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第7話 極彩色の魔女と虹色の飲み物

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「すげえ、これがこの世界の料理か」



 鶏の丸焼きがテーブルの中央に鎮座し、肉を囲むようにトマトやキャベツっぽい色鮮やかな野菜が添えられている。カボチャ色のスープが俺たちの前に置かれ、表面が固そうなパンが主食として並べられた。



「わああ、いただきまーす!」



 シエロが鶏肉に手を伸ばしピタッと止まる。



「これ、どうやって食べるんだよ?」



 シエロの姿をおかずにして、何倍でも夕飯を食べるために向かいの席に座ったマリアベルがくっくっくと自慢げに笑う。そして高らかに右手を上げ、大きく指を鳴らした。



「……何やってんだマリアベル」



 俺はとりあえず切り分け用のナイフとフォークを手にもって、鶏肉を切り分けていく。横浜中華街に出向き、お客さんの接待をよくしていたので、おかずのとりわけは自然と体が動いてしまう。



 その間もマリアベルは何度も指をパッチンパッチン鳴らしている。仕舞には椅子から立ち上がり、片足を椅子に挙げて、大きく響く最高の指パッチンをした。



 あまりにも綺麗に響き渡る指パッチンだったので周囲の目線が集まる。



 数秒後、そっと足を下ろして背中を丸めながら、マリアベルは机に額を押し付けた。



「どーしてメイドが出てこないの……なぜ? 食堂といったらメイドでしょ? 切り分けてくれるでしょ? どうやってご飯食べてるの普通の人は? カッコよく呼び出してシエロちゃんに良い所見せたいでしょ?」



 ぼそぼそと呟きながら現実に打ちひしがれている。



「どこの世界でも自分で切り分けるんだ、普通はさ、ほれ」



 適度に切り取った鶏肉へサラダを添え、ついでにプチトマトを乗せてマリアベルに差し出す。



マリアベルは反応がなかったが、ゆっくりと体を起こして盛り付けられたサラダを見る。



「……総司郎ってメイド?」



「ちげーよ、何処の世界に無精髭のメイドがいるか」



 三十過ぎると夜には髭が生えてくんだよ。



「大皿から小皿にこんなに綺麗に盛り付けるなんて、旅人にしておくのはもったいない」



「俺のいたところでは、俺くらいになれば誰でもできるんだ」



 今にも涎をたらしそうなシエロの前にも、同じように鶏肉を差し出す。



「帽子は脱いでから食えよ、その方が品が良いし」



「そうじろうは、お母さんみたいなんだよ」



 面倒くさそうに反論するものの、シエロは素直に真っ白な魔女の帽子を脱いだ。帽子を脱ぐと絹のように滑らかな髪質が尚更よく分かる。食堂のカンテラで照らされていてもその白さは染まる事がない。



「もうメイドでもお母さんでも、何とでも言ってくれ」



 やれやれと肩をすくめると、シエロとマリアベルは何処が楽しかったのか、顔を見合わせてにっこりと笑い合った。



 それから俺たちは腹が減っていたせいもあり、会話もなくご飯にありついた。



 食後のお茶っぽいものを飲みながら初めに口を開いたのはマリアベルだった。



「シエロちゃんはなんでお父さんと旅しているの?」



 シエロは悩むでもなく、両手で湯呑を持ちながら答える。



「グロウスを全て鎮魂——」



「ああああああ、うん、社会勉強な、社会勉強! 今は魔法開拓時代って言われるくらいだろ、歴史の転換期を見せてやりたいのさ」



「なにいってるんだよ、そうじ——」



 語りきる前にシエロの口を塞ぎ、近くの柱の陰に走り去る。



「何するんだよ、ソウジロウ! シエロすっごくくるしかった!」



 口から手を離すと小動物みたいにシエロは小さく唸った。



「いいかシエロ、この町では、いや俺以外にはグロウスを全て鎮魂歌する、とか、魔法をこの世界から消すなんて言っちゃだめだ」



「でも、シエロの目的は……もう、永遠に苦しむグロウスなんて見たくないんだよ」



「ああ、分かってる。でも正直じゃダメなんだ。正直だけじゃ成し遂げられないこともある」



「——本当のことはだめなことなの?」



 心を見透かすような純粋な瞳で俺を見上げてくる。



 シエロは極彩色の罪人と呼ばれている魔女だ。何故、罪人と呼ばれているかは極彩色の魔女たちが、過去に魔術に関わる全ての知識を焼き払ったからといわれている。そのせいでこの世界は魔術の発展が遅く、今やっと魔術開発が歩みだしたところだった。



