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均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話
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彼も気が付いたのか、先ほどまでの村娘にうつつを抜かしていた顔をやめ、口をしっかりと結ぶ。
「カラドボルグ所属の訓練生——し、失礼いたしました!」
「いえ、気にしないでください」
そう、聖剣育成組織『カラドボルグ』は聖剣についてきた剣士より位が高い。私自身は普通に振舞ってほしいのだが、将来の聖剣と考えられているせいか、皆、年下の娘に対してもこのようにふるまう。
「私が不用意に飛び出したことにより、訓練生様をこんなお姿に——大変申し訳ございません。実はまだ少々二日酔いが」
「気にしないで欲しい。私自身も不注意がありました」
「よければ兵舎にお越しください。タオルをお渡しさせてください」
「大丈夫ですよ。気にしないで——」
言いかけ、兵舎ならば、剣士たちがより重要な情報を得ているかもしれない。
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきましょう」
私はさりげなく髪を軽く絞る動作をして、剣士についていくことを示す。剣士は恐縮した様子で村の入り口まで私を案内してくれた。
村の入り口には簡易的なテントが三つ張られていた。
二つは剣士用でもう一つの大きめのテントはガドウ様用だろう。
私はタオルを受け取り、髪や服の水気を取りながら耳を澄ます。しかし剣士たちから聞こえてくる言葉はどれも私と同じだった。
唯一まともな手掛かりと言えるのは、情報提供者はレイスという中年の男性だったらしいが、この村にいなかったらしい。どうやら剣士たちも見えないグロウスに手を焼いているようだった。
仕方ない。これでは潜入した意味もない。私は剣士にお礼と共にタオルを渡し、テントを出ようとする。
「ん——」
「ガ、ガドウ様」
集合場所へ向かおうとしたとき、戻ってきた第三聖剣のガドウ様と目が合ってしまった。手に持った斬馬刀から湯気が立ち上っているところを見ると、どこかで剣を抜いてきたようだ。
ガドウ様は私を一瞥しただけで、剣士たちに激を飛ばす。
「探せ、ガキだ。礼服を着た女のガキがグロウスだ、生死は問わん」
ガドウ様の激に剣士たちは慌ただしく武器を持ってその場を後にする。テント前に残ったのは私とガドウ様だけだった。
「貴様は行かんのか」
どかっと木彫りの椅子に腰かけて、テーブルの上に出されている酒瓶をそのまま口にする。
「私は聖剣育成組織『カラドボルグ』所属、ミセリア=スペルビアです。初めまして第三聖剣ガドウ様。ただいま訓練の儀の最中でございます」
本来ならば胸に剣を当て挨拶するのだが、剣も代わりの棒すらない私は拳を胸にあてた。
「ふん、剣すら持たん聖剣見習いか。随分と質が落ちたな」
「返す言葉もございません」
私自身のミスで失ったものだ、それに反論する言葉を私は持たない。
「聖剣たるもの剣は命より守るべきものだ。それを失ったものを見ると滑稽でかなわん。貴様そのなりでグロウス討伐に参加する気か?」
「はい、聖剣見習いたるもの、グロウスに悩んでいる村があれば手を差し伸べたいと考えております」
「ほお……その見た目が女子供でもか」
暇を潰す様に、それとも酒のつまみなのか、ガドウ様は私に問いかける。
「——それは、」
「昔のグロウスは襲ってこなかったが、グロウス狩りが始まったと同時期にグロウス達も人々を襲い始めている。見た目が女子供であろうが中身は化け物だ。逃せば、次は貴様の友人か家族が死ぬ」
私は何故かシエロの姿を思い出した。シエロはグロウスではないが、もし彼女がグロウスになってしまったら、私は彼女を殺せるのだろうか。
「ふん——回答を持ちえぬか。それでは剣も響かんだろうな」
いや、魔術様の素材を集めている俺も響かんか——と小声で呟いた。
けど私は呟いた言葉よりも、第三聖剣と話している事の方が重要だと気が付いていた。
総司郎とシエロには可能な時に第三聖剣に相談するとは言ったが、本来ならば聖剣と会話するだけでも難しい。今話せているのはガドウ様の気まぐれで、奇跡の一つだ。
普段、不幸な私ならば分かる。
これはシエロから聞いた話を伝えるべきではないだろうか。
聖剣使いは世界の調停者であり、均衡者。国に配属されている以前に人類を守る守護者。総司郎に信じてほしいといった手前、ここで私が躊躇する理由はない。
理由はないのだが、ガドウ様という男を信用できるのだろうか。
いや、と私は頭を左右に振る。聖剣見習いが聖剣使いを信じなくてどうする。
彼らこそ力を持つ者。正しい判断を行うはずだ。
「ガ、ガドウ様」
聖剣使いこそ、私が目指すべき場所。人々を守る正しき組織。
「実は、グロウスを狩る以外に、このような話があるのです」
グロウス狩りをすることで国へ利益を還元し、己の私利私欲に走る事はない。信じて欲しい総司郎。世界はまだ、正しく動いているということを。
「グロウスは殺さずに鎮魂するべきです。私の友人のみがその方法を——」
鎮魂歌を歌うことで、正しい輪廻の輪へとグロウスが還れる事を説明し、ガドウ様は静かに聞いていた。
そしてテーブルに酒瓶を置いて、ゆっくりと目を開ける。
「——悪くない話だ」
ニヤリと鬼のような牙を見せて、ガドウは勢いよく立ち上がった。
