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無色の俺と鈍赤甲冑と墓守の少女

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 正直、俺は朝に強い方ではないので、僅かばかり欠伸を噛み殺しながら歩き出す。



「行くぞシエロ」



「——シエロも一人で探す」



 両手に力を込めて、シエロはキッと俺を見上げる。どうやらヤル気は一杯のようだ。



 ガドウや剣士たちもいる。もし極彩色の魔女だとばれたら——うーん。



 しかしシエロはやる気だ。このやる気を育てるのが親の務めではなかろうか。親ではないが。



「まあ、村もそんなに広くないしいいだろ。けっして細い道に入るなよ? 人通りの多いところで聞き込みをすること。怪しい人には話しかけない。お菓子やお金を上げると言われても着いていかない。暗くなる前に帰る。危なくなったら俺の名を大声で呼ぶ」



「わ、分かってるよ。シエロだってこのくらいできるよ! まっかせといて」



 平らな胸を張って、どんと拳を叩きつける。



「ああ、気をつけてな」



「うん!」



 シエロは言われるがままに走り出し——近くにいた猫にすぐちょっかいを出していた。大丈夫だろうか、逆に大丈夫か。猫と遊んでるくらいだし。ほら、今も猫とすぐに歩きだして広場へと向かった。



「と、いかんいかん。これじゃ完全に親ばかだ。アトラ、人工衛星でシエロに危険がないか見張っててくれ」



『承知しました』



 俺はとりあえず、行商人として村人に近づき、この村でグロウスを見なかったか、または魔術研究者を見なかったかなど、グロウスに繋がる情報を次々聞いていった。



 見ず知らずの人に話しかけるのは苦手ではない。まさかここでもブラック会社での能力が役に立つとは思わなかった。



 駅前で誰それ構わず、名刺交換をしたっけ——なんという新人潰しの研修だったか。



 だが聞けども聞けども、誰一人グロウスの存在は知らず、魔術研究者すら存在しない。どう考えてもこの村は平和で喉かなアーガイル村だった。



「おいおい……こりゃ第三聖剣を偽情報で呼び出しただけなんじゃねえのか……」



 情報提供者の命はもうないな、と思いながら村の端まで来るとそこは共同墓地だった。



 共同墓地には三十ほどの墓石が並んでいて、真ん中に黒いワンピースを着た黒髪の少女が祈っていた。年の頃はシエロと同じくらいか。髪は癖毛で背中の辺りでウェーブがかかっている。



「あの子に話でも聞いてみるか」



 墓地は小高い丘になっていて、俺はゆっくりと昇っていく。ゆっくりと一歩一歩確実に。公園にあるような小高い丘だ。すぐ到着するはず——なんだが一向に墓地へと足を踏み入れることができない。



