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第3話 灰色の俺と無色透明な未来地図
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人生で生まれて初めて馬車に乗ったが、こんなにも揺れる物だとは思わなかった。俺の生まれ故郷は東北の山と川しかないド田舎だが、それでも道路はコンクリートで舗装されていた。
この異世界の道は踏み固められただけの道のようで、どうにも上下に揺れるし、時折左右に揺さぶられる。馬車そのものはホロではなく、木材を中心に金細工などで加工が施された貴族でも乗っているような様子だった。
案外、貴族みたいなものなのかもしれないなこいつは。
黄金の甲冑に身を包み、ライオン色のマントを羽織っている美男子、王がどうとか言っていたから、王に仕えている身分なのだろう。
馬車は二つの月明かりに照らされながら、深い森を街道沿いに進んでいく。馬車は幾つかに分かれており、前の方と後ろの方には、戦闘要員の騎士たちが乗っているようだ。隊列の中央には俺たちと、例の罪人という女が乗せられた馬車がある。
全てはアトラの生体感知のおかげで、俺を取り巻いている情報が手に取るように分かる。今もパワードスーツ<アトラス>を通してみる外界は、物騒なことこの上ない。
何故周囲の生命体全てに緑色のロックオンマークが反応しているのだ。俺はミサイルでも出せるのか? それともレーザーで周囲を焼き尽くせるのか? あながち冗談じゃなさそうだ。これ以上考えるのはよそう。
今知る事が出来ない話は、考えても仕方ない。これは俺が三五年間生きてきたなかで、社会人人生を生き抜くために学んだ知識の一つだ。今どうしようもない不安や疑念に駆られ、時間や思考を無駄にしてはいけない。せめて今できることを進めるべきだ。
「それで罪人というのは、あの女は何かしたのか?」
とりあえず目の前の疑問から回収しよう。どう行動するかはその後だ。
しかし俺の言葉に黄金甲冑は、珍しく柔和な笑み辞め、僅かばかり目を開いた。
「黒甲冑様は極彩色の魔女を知らないと?」
訝しむような低い声が返ってくる。この声は営業先で何度も聞いた。怪しさや引っ掛かりを感じたときの声音だ。
「知っての通り、俺はグロウス狩り専門でね。細かいことは気にしない」
「なるほど……鬼人のような強さでグロウスを狩りつくしていると聞き及んでいましたが、達人の粋の考え方だ。強さを追い求めている者に余計な思考は不純物となる……。勉強させていただきます」
黄金甲冑は顎に手を当てて納得したようだ。
しかしなんで俺は「黒甲冑」なんて奴に間違われているんだ? そんなに似てるのだろうか。
「一般的に公開されていない情報なので、知らないのも無理はないでしょう。あれほど凶悪なグロウスを狩っている黒甲冑様なら、極秘レベルの話も、もしや存じているかと思っていましたが……失礼しました」
黄金甲冑は声を少し落とし、話を続ける。
「一か月前に一人の人物から世界に魔術が知れ渡ったことはご存じですね」
存じてねーよ! あるのかよ! と内心では突っ込んだが、以下にも知っている風に厳かに頷く。この世界は魔法もあるのか、現実世界じゃないことを改めて認識させられる。
「まだ魔術は開発途上の技術ですが、各国は魔術開発争いに躍起です。我が国もその一つだ」
俺たちの世界の宇宙開発みたいなものか。ロシアとアメリカの宇宙か初の戦いみたいなものだろう。
「魔術は確かに便利です。ただ実用化するにはあまりにもリスクが高すぎた」
「リスク? 魔法——いや、魔術っていうのは呪文や道具を使って火が出るとかじゃないのか?」
「ええ、民間に広がっているのはその内容です。また事象も事実です」
ですが、と彼は付け加える。
「問題があります。一つは呪文が長すぎて実用化には向かない。僕は剣に命を捧げた身、魔術のことはさっぱりですが、小さな火をおこすために使用する命令文は一時間以上と聞きます。だったら火打石を使った方が早い。ですがこれは些末な問題でしょう。魔術は見つかったばかりですから、専門家たちがより使いやすく研究するでしょうし、道具に魔術を刻み込むのも可能なようですしね。つまり一つ目の問題というのは、実用化に向けた研究時間が長くかかる」
さらに、と黄金甲冑は車内のカンテラを見つめて続ける。
