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第5話 灰色だった俺と極彩色の魔女

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 ここで死ぬのか、ここで。





 ふと、脳裏に思い出されるのは仕事場だった。







 俺個人的には全く使わないし、意味もないと思っていたサービスや古いパソコンを次々と老人に契約させていくのが仕事だった。所謂ブラック会社なんだと思うけど、何処もそうなんだろうとも思ってた。転職したって似たようなもんだし。



 でも俺はやっぱり罪悪感で、老人相手に不安を煽り、無駄な商品を売ることはできなかった。そのせいで営業成績は毎月びりだ。



 それでも何とか通い詰めて、やっとお茶を出してくれるほど仲良くなったおばあちゃんに、パソコンを一台買ってもらうことができた。気分は最悪だった。



『部長、やっぱりできません。こんな古臭いパソコンを何十万で売りつけるなんて。騙してるよううなもんじゃないですか』



『バカ、関係ねえよ。相手がどうなろうと。俺たちはモノを売らなきゃ、給料が出ねえんだ。給料でなきゃ、生きていけねえだろ。買う方がわりいんだよ。情報も調べねえで、勝手に不安になって勝手に納得して買ってくれるんだから。俺たちはな、商品じゃない、安心を売ってんだよ』



 ですが、とそれ以上口答えをすれば殴られる。だから口を結んだ。無意味だ、力のない一社員が、愚痴を言ったところで何も変わらない。それに俺もこれ以上転職はできない年齢だ。ここで辞めたら、一生、まともな職には就けない。生活を守るためだ。生活を守るためだ。





 それから数か月後、ふとしたきっかけで、仲良くなったおばあちゃんの家の近くに営業に出ていた。久しぶりに顔を出そう。そして少しでも有意義な使い方を覚えてもらうのもいい。罪滅ぼしじゃないが、技術が上がれば、老後もきっと楽しいことが増えるはずだ。



 そう思って足を向けると、おばあちゃんは亡くなっていた。





 なんでもパソコンを購入したことを話したところ、スペックに見合わないため家族に責められて、自責の念から自ら命を絶ったのだそうだ。





 現実世界でも、人は人を殺す。こうやって人を殺す。自分の生活を守るために殺す。生きるために殺す。そんな生活が嫌で、抜けだしたかったんだろう。



 誰も幸せに出来ずに、仕方なくても不幸の土台の上に自分の幸せがある事が、許せなくなっていたんだろう?



 だから俺は願ったんだ——叶うことなら、流星のように一時だけでも輝きたいと。



 輝きを見たものが幸せになれるようにと。



「だから、まだ、しねねえええ! 他人の不幸の土台に立って幸せを搾取しやがるクソブラック会社を全部つぶすまでは絶対に死ねねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」



 暴れように全く動かない。ただの塊になったアトラスは気合では決して動かない。人は不便なもので道具がなければ獣以下だ。



 だが、二人より添えば、獣以上。



 物体となったアトラスの外装から圧力を感じることはないはずなのに、強く腕を掴まれている気がする。



 熱が優しく体中に広がっていき、心の焔に薪をくべる。



『シ、ステム——スリープモードから起動。おはようございますマスター。周囲の明度からどちらかというと、こんばんわ、でしょうか』



 アトラの間抜けな言葉と共に黄金甲冑から放たれる光の奔流が、地面を削りながら迫ってくる。



「全方位シールド展開!」



『ディフェンスモード起動』



「あるのかよ! 言ってみるもんだな!」



 両足の踵から爪のようなものが地面にがっしりと打ち込まれる。背中にいた魔女は俺の背中に寄り添う。両腕をガードするように近づけると、幾何学模様が走り、俺たち二人を包み込んだ。俺たちは太陽に飲まれたかのように光に全身を焼かれる。



 俺は大丈夫だが、このシールド内にいる彼女は大丈夫なのか?