ほら、総司郎、世界は正しく回っています。
聖剣は必ず、私たちの力になってくれると。
『均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話』
「カラドボルグ所属の訓練生——し、失礼いたしました!」
「いえ、気にしないでください」
そう、聖剣育成組織『カラドボルグ』は聖剣についてきた剣士より位が高い。私自身は普通に振舞ってほしいのだが、将来の聖剣と考えられているせいか、皆、年下の娘に対してもこのようにふるまう。
「私が不用意に飛び出したことにより、訓練生様をこんなお姿に——大変申し訳ございません。実はまだ少々二日酔いが」
「気にしないで欲しい。私自身も不注意がありました」
「よければ兵舎にお越しください。タオルをお渡しさせてください」
「大丈夫ですよ。気にしないで——」
言いかけ、兵舎ならば、剣士たちがより重要な情報を得ているかもしれない。
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきましょう」
私はさりげなく髪を軽く絞る動作をして、剣士についていくことを示す。剣士は恐縮した様子で村の入り口まで私を案内してくれた。
村の入り口には簡易的なテントが三つ張られていた。
二つは剣士用でもう一つの大きめのテントはガドウ様用だろう。
私はタオルを受け取り、髪や服の水気を取りながら耳を澄ます。しかし剣士たちから聞こえてくる言葉はどれも私と同じだった。
唯一まともな手掛かりと言えるのは、情報提供者はレイスという中年の男性だったらしいが、この村にいなかったらしい。どうやら剣士たちも見えないグロウスに手を焼いているようだった。
仕方ない。これでは潜入した意味もない。私は剣士にお礼と共にタオルを渡し、テントを出ようとする。
「ん——」
「ガ、ガドウ様」
集合場所へ向かおうとしたとき、戻ってきた第三聖剣のガドウ様と目が合ってしまった。手に持った斬馬刀から湯気が立ち上っているところを見ると、どこかで剣を抜いてきたようだ。
ガドウ様は私を一瞥しただけで、剣士たちに激を飛ばす。
「探せ、ガキだ。礼服を着た女のガキがグロウスだ、生死は問わん」
ガドウ様の激に剣士たちは慌ただしく武器を持ってその場を後にする。テント前に残ったのは私とガドウ様だけだった。
「貴様は行かんのか」
どかっと木彫りの椅子に腰かけて、テーブルの上に出されている酒瓶をそのまま口にする。
「私は聖剣育成組織『カラドボルグ』所属、ミセリア=スペルビアです。初めまして第三聖剣ガドウ様。ただいま訓練の儀の最中でございます」
本来ならば胸に剣を当て挨拶するのだが、剣も代わりの棒すらない私は拳を胸にあてた。
「ふん、剣すら持たん聖剣見習いか。随分と質が落ちたな」
「返す言葉もございません」
私自身のミスで失ったものだ、それに反論する言葉を私は持たない。
「聖剣たるもの剣は命より守るべきものだ。それを失ったものを見ると滑稽でかなわん。貴様そのなりでグロウス討伐に参加する気か?」
「はい、聖剣見習いたるもの、グロウスに悩んでいる村があれば手を差し伸べたいと考えております」
「ほお……その見た目が女子供でもか」
暇を潰す様に、それとも酒のつまみなのか、ガドウ様は私に問いかける。
「——それは、」
「昔のグロウスは襲ってこなかったが、グロウス狩りが始まったと同時期にグロウス達も人々を襲い始めている。見た目が女子供であろうが中身は化け物だ。逃せば、次は貴様の友人か家族が死ぬ」
私は何故かシエロの姿を思い出した。シエロはグロウスではないが、もし彼女がグロウスになってしまったら、私は彼女を殺せるのだろうか。
「ふん——回答を持ちえぬか。それでは剣も響かんだろうな」
いや、魔術様の素材を集めている俺も響かんか——と小声で呟いた。
けど私は呟いた言葉よりも、第三聖剣と話している事の方が重要だと気が付いていた。
総司郎とシエロには可能な時に第三聖剣に相談するとは言ったが、本来ならば聖剣と会話するだけでも難しい。今話せているのはガドウ様の気まぐれで、奇跡の一つだ。
普段、不幸な私ならば分かる。
これはシエロから聞いた話を伝えるべきではないだろうか。
聖剣使いは世界の調停者であり、均衡者。国に配属されている以前に人類を守る守護者。総司郎に信じてほしいといった手前、ここで私が躊躇する理由はない。
理由はないのだが、ガドウ様という男を信用できるのだろうか。
いや、と私は頭を左右に振る。聖剣見習いが聖剣使いを信じなくてどうする。
彼らこそ力を持つ者。正しい判断を行うはずだ。
「ガ、ガドウ様」
聖剣使いこそ、私が目指すべき場所。人々を守る正しき組織。
「実は、グロウスを狩る以外に、このような話があるのです」
グロウス狩りをすることで国へ利益を還元し、己の私利私欲に走る事はない。信じて欲しい総司郎。世界はまだ、正しく動いているということを。
「グロウスは殺さずに鎮魂するべきです。私の友人のみがその方法を——」
鎮魂歌を歌うことで、正しい輪廻の輪へとグロウスが還れる事を説明し、ガドウ様は静かに聞いていた。
そしてテーブルに酒瓶を置いて、ゆっくりと目を開ける。
「——悪くない話だ」
ニヤリと鬼のような牙を見せて、ガドウは勢いよく立ち上がった。
ほら、総司郎、世界は正しく回っています。
聖剣は必ず、私たちの力になってくれると。
『均衡者見習いと鈍赤甲冑の道化話』
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