【BL】空と水の交わる場所~30のお題

梅花

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「私、貴方のあと、ファミレスでちょっと働いてたのよ」

 そんなことをあづさは語り出す。

 私は、
「聞きました」
と答えた。

「この間の私と同じように、私と間違えられたみたいですね。
 それで、そのまま働いていたと聞きました」

 自分が病院で寝ていたはずの期間にも、『私』が働いていたと聞かされ、気づいたのだ。


「働かなくていいだけのお金はあったんだけど。

 面白かったわ。

 それで、なんとなく、そのまま近くに住んでいたのよ」

 あづさはなんだか楽しそうにそう言った。

 人を殺し、顔を変えた彼女にとって、久しぶりに訪れた、いや、窮屈だった『佐野あづさ』の時代には訪れたこともなかった日常だったのだろう。

 奏は今の彼女の表情を何処からか見ているだろうかと思った。

 

 佐野あづさが告白を続ける中、奏の魂は、この教会に漂い、誰にも姿を見せずに、ひっそりと成り行きを見守っていた。

「じゃあね。
 おねえちゃん」

 あのとき、姉に手を振ったあと、私は花籠の前に立った。

 一度だけリハーサルをやった祭壇の前を思い出す。

 衣装合わせも別々にやったから、結局、衛の正装した姿は見れなかったな、とぼんやり思った。

 そして、今になって思う。

 私は本当にあづさのために、あの男を殺したのだろうか、と。

 ただ、自分が死ぬ理由が欲しくて、彼を殺したのではないか。

 復讐のために近づいたはずの衛への想いに苦しんで死ぬなんて思いたくなくて。

 死んでなお、何度も、部屋を訪ねては殺されにくるあの男。

 もうすべて、終わりにしたい。

 爆弾の入った花籠を見た。

 解除方法は聞いていた。

 これは脅しだ。

 思いとどまれとあづさは言っている。

 あづさは私が衛を殺すのだと思っている。

 だから、『佐野あづさ』のまま殺人を犯すなと言っているのだ。

 それくらいなら、佐野あづさを綺麗なまま爆死させると。

 あの日出逢った少女。

 人を殺してきたのだとすぐにわかった。

 自分と同じ、何かを恨む目をしていたから。

 爆弾に伸ばしかけた手を止める。

 八代という探偵に言われ、自分を思いとどまらせに来た姉の足音が遠ざかっていくのを感じたからだ。

 衛はもう来てくれただろうか。

 美容師たちは席を外している。

 今のままなら、馨も衛も巻き込んでしまうだろうか。

 爆弾の威力の程は聞いていない。

 もう何を考えるのも面倒臭い。

 いっそ、このまま――

 ただ、何もしないだけで死ねるのなら。

 そう思いながらも、今、自分に訪れようとしているその瞬間が怖くもあり、自分を違う世界に――

 いつも見えていた世界に連れていこうとしている花籠を視界から消すように、目を閉じた。

 だがそのとき、ドアが開く音がした。

「すみせーん。
 あの、先程、サイン……」

 はっ、と立ち上がった瞬間、鼓膜が震えた気がしたが、それも一瞬のことだった。
 



『わかったわ。

 だからね、おねえちゃんがこれ着て出てって、時間を稼いで。

 その間に私、姿を消すから』

 私は、そんな奏の言葉を思い出していた――。

「その爆弾で私を殺すつもりだったんですか?

 それとも衛を?」

 あづさの手にある花を見ながら私は問うた。

「さあね。
 なんだかこのまま終わらせたら、奏に悪い気がしたのよ。

 変ね。

 私にはもう、そんなまともな感情はないと思っていたのに」

 何処かで聞いた台詞だ。

 要を見る。

 彼と居るとき、いつも思っていた。

 私にはもう、そんな感情などないのだと。

 だけど、私は衛と出逢った。

 好きだったのだろうか。

 よくわからない。

 でも、衛と居ると、わからないまま、要と居る自分を恥じる気持ちが湧いてきた。

 花籠を見ながら、私は問うた。

「警察に捕まります?
 逃げてもいいですよ」

 なにっ? という顔で、麻紀たちが見る。

 兼平も来ていることに気づいていた。

 かつて、面識のあった彼にはわかっていたのかもしれない。

 私が咲田馨であることが。

 自然に滲み出す雰囲気というものは、自分では変えられない。

 咲田馨を知らない人間なら騙せても、知っている人間に、これは、あづさだと言っても、通用しなかったことだろう。

 威がすぐに気づいたように。

「『佐野あづさ』は確かに何もしていない。

 ご両親の死は証拠がないし。

 あの男は奏が殺した。

 爆弾だって、奏は解除できたのにしなかった」

 自分の顔をした彼女を見る。

「そうね。
 そういう意味では、花屋の店員殺したのは、貴方の妹かもね」

 そうだろう。

 そして、奏は、私たちも巻き込むとわかっていて、爆弾を止めなかった。

 あづさは言う。

「警察に捕まるわ。
 したいこと、もう何もないし。

 あの子が居なくなって、『私』も居なくなっちゃった」

 他人の顔で、彼女はそう笑ってみせた。



 
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