「耐えててもらちが明かねぇ、ここは——」



『全マルチロックミサイルにて、焼け野原にできますが』



「却下だ、光に紛れて戦力的撤退だ。やっちまう必要はない」



『了解しましたマスター。ディフェンスモードからイェーガーモードへ移行』



 俺は強く魔女を小脇に抱きかかえる。



「悪いな社畜騎士さんよ、俺は誰かの幸せのために生きてみたい!」



 全身が後方に引っ張られるような感覚、黄金剣から放たれた力も手伝ってか、勢いよくその場を飛び立つ。



 きっと地上からは黒い流星に見えただろう。





 ★★★





 俺は外の河で髭を剃っていた。



「いて」



 異世界のカミソリは最悪だった。刃が一枚でシェービングジェルもない。三五歳の中年の髭は鋼鉄のように固いので、この程度の刃ではカミソリの方が欠けてしまう。



「いっそ、高周波ブレードでも使ってみるか」



 例の分子崩壊を起こす超絶危険ナイフで髭を剃れば中年オヤジの髭なんざ二度と生えてこないだろう。まあ、実際試さないし、試そうにしてもアトラスは今ここにない。



 あの戦略撤退から六時間、遥か彼方の村の端にに落下した俺と魔女は人口数十人という村の端で、元馬小屋だった廃墟の小屋に厄介になっていた。



 めっちゃ臭いんだなこれが。誰も住んでないからいいんだけど。



 着地した瞬間、アトラスは元の液体金属に戻り、ぬめぬめしながら森へと向かっていった。なんでも『捕食』と『日光浴』で原動力を回復するらしい。何を食べるのかは聞かなかった。



 たとえそれが生き物だったとしても、生き物を丸呑みするスーツを着用する身になってみろ。なんか気持ち悪いだろ? 着用中に昇華中の映像とかみたくないじゃん? 



 あんまり想像したくないから、俺はとりあえず、異世界移動で疲れ切ったアトラを笑顔で見送った。俺の耳元の後ろにアトラの一部が粘着し、状況を把握しているけど、必要なときは蒸着と叫んでくれといっていたが、それも恥ずかしいので別の言葉を打診しようと思う。



「どうすっかな、これから」



 天は青空、実に清々しい。魔女は周辺を散策していると出ていったまんまだ。



「しかしなんであの時、力が戻ったんだ……?」



 よれよれのスーツは皺以外何もない。俺自身もケガはない。けれど体の奥底から熱い気持ちが沸きあがっている気がした。



 と、寄り添うように青い焔に飲まれた犬が俺の足にすり寄っている。不思議と燃えない。



 この犬も燃えすぎててよく分からないが、じっと見るとうっすらとシルエットが見える。この間抜けな顔にぷりぷりとした尻と、切られた尻尾——。



「おまえ、オオカミじゃなくてコーギーだったのかよ……」



「ゴゥ」



 炎が揺れるような音で、犬は鳴いた。



「あ、パスカル、そこまで戻れたんだね」



 振り向くと真っ白な血みどろの魔女がにこにこと笑って、パスカルと呼んだ犬を手招きしてる。パスカルは嬉しそうに——炎に包まれすぎてて火の玉にしか見えないが——とことこと駆け寄り、多分魔女の前で腹を向けて寝そべった。



「お前、見た目スゲーな。スプラッターだよ。お化けも真っ青だよ。てか、なんか幼くなってない?」



 連れ去られた時は、一五歳くらいに見えたが、今は無邪気な小学生中頃くらいに見える。



「館に隠してた魔術の秘密道具で、シエロの見た目を大人にしたんだけど、結局捕まっちゃった。もっと威厳、出せばよかったよ」



 ふん、と鼻を鳴らしてパスカルの腹をなでる。



「それより、あなた。その声慣れない」



「慣れないって、俺だって知らなかったんだよ。まさかあんな声出してたってな」



「もっと野太くて、とても偉そうなお爺さんかとおもったよ」



 これも去り際のアトラに確認したが、アトラスを着ているときに俺が発した声はアトラスを通して再生される。その声質は変更できるが、開発者の趣味でデフォルトは元軍人でスニーキングミッションが得意なバンダナ軍人をイメージした声だったそうだ。



 今はアトラが残していった一部が声帯に貼りつき、震えに影響を与え、異世界言葉を喋っているそうだ。声質は俺のままで。



「まあ、おじいさんまではもう少しあるがな。それで、なんで俺からコーギー犬が出てきたんだ?」



「パスカルをあなたに移植したの。できるとは思わなかったけど、上手くいったみたい」



「移植か、もしかしてそのせいでアトラスが再起動したのか……」



 あの青い焔に包まれているグロウスは魔力の塊だと言っていた。もしかしたらアトラスの動力として偶然にもマッチしたのかもしれない。何とも出来過ぎた話だ。いや、あれだけの兵器ならなんでも取り込めるだけの可能性はあるのかもな。



「本当はパスカルは、放っておけば安らかに鎮魂したんだよ。そうすればもうグロウスとして苦しむこともない。門番をしてたタツタ君も」



 タツタ君ってまさかあのドラゴン? なんかひどくね?