「な、なんだ。おいアトラ、この丘って上から見て違和感あるのか?」



『いえ、一般的な丘である確率は九九%です』



「だよなあ」



 俺が必死に丘を上っていると雲行きは徐々に怪しくなる。さっきまで晴れていたのに、知らぬ間に雨を含んだ真っ黒な雲が空を覆い始めた。



 ゴロゴロと雷鳴を轟かせぽつぽつと雨を降らす。



「げ、一度戻った方が良いか?」



 しかし墓地にいる少女はまだ墓参りをしている。しゃがんだままずっと。



 額にぽつぽつと雨が辺りはじめ、さすがに宿に戻ろうと思った矢先、俺は突然、トラックにでも体当たりされたかのような衝撃により、無理やり丘から弾き飛ばされた。



 ぐるぐる回る視界の中には巨大な甲冑と牛のような兜をまとった人間の姿が見える。



「ガ、ガドウ?」



 突如雷鳴がとどろき、ガドウが巨大な斬馬刀を天空に掲げる。斬馬刀は避雷針となりガドウそのものに轟音と光が落下する。



 俺は地面に倒れ伏しながらも、何とか顔を起こしてガドウの姿を見た。ガドウは撃たれつつ何事もなかったように剣を一振りし俺を見た。



「大丈夫か小僧」



 そこまで離れていないのに大声である。



「あ、ありがとう」



「まだ来るぞ。紳士ならば運に頼らず、己を頼れ」



 ガドウは悠々と斬馬刀を持ちながら墓を見やる。墓からはボコボコッと次々と手が生える。それでも先ほどの少女はまだ墓参りを続けている。



「危ないぞ、きみ!」



 俺はありったけの大声で叫ぶが、彼女には全く届かない。墓から這い出た三流映画のようなゾンビたちは、予想以上に早い足取りでガドウへと向かう。



「はっはっは! 貴様らがグロウスか? これまで見た中で一番弱そうだ!」



 あれほど巨大な斬馬刀を素早く動かし、ほんのひと振りでゾンビたち数十名を粉々に叩き潰す。



「こいつらはグロウスでもなんでもないな。寄生虫に取りつかれて動くゾンビではないか! 片腹痛いわ!」



 準備運動にもならないといいながら、ガドウはその場で退屈そうに剣を振る。その風圧が俺の近くにも届くので十分に怖い。



「アトラ、来れるか?」



『マスターのご希望に添えそうにございません。ですがここぞというときならば、一撃だけ——一撃だけならば期待できます』



「分かった、ならもう少しダンジョンで楽しんでてくれ」



『ご不便をおかけします』



「お互い様さ、金も入ったし、上手い動力をたらふく食わせてやるよ」



『期待せずに待っております』



 俺は右腕に意識を集中する。あのラプチャーを殴ったときの右腕。あれは俺の中にいるグロウス「インフェルノ」——通称パスカル君の力を集中した白き焔の牙。



 焔を右腕に宿し、襲い来るゾンビの顔をぶん殴るとゾンビはその場で真っ白な焔に一瞬で包まれ、塵となって消えた。



 こ、これは予想外に効果があるぞ!



「ほう、見たことのない技を使う小僧だ」



 ガドウも俺の姿を見て感心しているようだが、俺の内心はグロウスの技だとばれたら殺されるのでは? という恐怖がある。



「小僧、ここで耐えていろ。紳士としてこんな茶番に付き合う気はない」



 ガドウは赤焦げた兜の面を上げ、腰に下げた酒瓶を一気に煽った。飲み終わった瓶を地面に投げ捨て、斬馬刀を低く構える。



「うははははは!」



 高らかにガドウが笑いだすと、赤焦げた甲冑も同時に鈍い赤を放ちだす。



「この光、黄金甲冑の時と同じか——」



 ならばガドウは大技を繰り出すはずだ。



「グロウスはそこの幼子よ。消し炭にしてくれるわ!」



 全身の鈍い赤が斬馬刀の刀身へとワインが滴るように集まっていく。徐々に徐々に。滴りはいずれ水となり、水はいずれ大河となる。大河をまとった斬馬刀は横一線に構えられ、



「だりゃああああああ!」



 ガドウの気合と共に振りぬかれた。



 斬馬刀から放たれた鈍色の一太刀は、次々と細かい線に分裂し、一つ一つが鋭利な糸のようになり、少女めがけて天から降り注ぐ。



 一つ一つの鈍色の雨があまりに強すぎるのか、地面をえぐり、少女自身も鈍色の雨に飲まれていく。



 三百六十度を包囲する雨に逃げ場はなく、中の様子も窺い知れない。



 ガドウは右手を大きく上げ、指揮者のフィニッシュのように強く手を握った。



 すると雨はピタッとその場に停止して、空気に溶けるように消えていく。



「——あん? 逃がしただと」



 画像は眉をひそめ、先ほどまで少女がいた場所を睨んだ。



 だがそこに少女の姿はなかった。



「くそ、魔術系のグロウスか、面倒だ」



 腰に下げた鞘へ巨大な斬馬刀を装着し、ガドウは俺へと振り向く。



「じゃまだ、小僧」



「わ、わるい」



 俺はすぐに脇に避けると、ガドウは目だけで俺を見て、つまらなそうにその場を後にした。



 気が付くと雨は晴れており、振り返ると墓地は傷一つなく、再びそこに存在していた。





 『無色の俺と鈍赤甲冑と墓守の少女』
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