「研究時間が長くなるということは、魔術に必要な媒体も数多く必要になります。魔術の燃料となり、更に扱いやすくするのが魔術に適した身体で構成されたグロウス達です」
「そうか、第二の問題は素材の確保。確保によって、人命が失われていく現状なんだな」
「仰る通り。人間たちは凶悪な獣を狩るすべは身につけていても、今まで放置してきたグロウスを狩る手段など身につけていない。殆どのグロウス自身も人間に手を出すことなく、共存してきた。国家間の争い、それに伴う研究、研究に必要な素材集めで落とす命。まあ、ここを悲しんでいるのは僕と一部の者だけかもしれないですがね」
自嘲気味に黄金甲冑は笑う。
その笑い顔は満員電車の窓に映った俺の表情に似ている気がした。生きるために働き、組織の為に命を削る。辞めたくても辞めてしまえば、明日からの生活はない。
「……悲しいなら、辞めればいい」
つい本音が出てしまった。俺が俺に言うための言葉なのに。何故、この男に呟いてしまったのか。喋ってから俺は苦虫を噛む。
黄金甲冑は驚くこともなく、軽く前髪を掻き上げた。
「あなたのように出来たらどんなにいいか。これでも私には守らなくてはいけない生活がりますから。それに魔術開発なんて国に貢献する歴史的な仕事だ。自分に言い聞かせる事には慣れていますよ」
「そうか、なんか、すまなかった」
余計な口出しをしてしまったかと反省する。この黄金甲冑はまだ若いが、それでも戦場で隊を率いて生きてきた人間なのだろう。何も考えずに言われるがままに生きてきた俺の言葉が響くはずもない。余計な心配は逆に迷惑だろう。
「いえ、それでも、辞めればいいなんて初めていわれましたよ」
爽やかに笑う黄金甲冑の青年の顔は、少し晴れやかに見える。
「さて、そこで極彩色の魔女です。彼女たちは古くから魔術を研究してきた数十名からなる組織といわれています。彼女たちの罪は、彼女たちが保有する魔術に関する知識を全て焼いてしまったことだ。これはこれから発展していく魔術時代において、最大の禁忌として、各国の王は極彩色の魔女達を捕まえようとしている、というわけです」
そんなことで、と思ったがインターネットもスマートフォンもない世界だ。知識の伝達は本が全てだろう。しかも魔術というものをでんきと置き換えて考えてみれば、どれほど重大な事か気がつく。
人類の文化的な進化を大きく阻害する出来事といえるだろう。
「じゃあ、彼女たちを捕まえて知識を聞き出そうってことなのか?」
「いえ、これについては——黒甲冑様、先に僕の考えを話しておきましょう。これから先の話は、部外者には伝えにくい話です。率直に言えば、我が国に聖剣を扱える十三聖剣は僕しかいない。他国には十二の聖剣使いが数名づついます。どうでしょう、これも何かの縁。僕とグロウス狩りを行う十四番目の聖剣として、手を貸してはくれないでしょうか」
彼は右手を差し出して、俺の目を見やる。大きくて青い純粋な瞳だ。ずっと見ていると同性だとしても吸い込まれそうになる。
この話を受ければ極彩色の魔女に関する話が聞けるってことか。いや、仲間にでもならなければ話せないほどの話か。
俺は腕を組んで考える。
どこかの国に従属して魔術発展に力を貸す。悪くなさそうだ。俺にはこのパワードスーツもあるし、グロウスと戦うのは訳ないだろう。黄金甲冑のいでたちを見ると、羽振りもよさそうだし生活に困る事もなさそうだ。まだこの世界のことは知らない、丁度いい、そのまま頂点を目指してみれば俺は『何者か』になれるかもしれない。
組んでいた腕を解き、黄金甲冑の顔を見る。真面目そうな顔を見つめた後、右手を伸ばして彼の手に触れ——、
ちょっと待て。
それって結局、俺の世界と変わらなくないか?
毎日グロウスを倒して、魔術の素材を献上して、家に帰って、また素材を集めて——生活に潤いはあるかもしれないが、俺が求めていたのは潤いなのか?
それはなんていう『なにもの』なんだ?
『高熱源反応、マスター、三十秒後に馬車は灰となります』
「なに!?」
突然の大声に黄金甲冑はビクッと体をすくませる。
「いかがしました?」
「話は後だ。今すぐ飛び降りろ!」
俺は強く馬車の扉を蹴破り、開け放たれたドアから外を見る。向かいの馬車には、鉄格子の中に極彩色の魔女の姿が見えた。相変わらず悲しそうに目を伏せている。
よく見ると口が動いているように見えた。
や め て ?