 そしてこの街、アルデバランは魔術革命の波に乗り、多くの魔術に携わる者が集まっている。マリアベルもその一人だ。



 魔術の発展で生活が豊かになると希望持つ者たちがとても多いのは、この食堂にいるだけで伝わってくる。賑わっている食堂で夕飯を食べているのは、ローブに身を包んでいるインテリ達たちでごった返している。



 俺がイメージしたファンタジーな世界じゃない。筋骨隆々でモヒカンの戦士なんて何処にもいない。



 飛び込んでくるガヤに耳をすませば、誰もが魔術の内容についてあーだこーだと議論を交わしているのが分かる。楽しそうに、時には言い合ったり。



 そんな魔術大討論会みたいな場所で、『俺たちはグロウスもろ共、魔術を全て無かったものにする!』なんて言えるだろうか。



 現実世界で科学の発展を邪魔する者と同じだ。科学は生活を豊かにすると信じている者たちへ、真っ向から反対するのは至難の業であり、時代が時代なら命の危険すらあるだろう。



 今がその時代なのだ、分かってくれシエロ。



「——、く」



 だが考えていた全く同じ説明ができない。口に出せない。



 シエロを含む極彩色の魔女たちは、皆、グロウスが人間を含めた元生き物だと知っている。そして彼らが輪廻転生しても何度もグロウスとして焼かれて死んでいかないように、魔術の知識を全て捨て去った。



 それを全て見てきたシエロに、嘘をつけなんて、言えるのか?



 大人の事情で。これが正しいやり方だと言い聞かせて。



「俺はまた、同じことをしようとしている」



 自分の考えと感情を押し込めて働いてきた結果、八方塞になったじゃないか。大人になって我慢ばかりをしてきた。馬鹿正直は上司や後輩に都合よく利用されたし、そのせいでしなくてもいい苦労もしてきた。だから正直に生きるのはやめた。適当に嘘をついたり、都合よく自分を納得させてごまかしながら生きてきた。



 シエロにも同じ道を歩ませちゃいけない。



 こいつはまだ世の中のことを知らない真っ白な魔女なんだから。



「何かあったら俺が守るくらい言って見せろ、俺」



 だから好きに話していいって。



 その結果、マリアベルに敵扱いされようが、極彩色の罪人とばれて街の奴らに追われようが、俺が守ってやると。



「シエロ、ごめん、俺が間違ってた」



 あまりに喋らなかったせいか、シエロは心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。胸に抱きかかえた帽子はクシャクシャだ。



「大丈夫、そうじろう?」



「大丈夫だ、すまない、戻ろう。マリアベルには好きに伝えていい。何かあったら俺が何とかする」



 シエロの手を引いて、マリアベルの元に戻る。



 すっかり待たされたマリアベルは、少し不機嫌そうにカラフルな飲み物を飲んでいた。なんだそのレインボーな飲み物。アメリカン過ぎない?



「おそいじゃない、総司郎! 家族会話は終わったの? まとまったにー?」



「大丈夫かマリアベル、なんか呂律が回っていないようだが」



「大丈夫に決まってるじゃない、うちぃを誰だと思ってるのよお!」



 しらねえよ! と内心突っ込む。口に出したら酔っぱらいは反論すると分かってるからな。



「シエロちゃーん、お姉さんとのものもー?」



「マリアベル、凄い臭いんだよ……」



 つつつ、とマリアベルの手を逃れて、シエロは俺の後ろに隠れる。しかしこの世界は子供が酒飲んでもいいのか? 異世界ってのはそこまで法整備は進んでいないもんなのか?



 ちらっと周囲を見渡すと遠くにいるウェイトレスが、ペロッと舌を出してウィンクした。



 あ、これ間違って出したパターンだわ。



「シエロちゃーん、それでどうして旅してたのー? うちにも教えてよー! 可愛いお姉さんがほしかったの? お姉さん候補を探してたんでしょ! それはどこにいるかって、ここでーす、めのまえでーす!」



 喋りながら立ち上がって、獣のような敏捷さでシエロを抱きかかえて頬ずりする。



「うああああ、凄く臭いんだよおおおお、こんなに臭いのは、姉さま以来だよお!」



「ほおら、今の姉さまはあたしだよお、うちに話すまでは絶対に離さない☆」



「そうじろうー!」



「話せ話せ! 好きに話せ! 最悪俺がまた飛べばいい!」



 アトラスの力がある程度、回復していればの話だが。



『マスター簡単におっしゃいますが、その分の環境破壊はかなり進んでおります。地上に住まう動植物はおろか、川の水も飲みほしそうな勢いです。それでもあのときと同程度の跳躍力は期待できませんが』



「元の燃料が優秀過ぎだろ! まあ、身を護れる程度ならいい」



『それなら訳もありません。数秒もかからず焼け野原程度になら出来るでしょう』



 ならいい、今は好き放題飲み食いしてくれ。すまんな大自然。あと焼け野原っていうけど、好きなの? 口癖なの? マジなの?