「なあ、グロウスってのは何なんだ? 実はよく分からない」



 それはね、と彼女はパスカルを抱き上げて俺の顔を見る。顔を洗ってきたのか、べっとりと付いた血ノリは顔にはない。幼くも意志を宿した顔だけがある。



「魔術に汚染された者の成れの果て。グロウスとなって地上のどこかでずっと身を焼かれながら彷徨うの」



 彼女は悲しそうにパスカルをなでる。



「シエロはグロウスを鎮魂歌で送り出すことができるんだよ。お姉様たちが私に継いでくれたのはちょっとした魔術と歌だけ。タツタ君もパスカルもよっぽど汚染されてたから、ゆっくりじっくり鎮魂してたんだけど、見つかっちゃったから」



「じゃあ、俺が倒したドラゴ——タツタ君は——」



「うん、またどこかにいると思う」



「……すまない、何も知らないで」



 ううんと彼女は首を左右に振った。



「シエロが全てを鎮魂するの。魔術の素材にされると激痛や痛み以上に過酷な苦しみがかかると言われていて、新たなグロウスに生まれ変わったとき、更に苦しみながら彷徨うの。そんな姿はもう見たくない」



「そっか。なあ、グロウスって魔術の根源になるんだよな。じゃあ、グロウスが消えたら魔術は使えなくなるってこと?」



「うん。でも魔術がなければ魔術汚染でグロウスになる生命もいなくなるし、一生彷徨い続けるグロウスもいなくなる。発展はしてもいいけど、別の方法を模索してほしいんだよ」



 こいつ見た目によらず、よく考えてるな。魔術的発展をするなというだけでなく、別の道を模索しろと考えるなんて。



「お姉様たちは言ってた。あなたと同じことをね」



「俺と?」



 なんか言ったか俺。ブラック会社潰してやるくらいしか覚えてねえ。



「……おしえない」



 悪戯っぽく笑って、地面にパスカルを下ろす。



「それじゃシエロはそろそろ行くよ。罪人じゃないけど極彩色の魔女は忙しいんだよ」



 ぱっぱっと元真っ白だったローブをはたき、先っぽがよれよれの帽子をぐっと被りなおす。



「鎮魂歌を歌うのか」



「それがシエロの役目。いつか魔術がなくなる日まで歌い続けるの」



「あ、こいつはいいのか?」



 地面を指さすと、パスカルが、コウコウと息を吐いている。



「シエロじゃ分からないけど、パスカルは何故か汚染に苦しんでないんだよ。あなたが普通じゃないのか、何か理由があるのかも。それに今パスカルを鎮魂すると、多分あなたは立てないと思うの。シエロがみるに、まんしんそういって気がするの」



「そうか?」



 子供の前だから言わなかったが、少し筋肉痛が出てきてるんだよな。まだすぐ痛みが出るってことは若いってことか。



「だからパスカルは置いてく。元気でねパスカル。この人を助けてあげてね。またいつか会う日は、別れの時だから」



 悲しそうな顔して目を伏せ、指で拭ってからすぐに背中を向く。



「もう行くの」



「子供の一人旅は危なくないか?」



「近くのグロウスに助けてってお願いするから大丈夫」



「旅慣れてるのか?」



「旅は人を成長させるって、シエロのお姉さま方が言ってたの」



「そっか」



 その言葉を聞くと魔女はとことこと村の出口へと歩いていく。もともと小さかった背中はさらに小さくなり、街道へと続く道へと一種懸命に歩いていく。



 やれやれだ。



 現代の大人ってのは本当に素直じゃない。意地を張らなきゃいけないこともあるし、生活の為に嫌なこともしなくちゃいけない。言葉巧みに相手の言葉を誘導させることもしなくちゃいけない。



「でもここは異世界だ」



 もう相手の不安を煽り、驚かせて答えを吐かせるのなんてやっちゃいけないことなんだ。



 一言が出なくても、一言さえ出れば、俺は何者かになれる気がした。



 さあ、声を上げろ。



 目いっぱい張り上げろ。



「シエロ! 俺も一緒に旅させてくれよ!」





第五話 灰色だった俺と極彩色の魔女
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