『あと五秒、熱源は頭上です』
そこには真っ青な炎に包まれた二メートルはあるであろう狼が、俺たちが乗っていた馬車に向かって物理法則を無視して高速落下してくる。
俺は咄嗟に隣の馬車に飛び移り、反射的にコンバットナイフを手に出した。
『力加減は気を付けてください。向こう数十メートルまで分子切断をおこせます』
「じゃ天井だけにしておくよ!」
危険がないであろう馬車の天井部分を斜めに切り落とし、護衛を務めていた甲冑二人を馬車の外に蹴落とす。着地は自分でしてくれ。女の子を蹴る事はさすがにできないので、考える間もなく、腰を抱いて小脇に抱えてすぐ離脱する。
跳躍中に振り替えると、アオイホノオに包まれたオオカミは、黄金甲冑と早くも対峙していた。狼が大声で吠えると黄金甲冑と狼の周りに青い炎が円のように走り出す。
あの炎では護衛の騎士たちも近寄れないだろう。
俺が行くべきか、さすがに一人であの威圧感を持つオオカミとやり合えるはずがない。
「ここにいてくれ、近くは危険だ」
極彩色の魔女を地面において俺は走り出そうとする、がすぐに腕を掴まれる。
「な、なんだ」
彼女はふるふると首を振る。首を振るたびに真っ白な魔女の帽子がずり落ちそうになってなんか可愛い。
「たすけて」
「分かってる、今すぐ君を助ける。だからここにいてくれ」
再度前を向くが、彼女は腕を話そうとしない。か細い腕だが、その腕に込められた力はむげに払うことはできないほどだ。
「あのこを」
「あのこ、ああ黄金甲冑の人か、任せろすぐに」
ふるふると首鵜を振る。
「シエロが言ってるのは違うの。あのこ」
びっと指す方向には、今まさに聖剣によって切りかかられる青い狼の姿があった。
「おねがい、あのこをたすけて、しんじゃう」
パワードスーツ<アトラス>は、どんな攻撃にも耐えうる装甲だ。高度何千メートルから落ちても無傷なんだから。でもこの子の意志のこもった手は、痛い。
まるで胸を鷲掴みされているような、意志が込められている。
オオカミを助けることはつまり、黄金甲冑の邪魔をすることになるのだろう。
それはつまり——俺は、『なにもの』になるんだ?
第三話 灰色の俺と無色透明な未来地図
この異世界の道は踏み固められただけの道のようで、どうにも上下に揺れるし、時折左右に揺さぶられる。馬車そのものはホロではなく、木材を中心に金細工などで加工が施された貴族でも乗っているような様子だった。
案外、貴族みたいなものなのかもしれないなこいつは。
黄金の甲冑に身を包み、ライオン色のマントを羽織っている美男子、王がどうとか言っていたから、王に仕えている身分なのだろう。
馬車は二つの月明かりに照らされながら、深い森を街道沿いに進んでいく。馬車は幾つかに分かれており、前の方と後ろの方には、戦闘要員の騎士たちが乗っているようだ。隊列の中央には俺たちと、例の罪人という女が乗せられた馬車がある。
全てはアトラの生体感知のおかげで、俺を取り巻いている情報が手に取るように分かる。今もパワードスーツ<アトラス>を通してみる外界は、物騒なことこの上ない。
何故周囲の生命体全てに緑色のロックオンマークが反応しているのだ。俺はミサイルでも出せるのか? それともレーザーで周囲を焼き尽くせるのか? あながち冗談じゃなさそうだ。これ以上考えるのはよそう。
今知る事が出来ない話は、考えても仕方ない。これは俺が三五年間生きてきたなかで、社会人人生を生き抜くために学んだ知識の一つだ。今どうしようもない不安や疑念に駆られ、時間や思考を無駄にしてはいけない。せめて今できることを進めるべきだ。
「それで罪人というのは、あの女は何かしたのか?」
とりあえず目の前の疑問から回収しよう。どう行動するかはその後だ。
しかし俺の言葉に黄金甲冑は、珍しく柔和な笑み辞め、僅かばかり目を開いた。
「黒甲冑様は極彩色の魔女を知らないと?」
訝しむような低い声が返ってくる。この声は営業先で何度も聞いた。怪しさや引っ掛かりを感じたときの声音だ。
「知っての通り、俺はグロウス狩り専門でね。細かいことは気にしない」
「なるほど……鬼人のような強さでグロウスを狩りつくしていると聞き及んでいましたが、達人の粋の考え方だ。強さを追い求めている者に余計な思考は不純物となる……。勉強させていただきます」
黄金甲冑は顎に手を当てて納得したようだ。
しかしなんで俺は「黒甲冑」なんて奴に間違われているんだ? そんなに似てるのだろうか。
「一般的に公開されていない情報なので、知らないのも無理はないでしょう。あれほど凶悪なグロウスを狩っている黒甲冑様なら、極秘レベルの話も、もしや存じているかと思っていましたが……失礼しました」
黄金甲冑は声を少し落とし、話を続ける。
「一か月前に一人の人物から世界に魔術が知れ渡ったことはご存じですね」
存じてねーよ! あるのかよ! と内心では突っ込んだが、以下にも知っている風に厳かに頷く。この世界は魔法もあるのか、現実世界じゃないことを改めて認識させられる。