「シ、シエロとそうじろうは、」



「シエロちゃんと、ひげのおっさんはあ?」



「地味にディスってくるな、昔はそこまでは得なかったから結句傷つくんだぞ」



 何だこの軽い展開は。この街の全てが敵に回るかもしれないのに、この緊張感のなさ。周囲の魔術師たちも、マリアベルの酔っ払いぶりに注目している。



 なんせ何も考えずに立っているだけでも、男なら目に留めるほどの金髪少女だ。美をつけてやってもお世辞じゃない。そんな少女が火照った顔でシエロとイチャイチャしてたら気にもなろう。





「シエロとそうじろうは、この世界のグロウスを全て鎮魂させて、魔術を全て無くすんだよお!」





 言った。ついに言った。



 食堂の中はしんと静まり返る。



 唾を飲み込む音が異様に耳に届く。



 すぐにでもアトラスを呼び出せるように俺は身構える。



 魔術というものが数時間で発動するような代物と、黄金甲冑は言っていたがこの人数だ。しかも奴は魔術に疎いと言っていた。もしかしたら魔術はもう少し研究されて、イメージ通りの強力な攻撃手段になっているかもしれない。



 必ず、シエロだけでも護らないと。



 いや、他人の幸せを見たい人間としては、絶対護る。





「ふ、ふはははははは!」



 どこで誰が笑ったのか、ある一人の笑いから次々と笑いが広がっていき、再び皿とフォークがぶつかり合う環境音が戻ってくる。



「面白い冗談言ってるねえ、シエロちゃん。大人が言ったことは全部、反論するイヤイヤ期なのかなー?」



 それは二、三歳の赤ちゃんだろうが。よく知ってるな。



「となると、本当はー、総司郎は、」



 臭いで吐きそうな顔のシエロをそっと床において、マリアベルはちょっと背伸びをしながら俺に顔を近づける。顔は可愛いが、こんなに酒臭い奴いるか? さすがに同情するぞ。



「逆のことだからあ、魔術の燃料となるグロウスを増やしまくって、最強の魔術師になる旅ってことかあ。そんな大それたこと、確かに言いにくいもんね。ふーん、まあ、サラダの取り分けの手際も良いし、そこも黒甲冑に似てるんだよねえ。最強の魔術師を目指す人はみんなサラダの取り分けが上手いのかにゃあ」



「いや、俺はだな別に魔術師を志しているわけじゃ——黒甲冑?」



 また黒甲冑の名だ。凶悪なグロウスばかりを狩る黒甲冑。そんなに有名人なのか?



「なあマリアベル、その黒甲冑ってのは」



「はゃあ」



 息の抜けた声でマリアベルの顔が視界から消えた。正確には膝から崩れ落ちたのだ。あれだけ絡んでおいて寝落ちかよ。お前は取引先のキャバクラが大好きなおっさんか?



「しかたねえ」



 俺は近くの間違えて酒を出したウェイトレスを呼び、宿屋の場所を聞いた。食事代は幸いなことにマリアベルが前払いで払っていたそうだ。この予算で作れるものを作ってほしいと。



 結局騒ぎ疲れてしまったシエロとマリアベルを、両肩に担いで宿屋に向かう。アトラス<両腕のみ>の力がなければできない芸当だった。



 宿屋についてからは宿代は明日払うと言って、悩んだ末に部屋を二つ用意した。俺だけの部屋と、隣にマリアベルとシエロの部屋である。



 せめて近くにしたのは何かあれば、俺がすぐに飛び出せるようにだ。



 スーツを脱いでベッドに倒れこむと、急激に眠気が襲ってきた。現実世界ならば床のように固いベッドだが、今の俺には天使の羽のように最高の寝心地だった。



 うつ伏せのまま気を失うように、俺は暗闇へと落ちていった。



 眠る直前に何を考えていたかすら霧散した。





第七話 極彩色の魔女と虹色の飲み物
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