るような冷たい声に顔を上げると、其処には顔を歪めた従兄がいた。

「…そんなことしないです…」

「…成人したのだから、そんな竜を置いてファレナスに戻って来い。結婚だって…俺と」

掴まれた右手首。
手にしたグラスが手を離れて床で割れた。

「カイル兄様!俺はシュクラと、俺の飛竜と契約を切るつもりも離れるつもりもない。
アイヴィス陛下はファレナスへ戻りたいと思えばシュクラを一緒に連れてもいいつて言ってくれた…
離して。
シュクラの所に行かなくちゃ。シュクラが呼んでる。」

淡々と答えたつもりが声が震える。
両親や兄達はシュクラを受け入れてくれたから大丈夫だと思っていたが、そうではない場合もある。
初めてシュクラに向けられた敵意。

「では、失礼します」

掴まれた腕を軽く振りほどくと、手首に付けていた真珠のブレスレットがぷつりと切れて、小さな珠が床に散らばる。
お気に入りのブレスレットだったが、それを拾わずにバルコニーを後にした。
父と母には体調が優れない。飲みすぎたのだろうと笑いながら伝え、兄達にはそろそろ眠いと目を擦って見せた。
親族達には軽く頭を下げると広間を退出して、自室に向かう。
唇を噛み締めないと涙が落ちそうだった。

「セラ」

呼び止められた声に身体が強張るが、その声の主を知ると、その腕の中に飛び込んだ。
アイヴィス様…
安心できる人の腕の中で静かに声を殺す。
そっと抱き締めてくれる腕が背中を軽く叩くと、そのままふわりと抱き上げられて自室に運ばれた。
漆黒の髪と瞳が夜風に溶ける。

自室の手前で気付いた侍従に扉を開けてもらうとそのまま下がっていいと伝える。
何かあったのだろうと察した侍従は人払いをしに踵を返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…

リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。 乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。 (あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…) 次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり… 前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた… そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。 それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。 じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。 ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!? ※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

痴漢に勝てない肉便器のゆずきくん♡

しゃくな
BL
痴漢にあってぷるぷるしていた男子高校生があへあへ快楽堕ちするお話です。 主人公 花山 柚木(17) ちっちゃくて可愛い男子高校生。電車通学。毎朝痴漢されている。 髪の色とか目の色はお好みでどうぞ。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

処理中です...