「まだ魔術は開発途上の技術ですが、各国は魔術開発争いに躍起です。我が国もその一つだ」
俺たちの世界の宇宙開発みたいなものか。ロシアとアメリカの宇宙か初の戦いみたいなものだろう。
「魔術は確かに便利です。ただ実用化するにはあまりにもリスクが高すぎた」
「リスク? 魔法——いや、魔術っていうのは呪文や道具を使って火が出るとかじゃないのか?」
「ええ、民間に広がっているのはその内容です。また事象も事実です」
ですが、と彼は付け加える。
「問題があります。一つは呪文が長すぎて実用化には向かない。僕は剣に命を捧げた身、魔術のことはさっぱりですが、小さな火をおこすために使用する命令文は一時間以上と聞きます。だったら火打石を使った方が早い。ですがこれは些末な問題でしょう。魔術は見つかったばかりですから、専門家たちがより使いやすく研究するでしょうし、道具に魔術を刻み込むのも可能なようですしね。つまり一つ目の問題というのは、実用化に向けた研究時間が長くかかる」
さらに、と黄金甲冑は車内のカンテラを見つめて続ける。
「研究時間が長くなるということは、魔術に必要な媒体も数多く必要になります。魔術の燃料となり、更に扱いやすくするのが魔術に適した身体で構成されたグロウス達です」
「そうか、第二の問題は素材の確保。確保によって、人命が失われていく現状なんだな」
「仰る通り。人間たちは凶悪な獣を狩るすべは身につけていても、今まで放置してきたグロウスを狩る手段など身につけていない。殆どのグロウス自身も人間に手を出すことなく、共存してきた。国家間の争い、それに伴う研究、研究に必要な素材集めで落とす命。まあ、ここを悲しんでいるのは僕と一部の者だけかもしれないですがね」
自嘲気味に黄金甲冑は笑う。
その笑い顔は満員電車の窓に映った俺の表情に似ている気がした。生きるために働き、組織の為に命を削る。辞めたくても辞めてしまえば、明日からの生活はない。
「……悲しいなら、辞めればいい」
つい本音が出てしまった。俺が俺に言うための言葉なのに。何故、この男に呟いてしまったのか。喋ってから俺は苦虫を噛む。
黄金甲冑は驚くこともなく、軽く前髪を掻き上げた。
「あなたのように出来たらどんなにいいか。これでも私には守らなくてはいけない生活がりますから。それに魔術開発なんて国に貢献する歴史的な仕事だ。自分に言い聞かせる事には慣れていますよ」
「そうか、なんか、すまなかった」
余計な口出しをしてしまったかと反省する。この黄金甲冑はまだ若いが、それでも戦場で隊を率いて生きてきた人間なのだろう。何も考えずに言われるがままに生きてきた俺の言葉が響くはずもない。余計な心配は逆に迷惑だろう。
「いえ、それでも、辞めればいいなんて初めていわれましたよ」
爽やかに笑う黄金甲冑の青年の顔は、少し晴れやかに見える。
「さて、そこで極彩色の魔女です。彼女たちは古くから魔術を研究してきた数十名からなる組織といわれています。彼女たちの罪は、彼女たちが保有する魔術に関する知識を全て焼いてしまったことだ。これはこれから発展していく魔術時代において、最大の禁忌として、各国の王は極彩色の魔女達を捕まえようとしている、というわけです」
そんなことで、と思ったがインターネットもスマートフォンもない世界だ。知識の伝達は本が全てだろう。しかも魔術というものをでんきと置き換えて考えてみれば、どれほど重大な事か気がつく。
人類の文化的な進化を大きく阻害する出来事といえるだろう。
「じゃあ、彼女たちを捕まえて知識を聞き出そうってことなのか?」
「いえ、これについては——黒甲冑様、先に僕の考えを話しておきましょう。これから先の話は、部外者には伝えにくい話です。率直に言えば、我が国に聖剣を扱える十三聖剣は僕しかいない。他国には十二の聖剣使いが数名づついます。どうでしょう、これも何かの縁。僕とグロウス狩りを行う十四番目の聖剣として、手を貸してはくれないでしょうか」
彼は右手を差し出して、俺の目を見やる。大きくて青い純粋な瞳だ。ずっと見ていると同性だとしても吸い込まれそうになる。
この話を受ければ極彩色の魔女に関する話が聞けるってことか。いや、仲間にでもならなければ話せないほどの話か。
俺は腕を組んで考える。
どこかの国に従属して魔術発展に力を貸す。悪くなさそうだ。俺にはこのパワードスーツもあるし、グロウスと戦うのは訳ないだろう。黄金甲冑のいでたちを見ると、羽振りもよさそうだし生活に困る事もなさそうだ。まだこの世界のことは知らない、丁度いい、そのまま頂点を目指してみれば俺は『何者か』になれるかもしれない。
組んでいた腕を解き、黄金甲冑の顔を見る。真面目そうな顔を見つめた後、右手を伸ばして彼の手に触れ——、
ちょっと待て。
それって結局、俺の世界と変わらなくないか?
毎日グロウスを倒して、魔術の素材を献上して、家に帰って、また素材を集めて——生活に潤いはあるかもしれないが、俺が求めていたのは潤いなのか?
それはなんていう『なにもの』なんだ?
『高熱源反応、マスター、三十秒後に馬車は灰となります』
「なに!?」
突然の大声に黄金甲冑はビクッと体をすくませる。
「いかがしました?」
「話は後だ。今すぐ飛び降りろ!」
俺は強く馬車の扉を蹴破り、開け放たれたドアから外を見る。向かいの馬車には、鉄格子の中に極彩色の魔女の姿が見えた。相変わらず悲しそうに目を伏せている。
よく見ると口が動いているように見えた。
や め て ?
『あと五秒、熱源は頭上です』
そこには真っ青な炎に包まれた二メートルはあるであろう狼が、俺たちが乗っていた馬車に向かって物理法則を無視して高速落下してくる。
俺は咄嗟に隣の馬車に飛び移り、反射的にコンバットナイフを手に出した。
『力加減は気を付けてください。向こう数十メートルまで分子切断をおこせます』
「じゃ天井だけにしておくよ!」
危険がないであろう馬車の天井部分を斜めに切り落とし、護衛を務めていた甲冑二人を馬車の外に蹴落とす。着地は自分でしてくれ。女の子を蹴る事はさすがにできないので、考える間もなく、腰を抱いて小脇に抱えてすぐ離脱する。
跳躍中に振り替えると、アオイホノオに包まれたオオカミは、黄金甲冑と早くも対峙していた。狼が大声で吠えると黄金甲冑と狼の周りに青い炎が円のように走り出す。
あの炎では護衛の騎士たちも近寄れないだろう。
俺が行くべきか、さすがに一人であの威圧感を持つオオカミとやり合えるはずがない。
「ここにいてくれ、近くは危険だ」
極彩色の魔女を地面において俺は走り出そうとする、がすぐに腕を掴まれる。
「な、なんだ」
彼女はふるふると首を振る。首を振るたびに真っ白な魔女の帽子がずり落ちそうになってなんか可愛い。
「たすけて」
「分かってる、今すぐ君を助ける。だからここにいてくれ」
再度前を向くが、彼女は腕を話そうとしない。か細い腕だが、その腕に込められた力はむげに払うことはできないほどだ。
「あのこを」
「あのこ、ああ黄金甲冑の人か、任せろすぐに」
ふるふると首鵜を振る。
「シエロが言ってるのは違うの。あのこ」
びっと指す方向には、今まさに聖剣によって切りかかられる青い狼の姿があった。
「おねがい、あのこをたすけて、しんじゃう」
パワードスーツ<アトラス>は、どんな攻撃にも耐えうる装甲だ。高度何千メートルから落ちても無傷なんだから。でもこの子の意志のこもった手は、痛い。
まるで胸を鷲掴みされているような、意志が込められている。
オオカミを助けることはつまり、黄金甲冑の邪魔をすることになるのだろう。
それはつまり——俺は、『なにもの』になるんだ?
第三話 灰色の俺と無色透明な未来地図
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2024/10/13 からカクヨムで新作の執筆開始!異世界転移で俺だけ別ゲー仕様!?無職レベル1で実績解除を楽しんでたら闇の組織で世界を救うみたい「うあああ、無職Lv1中年!?けど近未来SFパークで素材もバトルも無双する!」https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290
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